土佐ノ海 敏生(とさのうみ としお)

本名山本 敏生生年月日昭和47年 2月16日
出身地高知県安芸市初土俵平成 6年 3月 幕下
所属伊勢ノ海[11]新十枚目平成 6年11月
 新入幕平成 7年 7月
最高位関脇最終平成23年 1月
幕内略歴 土佐ノ海 敏生(とさのうみ としお)
平成 7年 7月 西前 7  7勝 8敗
平成 7年 9月 東前 8 11勝 4敗 
平成 7年11月 西前 1  9勝 6敗 殊技金(曙貴乃花)
平成 8年 1月 東小結  8勝 7敗
平成 8年 3月 東小結  6勝 9敗
平成 8年 5月 西前 1  5勝10敗
平成 8年 7月 東前 5  6勝 9敗
平成 8年 9月 西前 6  8勝 7敗
平成 8年11月 西前 1  8勝 7敗 
平成 9年 1月 東前 1  9勝 6敗 殊金(曙貴乃花)
平成 9年 3月 東小結  8勝 7敗
平成 9年 5月 西関脇 10勝 5敗 
平成 9年 7月 東関脇  8勝 7敗
平成 9年 9月 東関脇  5勝10敗
平成 9年11月 西前 1  7勝 8敗
平成10年 1月 東前 3  5勝10敗
平成10年 3月 東前 6 10勝 5敗 
平成10年 5月 西前 2  4勝11敗
平成10年 7月 東前 7  7勝 7敗1休(左足首関節三角靱帯損傷・左膝下腿挫傷)
平成10年 9月 東前 9 15休    (公傷)
平成10年11月 東前 9 12勝 3敗 次敢金(若乃花)
平成11年 1月 西前 1  7勝 8敗 (貴乃花)
平成11年 3月 東前 2  8勝 7敗 (貴乃花若乃花)
平成11年 5月 東前 1  8勝 7敗 殊金(曙若乃花)
平成11年 7月 東小結 11勝 4敗 
平成11年 9月 西関脇  7勝 8敗
平成11年11月 西小 2 10勝 5敗 
平成12年 1月 東小結  8勝 7敗
平成12年 3月 東小結  8勝 7敗
平成12年 5月 東小結  9勝 6敗
平成12年 7月 東小結  7勝 8敗
平成12年 9月 東前 1  5勝10敗
平成12年11月 東前 4  7勝 8敗
平成13年 1月 東前 5  6勝 9敗
平成13年 3月 東前 8 10勝 5敗
平成13年 5月 西前 3  7勝 8敗
平成13年 7月 東前 4  8勝 7敗
平成13年 9月 東前 3  8勝 7敗
平成13年11月 西前 2  5勝10敗
平成14年 1月 東前 7  9勝 6敗
平成14年 3月 西前 1  7勝 8敗
平成14年 5月 西前 2  8勝 7敗
平成14年 7月 西小結 10勝 5敗 
平成14年 9月 西関脇  6勝 9敗
平成14年11月 西前 1  8勝 7敗
平成15年 1月 東前 1  8勝 7敗
平成15年 3月 西小結  8勝 7敗
平成15年 5月 東小結  4勝11敗
平成15年 7月 東前 5 10勝 5敗
平成15年 9月 西小結  7勝 8敗
平成15年11月 西前 2 10勝 5敗 殊金(武蔵丸)
平成16年 1月 東関脇  4勝11敗
平成16年 3月 西前 4  5勝10敗
平成16年 5月 西前 9  7勝 8敗
平成16年 7月 東前11 11勝 4敗
平成16年 9月 西前 4  7勝 8敗
平成16年11月 東前 6  9勝 6敗
平成17年 1月 西前 2  7勝 8敗
平成17年 3月 東前 3 10勝 5敗
平成17年 5月 西関脇  4勝11敗
平成17年 7月 東前 4  5勝10敗
平成17年 9月 東前 8  6勝 9敗
平成17年11月 東前11  5勝10敗
平成18年 1月 東前14  5勝10敗

平成18年 5月 西前12  8勝 7敗
平成18年 7月 西前 9  6勝 9敗
平成18年 9月 西前12  7勝 8敗
平成18年11月 西前12  5勝10敗
平成19年 1月 東前16  8勝 7敗
平成19年 3月 西前14  6勝 9敗

平成19年 7月 西前13  8勝 7敗
平成19年 9月 西前 8  6勝 9敗
平成19年11月 東前11  7勝 8敗
平成20年 1月 西前12  5勝10敗

平成20年 5月 東前12  6勝 9敗
平成20年 7月 東前14  5勝10敗

平成20年11月 東前16  9勝 6敗
平成21年 1月 東前 9  5勝10敗
平成21年 3月 東前15  4勝11敗

平成22年 9月 西前16  2勝13敗


通算 80場所 569勝615敗16休 次1殊7敢5技1金11
得意手突き、押し、右四つ、寄り身長 体重186cm 166kg
年寄名立川[13] 
備考漁師の長男だが、船・酒・魚は全くの苦手だった。安芸少年スポーツクラブで相撲を習い、高知高校を経て同志社大学相撲部では全国大会で活躍し、東日本の尾曽と共に両雄として併称された。
土佐ノ海の名は、「土佐の太平洋の様に大きくなれ」との願いを込めて伊勢ノ海が命名した。
初土俵から負け越し知らずで入幕した。
長躯ながら立ち合いに大声を出して頭で当たって突き押しや左上手を取って寄る取り口だが、腰高で上半身に比べて下半身が細く前に落ちる場合が多い。
平成10年11月から史上初めて 4場所連続で金星を獲得した。
番附運が悪かった。
趣味は映画鑑賞。

年号・西暦対応表

[相撲人名鑑]


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