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Long Story Short -- the history of Hedwig and the Angry Inch

ヘドウィグ:ヒストリー



 1994年、ある飛行機の機内で2人の男が出会った。1人は無名に近い俳優ジョン・キャメロン・ミッチェル。もう1人は、ニューヨークシティ(以下、NYC)のバンドマン、スティーブン・トラスク。2人は意気投合し、東ドイツ出身のロック・シンガーを主人公とするライブ・パフォーマンスのコラボレイトがスタートした。(*1

 デビューの舞台は、NYCのドラァグ(*2)系ナイトクラブ Squeeze Box (*3)だった。スティーブンは、同クラブの専属バンド Cheater (*4)のリーダーだったのである。1994年7月19日の夜のことだ。まだイツハクはいなかったが、同クラブの女主人であり、有名なドラァグクィーンでもあるミストレス・フォーマイカ(*5)がMCとバックボーカルで出演した。


 Squeeze Box でのライブは評判を呼んだが、2回目のライブは最悪だった。AIDS救済のためのイベントだったのだが、さんさんと日差しが降り注ぐビーチサイドに現れたヘドウィグたちは、場違いもいいところだった[調査中]

 3回目のライブで、ジョンはヘドウィグではなくトミー・ノーシス(*6)としてステージに登場した。場所は、Brew's というハンバーガーショップ[調査中]。その次のステージは、Fez(Time Cafe)だった[調査中]。

 回を重ねるうちに"国際的に無視されたソングスタイリスト"の身の上をつづる曲も増え、重要なサブキャラクターとしてイツハク(*7)(ミリアム・ショア)も登場する。

 最初の本格的な劇場公演は、オフ・ブロードウェイの公営劇場 Westbeth Theatre で開かれた。この頃になると、曲もストーリーも現在に近くなり、ジョンとスティーブンは、単なるバンドのギグではなくショーにかさ上げすることを決めた。しかし、ニューヨークにはヘドウィグのユニークなスタイルにぴったりの劇場がなかった。結局、ジョンは友人からのアドバイスに従って、ハドソン川の縁に立つ中規模のホテル Hotel Riverview (*8)の宴会場を劇場に改装して公演をスタートさせる。これがヘドウィグ専用の劇場 Jane Street Theatre (*9)である。

 Jane Street Theatre 公演は1998年2月14日(バレンタインデイ)に開幕した。これが、一般にニューヨーク公演(初演)と呼ばれるステージである。ヘドウィグのブレイクスルーはこの日に始まった。

 初演には、ジョン(ヘドウィグ/トミー・ノーシス)、スティーブン(スキシプ)、ミリアム(イツハク)が不動のキャストとして出演し、その時点の Cheater のメンバーがバックを固めた。登場人物は、ヘドウィグとアングリー・インチの計6人のみ。舞台の『ヘドウィグ〜』は、ヘドウィグ率いるバンドによる一夜のニューヨークライブという形式だったので、マネージャーのフィリス(*10)やルーサー、ハンセルのママは生身では出演しない(すべてエミリー・ハブリー(*11)のイラストを映写するか、イツハクが代わりにセリフを言うことで処理された)。トミーでさえ、ジョンが2役でこなした(*12)。

 もちろん、舞台は大ヒット。ジョンがリスペクトを捧げたデビッド・ボウイ、ルー・リードなど、多くのセレブリティも劇場を訪れた。リピーターはヘドヘッドと呼ばれ、100回、200回はザラ。最高記録は、ある女性の450回(週に4回のペース!)。劇場では、サントラCD発売をリクエストする署名も集められた(*13)。そして圧倒的な要望に押され、翌1999年に舞台版CDが発売される(オフブロードウェイのミュージカルCDはちょっと珍しい)。

 ニューヨーク公演は、2年を超えるロングランを記録した。ロサンゼルス、カナダ、ロンドンでも公演は成功し、こうなると映画化の企画が立ち上がるのは自然の成り行きだった。

