Vinotheque ワイン修業時代 Vol.102


文・写真 柳 忠之
今や「チューブ」にそのお株を奪われてしまったが、かつて夏の定番ミュージック
といえば「サザン」だった。そしてサザンといえば湘南である。で、湘南・藤沢に
96年5月にオープンした店がワインハウス 「warakan」「笑って乾杯」だから
「warakan」という言葉の響きどおり、カジュアルなワインの店だ。「"気軽に"とい
う言葉は使い古されているでしょ、だから僕はワインを"普通に"飲める店といって
るんです」
そう語るのはオーナーの岡本康夫さん。ジョルジュ・ブランのワインをはじめ、近
年はイタリアワインの分野にも大きくワインビジネスを展開するオーデックス・ジャ
パン(以下オーデックス)で15年にわたって営業を務めてきた。
その岡本さんが脱サラをし、ワインの店を始めようと考えたのは昨年秋のこと。
大学時代写真部で青春をともにした庸世(ねね)夫人と結婚し丸10年を迎えたが
子宝に恵まれず、新しい出発をと考えた。明けて5月、藤沢駅北口から7分の場所に
ある、以前は中華料理店だったという店舗を改装し、ワインハウスとした。「ワイン
バーっていうと、(客が)独りでやってきてグラン・ヴァンの注がれたグラスを回し
てるような、堅苦しいイメージがあるでしょ。だから、うちはワインハウス。
2人以上のお客さんがわいわい騒ぎながら、1本のワインを空にする。そんな居酒屋
感覚」なのだそうだ。
15年前、岡本さんはオーデックスのオーディオ事業部に就職した。当初、森俊彦
社長が2名のスタッフとともに、細々と営んでいるにすぎなかったワイン事業部で
あったが、ワイン市場が広がるにつれてこの分野でも人員の拡充が必要となり、岡本
さんに声がかかった。
ワインのことは何も知らなかった。航空便で輸入したボルドーのグラン・ヴァン
を京橋のレストラン、シェ・イノに売りに行ったときのこと。応対に出た井上旭シェ
フに「安いボルドー・ワインではどんなのがあるの?」ときかれ、リストを見ると、
カベルネ・ソーヴィニヨンと記されたワインが、小売価格900円とある。カベルネ・
ソーヴィニヨンと書いてあるからボルドーだろうと信じ込んで井上シェフに薦めたら
このワイン、ただのヴァン・ド・ペイだった。
何もわからずにワインを売って回り、知識はむしろクライアントから教わったこと
が多いという。そうして十数年が経過した。
岡本さんは週一回の割合で地方に出張に出ていた。札幌から名古屋、それ以西は
広島、福岡。地方には会社帰りにぷらっと寄って、気軽に、そして何よりもリーズナ
ブルにワインを楽しめる店が幾つもある。ところが東京近郊はどうだろう。仕事を
終え、高輪の事務所を後にしても、岡本さんがワインを飲みに行く店はなかった。
「ワインは高い酒だとか、特別な酒ではなくって、ウーロンハイと全く同じ。
酒というジャンルの一つにすぎない」これが岡本さんがいうところの「ワインを普通
に飲む」ということなのだ。だから「warakan」ではワインの価格は6000円どまり
(ハウスワインは2400円のキュベ・ジョルジュ・ブラン)。おつまみも、500円の
中華風冷奴や、800円のロールキャベツのトマト煮など家庭的で、まさに居酒屋であ
る。他だ一品、ラタトゥイユが、日本のプロヴァンス、湘南地区を代表してフレン
チっぽく彩りを添えている、といえなくもない。
「家に帰って女房と一杯というときには、普通の家庭料理とワインを合わせてきたか
ら。ただね、カレーと納豆だけにはどのワインも合わないと思っているんです」
子供がいなかったのでワインハウスをオープンした岡本さんであったが、今年1月、
庸世夫人のおなかに子供が宿った。出産予定は11月。店の料理は庸世夫人が一手に
引き受けているだけに、この秋はどうしようかと思案中である。
「もう秋はおでんだけにしようかと思ってるんです。鍋から勝手にとってもらっ
て、食べた分だけ自己申告。いいでしょ」
店を出るとドアの横には赤提灯。今晩も「warakan」では、会社帰りのサラリー
マンが笑って乾杯をしているに違いない。
Vinotheque 96・9月号より