| 本名 | アヴァルガ ムンフバト ダヴァジャルガル | 生年月日 | 昭和60年 3月11日 |
| 出身地 | モンゴル国ウランバートル市(旧 モンゴル人民共和国ウランバートル市) | 初土俵 | 平成13年 3月 |
| 所属 | 宮城野[10-11] | 新十枚目 | 平成16年 1月 |
| 新入幕 | 平成16年 5月 | ||
| 最高位 | 横綱 | ||
| 幕内略歴 |
白鵬 翔(はくほう しょう) 平成16年 5月 東前16 12勝3敗 次敢 平成16年 7月 東前 8 11勝4敗 平成16年 9月 東前 3 8勝7敗 平成16年11月 西前 1 12勝3敗 次殊金(朝青龍) 平成17年 1月 西小結 11勝4敗 次技 平成17年 3月 西関脇 8勝7敗 平成17年 5月 東関脇 9勝6敗 平成17年 7月 東関脇 6勝3敗6休(左足関節靱帯損傷) 平成17年 9月 西前 1 9勝6敗 平成17年11月 西小結 9勝6敗 平成18年 1月 西関脇 13勝2敗 次殊 平成18年 3月 東関脇 13勝2敗 同殊技 平成18年 5月 西大 3 14勝1敗 優 平成18年 7月 東大関 13勝2敗 次 平成18年 9月 東大関 8勝7敗 平成18年11月 西大 2 15休 (左母趾基節骨遠位端骨折) 平成19年 1月 西大 3 10勝5敗 平成19年 3月 西大関 13勝2敗 優 平成19年 5月 東大関 15勝 優 平成19年 7月 西横綱 11勝4敗 平成19年 9月 西横綱 13勝2敗 優 平成19年11月 東横綱 12勝3敗 優 平成20年 1月 東横綱 14勝1敗 優 平成20年 3月 東横綱 12勝3敗 次 平成20年 5月 西横綱 11勝4敗 次 平成20年 7月 西横綱 15勝 優 平成20年 9月 東横綱 14勝1敗 優 平成20年11月 東横綱 13勝2敗 優 平成21年 1月 東横綱 14勝1敗 同 平成21年 3月 西横綱 15勝 優 平成21年 5月 東横綱 14勝1敗 同 平成21年 7月 東横綱 14勝1敗 優 平成21年 9月 東横綱 14勝1敗 同 平成21年11月 西横綱 15勝 優 平成22年 1月 東横綱 12勝3敗 次 通算 35場所 407勝97敗21休 優12同4次8殊3敢1技2金1 | ||
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| 得意手 | 右四つ、寄り、上手投げ | 身長 体重 | 192cm 156kg |
| 備考 | モンゴル相撲で 6回も優勝したアヴァルガ(巨人を意味し、横綱に相当する)でメキシコ五輪レスリングフリースタイル87キロ級の銀メダリスト(モンゴル初のメダリスト)の二男。 モンゴルではバスケットボールのセンターとして活躍し、ウランバートルの大会で銀メダルを獲得した。モンゴル相撲は10〜12歳の頃に友達と取る程度だった。父が知人から入手した日本の雑誌を見て相撲に興味を持ち、仲の良かったハグワーが力士を志して日本に行ってしまってから日本に行ってみたいと思い始め、旭鷲山に紹介されて仲間 7人と共に来日した。入門を夢見て摂津倉庫で相撲を教わっていたが、帰国前日に宮城野部屋へ連絡が入り、元 宮城野部屋の幕下 朝井が迎えに来て入門した。 白鵬の名は、色白なのと体格や容貌が似ている大鵬に因んで宮城野が命名した。 柔軟な体格と長身を生かして右四つで寄る取り口。 大関推挙伝達式での口上は「大関の地位を汚さぬように、全身全霊を懸けて、努力します」(家族や友人と考えて 5つの候補を用意し、本来は「一生懸命努力します」の予定だった)。 横綱推挙伝達式での口上は「横綱の地位を汚さぬよう、精神一到を貫き、相撲道に精進致します」。モンゴル相撲における父も、同じく 2場所連続 3回目の優勝で最高位を極めた。 國技館での初めての土俵入りは、入門を世話してもらった旭鷲山の引退相撲で行い、旭鷲山の「俺が髷を切る迄に横綱になってくれ」との願いを期限切れ寸前で果たした。 明るい性格。 趣味は読書。 | ||
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