 2001年に完成した映画は、ジョンが監督をつとめ、舞台の主なキャストが再集合したこともあり、ビジュアル的にかなり舞台に忠実だった。一方で、舞台ではスライドで処理されたヘドウィグの回想シーンが完全に映像化されたことは、ファンにとって画期的だった。「愛」という普遍的なテーマ、グラム、パンクのエネルギーにあふれた楽曲、運命に翻弄される主人公の悲哀など、さまざまな要素をエンターテイメントとして昇華させた映画『ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ』は、2001サンダンス映画祭で絶賛され、最優秀監督賞最優秀観客賞のダブルクラウンに輝く。同年7月の全米ロードショー公開はスマッシュヒット、ヘドウィッグに魅せられたヘドヘッドを大量に生み出している。

 日本では、ギャガ・コミュニケーションズ配給により2002年2月からロードショー公開中。日本版サントラも好セールスを記録している。

 そして、今まさにこの瞬間にも伝説は作られている…


*1

ジョンとスティーブンが知り合ったきっかけについては、別の説がある。当時ジョンと交際していたジャックDVD収録のメイキングドキュメンタリーに出てる![証拠画像])という男が Cheater のメンバーだったので、その関係でジョンは Cheater のリーダーであるスティーブンと知り合った、とする説だ。「飛行機」説よりも説得力がある。しかし、「元カレ紹介」説を隠そうとする理由はなんだろうか? 以下は単なる私の推測だが、まずヘドウィグがデビューする頃にジョンとスティーブンが男と男の関係にあったことは周知の事実である。しかも、このときの Cheater にはジャックが参加していない。明らかに、ジョンはスティーブンに乗り換えたのだ。おそらく、これは当事者にとってあまり詮索して欲しくない話題だろう。そこで、映画化と機を同じくしてプレスに「飛行機」説が流されたのだろうと推測する[引き続き調査中]

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*2

Drag を「ドラッグ」と表記するのは、Drug(薬物、麻薬)と紛らわしい。区別するために、このHPでは実際の発音に近い「ドラァグ」を使う。ちなみにパソコンでよく使う「ドラッグ・アンド・ドロップ」も Drag and Drop であり、クスリのことではない。また、Drag Queen という呼び名は、彼女たちが長いドレスのすそを引きずって(Drag して)歩くイメージに基づいて生まれたものだ。

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*3

Squeeze Box はNYCにある有名な、というより悪名高いドラァグ系ナイトクラブである。ありとあらゆる悪徳の栄えるNYCゲイ・コミュニティの毒花として知る人ぞ知る存在。映画を観た日本のファンが「聖地」として訪れたいと願うかもしれないが、まず普通の日本人ツーリストが足を踏み入れて無事に帰れるような場所ではない(少し大げさだが)。現地に事情のわかった友人がいて同行してくれるならともかく、一見さんがのこのこ遊びに行くのはお勧めできない

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*4

Cheater は、Squeeze Box の専属バンド。したがって、最初のヘドウィグのギグでは、Cheater がアングリー・インチであり、それ以降も、会場はちがっても基本的には Cheater のメンバーがそのままアングリー・インチだった。この図式は Jane Street Theatre の初演まで続いたが、ロングランする過程で Cheater とは関係ないミュージシャンもアングリー・インチとして出演するようになり(映画のジャセク役テッド・リシンスキーもその1人)、消える。

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*5

ミストレス・フォーマイカは、Squeeze Box の女主人(Hostess)として名高い、NYCを代表するドラァグ・クィーン。その勇姿は映画"Wigstock: the movie"(日本ではゲイ&レズビアン映画祭で上映)で拝むことができるが、まさに圧巻の一語。

