寺尾 常史(てらお つねふみ)

本名福薗 好文生年月日昭和38年 2月 2日
出身地鹿児島県姶良郡(出生地は東京都墨田区)初土俵昭和54年 7月
所属井筒[13-14]新十枚目昭和59年 7月
改名歴寺尾→源氏山→寺尾新入幕昭和60年 3月
最高位関脇最終平成14年 9月
幕内略歴 寺尾 節男(てらお せつお)
昭和60年 3月 西前14  6勝 9敗

昭和60年 7月 西前12 10勝 5敗
昭和60年 9月 西前 2  6勝 9敗
昭和60年11月 西前 5  7勝 8敗
昭和61年 1月 東前 7  7勝 8敗
昭和61年 3月 西前 9  8勝 7敗
昭和61年 5月 西前 4  4勝11敗
昭和61年 7月 東前12  8勝 7敗
昭和61年 9月 東前 8  9勝 6敗 
昭和61年11月 東前 1  6勝 9敗
昭和62年 1月 西前 4  6勝 9敗
昭和62年 3月 東前 7  8勝 7敗
昭和62年 5月 東前 2  5勝10敗
昭和62年 7月 東前 5  7勝 8敗
昭和62年 9月 東前 6  6勝 9敗
寺尾 常史(てらお つねふみ)
昭和62年11月 西前 9  8勝 7敗
昭和63年 1月 東前 3  7勝 8敗 (大乃国)
昭和63年 3月 西前 3  6勝 9敗
昭和63年 5月 西前 6  8勝 7敗
昭和63年 7月 西前 1  6勝 9敗
昭和63年 9月 西前 4  7勝 8敗
昭和63年11月 東前 6  8勝 7敗
平成元年 1月 西前 1  8勝 7敗 殊金(千代の富士)
平成元年 3月 西関脇  5勝10敗
平成元年 5月 東前 3  7勝 8敗
平成元年 7月 西前 3 10勝 5敗 技金(大乃国)
平成元年 9月 西関脇  8勝 7敗 
平成元年11月 西関脇  8勝 7敗
平成 2年 1月 東張関  7勝 8敗
平成 2年 3月 西小結  8勝 7敗
平成 2年 5月 東関脇  7勝 8敗
平成 2年 7月 西小結  8勝 7敗
平成 2年 9月 西関脇  9勝 6敗
平成 2年11月 東関脇  5勝10敗
平成 3年 1月 東前 2  8勝 7敗 (大乃国)
平成 3年 3月 西小結  8勝 7敗
平成 3年 5月 東小結  5勝10敗
平成 3年 7月 西前 3  6勝 9敗
平成 3年 9月 東前 7  8勝 7敗
平成 3年11月 東前 4  6勝 9敗 (北勝海)
平成 4年 1月 東前 8  8勝 7敗
平成 4年 3月 西前 4  8勝 7敗
平成 4年 5月 東前 2  2勝13敗
平成 4年 7月 東前13  9勝 6敗
平成 4年 9月 東前 8  9勝 6敗
平成 4年11月 東前 2  7勝 8敗
平成 5年 1月 東前 5  6勝 9敗
平成 5年 3月 西前 9  8勝 7敗
平成 5年 5月 東前 5  5勝10敗
平成 5年 7月 東前11  8勝 7敗
平成 5年 9月 西前 4  6勝 9敗
平成 5年11月 西前 6  7勝 8敗
平成 6年 1月 東前 8  8勝 7敗
平成 6年 3月 西前 2  9勝 6敗 
平成 6年 5月 西小結  8勝 7敗 
平成 6年 7月 西小結  4勝11敗
平成 6年 9月 東前 3  4勝11敗
平成 6年11月 西前 9  9勝 6敗
平成 7年 1月 西前 2  5勝10敗
平成 7年 3月 東前 6  8勝 7敗 殊金(貴乃花)
平成 7年 5月 東前 1  5勝10敗
平成 7年 7月 西前 5  5勝10敗
平成 7年 9月 西前 9  8勝 7敗
平成 7年11月 東前 3  5勝10敗
平成 8年 1月 東前 7  6勝 9敗
平成 8年 3月 東前11  9勝 6敗
平成 8年 5月 東前 3  5勝10敗
平成 8年 7月 西前 6  5勝10敗
平成 8年 9月 西前10  9勝 6敗
平成 8年11月 東前 3  4勝11敗
平成 9年 1月 西前 8  8勝 7敗
平成 9年 3月 東前 3  2勝12敗1休(右足第 1趾基節骨骨折)
平成 9年 5月 東前13 15休    (公傷)
平成 9年 7月 東前13  9勝 6敗
平成 9年 9月 西前 8  7勝 8敗
平成 9年11月 西前 9  6勝 9敗
平成10年 1月 西前13  9勝 6敗
平成10年 3月 東前 8  5勝10敗
平成10年 5月 西前12  9勝 6敗
平成10年 7月 東前 9  4勝11敗
平成10年 9月 東前16  9勝 6敗
平成10年11月 西前11  8勝 7敗
平成11年 1月 東前 7  8勝 7敗
平成11年 3月 西前 3  5勝10敗
平成11年 5月 西前 7  6勝 9敗
平成11年 7月 西前11  8勝 7敗
平成11年 9月 西前 7  8勝 7敗
平成11年11月 東前 4  5勝10敗 (武蔵丸)
平成12年 1月 東前 7  5勝10敗
平成12年 3月 東前12  7勝 8敗
平成12年 5月 西前13  5勝10敗

平成13年 3月 西前12  8勝 7敗
平成13年 5月 東前 9  2勝13敗


通算 93場所 626勝753敗16休 殊3敢3技1金7
得意手突っ張り、押し、去なし、引き、叩き身長 体重186cm 117kg
年寄名錣山[20] 
備考幕下 加賀錦の孫、鶴ヶ嶺西ノ海の養女の養女の三男、鶴嶺山逆鉾の弟、鶴ノ富士の従兄、幕下 薩摩錦の従兄の孫。
両国中学校では長身を見込まれてバレーボール部に所属したが 1年と経たずに退部し、友達と麻雀をしたり飲酒したりと荒れたが、学校は決して休まなかった。部屋へ良く遊びに来ていた先輩の勧めで安田学園高校へ進学し、相撲部に所属して 2年生では東京大会で活躍したが母の没を機に入門を決意し、中途退学して入門した。
寺尾の名は母の旧姓に因み、下の名も母の名から 1字を採った節男としていた。
筋肉質の体格に彫りの深い容貌で人気が有った。
軽量だが精悍痛烈で回転の速い突っ張りに勘の良い去なしを交えて翻弄するか、右を深く差して半身で寄るか下手投げを打つ取り口で、大乃国に強かった。年を経ても若々しく、軽量で基本的に離れて取る力士ながら39歳まで取った。
昭和61年 9月に敢闘賞を受賞して逆鉾と史上初の兄弟同時三賞受賞を、平成元年 3月には関脇に昇進して史上初の兄弟同時関脇を実現した。
高所恐怖症で飛行機への搭乗を大の苦手とし、国内の移動は沖縄を除いて飛行機を使わず、止むを得ず飛行機に搭乗しなければならない時は恐怖を抑える為に隣の客(居ない場合は乗員)に頼んで腕を掴ませてもらう程で、海外巡業へ行く度に10kgも体重が減ったと伝わる。
花粉症に苦しんだ。
趣味はプロレス観戦。
公式webサイト:寺尾

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