平成10年11月15日(日)
神保町・お茶の水
猫が横たわっている。ノミかなにかが胸元にいてかゆいのだろうか、しきりに口先で掻いている。僕が見ていることなんてまったく気がついていない。ファインダーを覗く。しきりに掻いている猫、目は閉じているのか細めているのか判らないがとにかく気持ちいいようだ。
「こっち向いてくれなきゃ、撮れないじゃないか。」
こうなったら持久戦である、僕は座りこんで様子を見ることにした。ここはお茶の水第一小学校、幼稚園の校庭脇を通る道、僕はガードレールに寄りかかるようにして座っている。その向かい、校庭のフェンス沿いに植わっている植木たちのあいだで目立つように胸元を掻いている猫のシャッターチャンスを待っているのだ。
昼食をどこかでとろうかと迷ったあげく、「博多龍龍軒」のとんこつラーメン、しかも替え玉までしてお腹いっぱい、汗かきかき、しかも口の中が少し重たい。しかし、あのラーメンはなかなか旨かった、ラーメンのことは全く詳しくないしうんちくをたれるつもりはないが、旨かったと思ってしまったのである。JRお茶の水駅にホームに看板があるので店の名前と場所は知っていたのだが、少しはずれにあるこの店の壁のあちらこちらに貼ってある「雑誌に掲載された」切り抜きのわりにお客が並ぶほど混んでいなかったので、「実は大したことないんじゃないか」的意識を頭に刷り込んでいたのも影響したのかもしれない。また今度食べに行こうと思う店であった。
不意に猫が顔を上げる。チャンス到来と気を張りつめようとしたが、そっぽを向いたままこっちを見てくれない。「どこを見ているお前。俺に気づいているのかい?」猫は遠くをじっと見ている。風がほんの少し吹いている。彼女?はこっちに気づかずまた目を閉じて胸を掻きはじめた。ときおりしっぽをぱたんぱたんと波打たせる。気持ちいいのだろうかそれとも痛かったのだろうか、僕には解るはずもない。
歩道を歩いていたおばさんが、意味ありげに座っている僕に気がつき、そして視線の少し先に猫がいるのに気がついて少しほほえんで、僕と彼女のあいだを通り過ぎた。僕は少し照れくさそうに下を向いた。こういうときいつも履いている、お気に入りの靴が視界に入る。お気に入りなだけに、ずいぶん履き古してしまったので疲れ果てた姿をしている。そう、今日僕はこの靴のメーカー、ウリバリンの靴を探しに来たのである。4,5年前に買って以来、なにかにつけて履いてきたのであった。しかし新しく買おうと思った今、売っている店が見当たらないのである。ちなみに、この靴を買った店はもう存在しない。わずかな期待を背負って、ここ何軒かあるアウトドアショップに行ってみようと思っているのである。
あと、どこかで珈琲を飲みたくなるであろう。この口をすっきりさせなくてはいけない。今日は日曜日、路地裏にあるお気に入りの喫茶店「蔵」は定休日だから、「壹真珈琲店」に行ってみよう。一度行ってみたいと思った店だ。きっと美味しいものを出してくれるであろう。
再び、猫が顔を上げた。カメラと取り上げファインダー越しに彼女を捉える。また彼女は横向きに遠くを見ている。ため息が出そうになったその瞬間、彼女はふらりとこっちを向いた。あわててシャッターを切る。ファインダー越しに彼女を捉える僕の目は、「やっと気づいてくれたのか」でいっぱいだったが、なんだか彼女は僕を通りこしてその先を見てるようだ。不思議な猫だ。こんなアンニュイな彼女にしばし時間を費やしてしまった。きっとウルバリンの靴はないであろう、もともとあるとは思っていなかったけど、今は間違いなくないと言い切れてしまう、そんな感じがした。
1998.11.15. Camera ( Pentax ESPIO 140 M), Film ( Fuji Super G ACE 400 )