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*6

もともとジョンは、トミー・ノーシスを主人公にした物語を考えていた(映画プログラム収録のインタビューを参照)。また、初期のライブ会場が本当にカフェやバーガーショップだったのは、売れないシンガーのドサまわりツアーとして構成されたストーリーに合わせた会場選択だった。居合わせた客は、映画でビルジウォーターズにいた客のように本当に引きまくったのかもしれない(なんとラッキーな!)。

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*7

イツハクというキャラクターが登場するのは、ストーリーの展開上必要になってからのことである。バンドのメンバーは演奏に専念する(そもそも役者ではない)ため、ヘドウィグの半生を振り返る「芝居」には、イツハクとのかけあいが欠かせない。女優ミリアム・ショア)が演じることになったのは、スティーブンがキーの高いコーラスを望んだからで、ショーのラストで見事に変身するというアイディアは後から生まれた。
それはそうと、1つおもしろい事実がある。ジョンは最初のギグに、例のイツハクの革ジャン(たぶん彼の私物)を着て登場しているのだ[証拠画像]。イツハクが、トミーと同じようにヘドウィグの分身であることを象徴するような事実である。なお、初期のイツハクは普通の革ジャンだったが、ニュヨーク公演ではあの革ジャンを着ている(イツハクの衣装は舞台と映画でまったく同じ)。

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*8

Hotel RiverviewHP)は、NYCのかなり寂しい区域にある安ホテルである。このホテルが有名なのは、タイタニック号遭難者の一時避難場所として使われた歴史があることだ。史上名高い海難事故から奇跡的に生還した生存者は、同ホテルの1F宴会場に収容されたが、まさにこの場所が劇場として改装され、ヘドウィッグのニューヨーク公演の舞台となる。

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*9

Jane Street Theatre は、その名のとおり Jane ストリートにある。ホテル(Hotel Riverview)の宴会場を改装したので、入り口はホテルのフロントを通り過ぎた奥にある。客席は200〜300。2階席もあるが、1列のみ。入り口から向かって突き当りがステージであり、キャストはステージの向かって右側奥にあるドアから出入りする(本来はこの階の非常口)。ステージ側の壁は、ベルリンの壁を模してデコレートされている。この壁には、スライドで写真やアニメ、イラストが投影される。ステージ上にはドラムやギターなどの楽器がセッティングされていて、完全にライブコンサートのステージ設定である。特別に凝った大道具はなく、いたってシンプル。もとが宴会場なので、トイレはステージの向かってすぐ左側という信じられない位置にある。上演中にもよおした客は、芝居が進んでいるステージのすぐ隣にあるトイレに、衆人監視の中で入らなければならない。また、劇場の階に楽屋(つまり楽屋として使える部屋)はなく、ジョンをはじめとする出演者は、ホテルの最上階に設置された楽屋屋根裏部屋)からえんえんと階段を下って(ジョンはハイヒール!)ステージにたどりつかなければならなかった。

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*10

フィリス・スタインという名前は、ビートルズの最初のマネージャーであるブライアン・エプスタインを連想させる。エプスタインはビートルズの「発見者」だが、フィリスもヘドウィグの音楽活動にかなり初期から関わっている「発見者」だ。少なくとも、ヘドウィグがトミーに去られた後にドサまわりで訪れたクロアチアでのショーにはマネージャーとして同行している(舞台版の設定)。トミーが去る前からマネージメントを買って出ていた可能性もある。

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*11

もちろん、エミリー・ハブリーは映画でもあの印象的なアニメーションを担当したアーチスト。

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*12

ジョンがトミーを演じるのは、ラストの Wicked Little Town だけ。2人のアイデンティティーが交錯するこの場面は、映画よりはるかにわかりにくく、観客を悩ませた。「トミーはヘドウィッグの脳内にしかいない架空のキャラクター」といった極端な解釈さえ可能(そうなるとヘドウィグは単なるデンパの人!?)。

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*13

私と友人もはりきって署名した。しましたとも!

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Text by Krystal Nacht (parker@hello.to). All rights reserved by Krystal Nacht 2002. Walk on the wild side.