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注意! このページはネタバレ情報です。映画本編をご覧になってから読んでください。
| 「なぜイツハクはヘドウィグに隠れてウィッグをかぶってたのか?」
映画を観てそう思った人も多いだろう。その答えは削除されたシーン(DVD特典映像)にある。 問題のシーンをかいつまんで再現してみよう。 以下、「舞台」とはJane Street Theatreのオフ・ブロードウェイ公演を指します。 |
| クジストフがブラを乾燥機に入れてヘドウィグにボコられるあのコインランドリーのシーンで、壁際にいるイツハクがふと黄色いチラシ(『RENT』オーディションの告知)に目をとめる。映画では彼はすぐにチラシを破りとるが、実はその直前に回想シーンが入るはずだった。つまり、イツハクはここでヘドウィグとの出会いを思い出すのだ。(*1) |
| 1994年頃、ヘドウィグはドサ回りでクロアチアをツアーしていた。マネージャーのフィリスは、クロアチアで一番有名なドラァグ・クィーンだったクリスタル・ナハト(*2)を前座に出演させた。これがイツハクその人である(以上は舞台での設定だが、おそらく映画でも踏襲されている)。 | ![]() |
| イツハク=クリスタル・ナハトは、ブラウンのウィッグ、ピンクのシースルーのチャイナドレスといういでたちでステージに立ち、バーブラ・ストライザンド(*3)の曲(『愛のイェントル』(*4)の挿入曲らしい)を歌う。彼の素晴らしいパフォーマンスに客席からはヒマワリやラベンダーといった花がバンバン投げ込まれ、そのあまりの人気にメインアクトのヘドウィグはすっかりヘソをまげる。(*5) | ![]() |
| ところが、楽屋から荷物を抱えて出てきたヘドウィグを、階段の踊り場で待っていたのはイツハクだった。 「わだすの名前はイツハクだす。あんだを愛してるだ。結婚してけろ。この国から出してけろ」(マジでこれぐらいなまってる) |
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| 思案顔になったヘドウィグは、やがてイツハクに近づき、彼のウィッグをとる。(*6)そしてキスをしてから、階段を降りていく。イツハクは満足感と不安の混ざった複雑な表情を浮かべ、その後を追う。階段には、イツハクのウィッグがポツンと残される(ちなみにこのウィッグは本編で「オーディションに受かった!」とやってくるイツハクがかぶってるのとよく似ている)。 | ![]() |
| 最後の部分は、舞台ではもっとわかりやすい展開になっている。ヘドウィグは、イツハクの求婚にこう答えるのだ。「国を去るには何かを置いていかないと。もう二度とウィッグを使わないと約束するなら結婚してもいい」 そう、ヘドウィグが東ドイツを去るときにママ(とルーサー)が言ったセリフにそっくりだ。舞台のヘドウィグは、「そのときのアタシの顔はママみたいに冷ややかだった」とまで語る。 |
| さて、こんなイジワルをしたヘドウィグの動機をちょっと考えてみよう。最大の動機は、かつての自分の悲運に対する形を変えた復讐だろう。彼はペニスを犠牲にして自由の国アメリカに渡った。(*7)だから、立場が逆転したいま、他人の運命を好きなように決められることが楽しくないはずはなかった。彼は『シュガー・ダディー』で「ああ支配のスリル まるでロックの恍惚 こんな甘い味はない♪」とあけすけに歌っている。 |
| もう1つの動機は、イツハクに対する嫉妬だろう。ドラァグクィーンとしてのイツハクの才能がヘドウィグよりずっと上だということは、誰よりもヘドウィグ本人が一緒にツアーして痛感していた。映画本編でも、『打ち壊せ(Tear Me Down)』でイツハクがコーラスを熱唱すると、ヘドウィグはカリカリしてマイクのコードを強引に抜いて歌えなくしてしまう。彼は歌唱力でもイツハクに負けることをかなり気にしているのだ。(*8) |
| つまり、不遇をかこつヘドウィグの最大の慰めは、自分よりも才能のあるイツハクを支配し、ことあるごとに蔑むこと(ドメスティック・バイオレンス)だった。この関係は、アングリー・インチのほかのメンバーに対しても、多かれ少なかれ当てはまる。彼らはポーランド人であり、明らかにアメリカに渡るためにヘドウィグを頼っている(もちろん、彼の音楽的才能へのリスペクト、同じ東欧出身者としての共感、恋慕などがまったくないとは言わないが)。ヘドウィグは、不法滞在者(イツハクを除く)である彼らの弱みを十分すぎるほど知り、搾取している。英語すらたどたどしく、下着の洗濯さえまともにできない田舎者の彼らは、かつての自分を見るようでヘドウィグをイライラさせるのだ。(*9) |
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DVDのコメンタリーで、ジョン・キャメロン・ミッチェルは、この回想シーンについて「カットされて一番残念なシーン」と語っている。僕も同感だ。イツハクとヘドウィグの出会いを明らかにするこのシーンがないと、2つの重要なポイントが映画から失われてしまう。 1. イツハクがウィッグの着用を禁じられてる理由がわからない 1もストーリー上かなり致命的だが、2も映画の完成度を損なうという意味で残念な欠落だ。こういったヘドウィグの負の人格が見えないと、観客は、彼を「純真にカタワレを追い求め」「不幸に耐えしのぶ」高潔な人物として理想化してしまう。ヘドウィグは決してイエスのような聖者ではない。ルーサーが去り、トミーが去り、イツハクが去ろうとする背景には、ヘドウィグの側の問題もあるはずだ。 |
| この回想シーンがカットされたのは、おそらく上映時間の都合だろう。本編は最終的に92分に編集された。低予算の長編映画としては標準的だ。回想シーンを入れても3分ぐらいしか伸びないが、それだけの違いでも、最終回の終映が遅くなるとか、くだらない理由で劇場には歓迎されない。 |
| DVDの特典映像という形でおおやけにはされているが、やはりこのシーンは本編に入れるべきだろう。 |
| *1
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*2
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クリスタル・ナハト(Krystal Nacht)は、1938年11月9日から翌日にかけてドイツ全土で発生した大規模なユダヤ人迫害事件の総称。74人のユダヤ人が死傷、815軒のユダヤ商店と171戸の民家が破壊され、放火で炎上したシナゴーグ(ユダヤ教会)は191にのぼった。粉砕されたショーウィンドウのガラス片がキラキラと輝く光景から、「水晶の夜=Krystal Nacht」の呼び名がついた。その後のドイツ国内のユダヤ人迫害を急進化させるホロコースト史上の重要事件である。ドイツ人ヘドウィグに「迫害される」ユダヤ人イツハクの芸名として実に的確。 |
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*3
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バーブラ・ストライザンドは、同性愛者(ゲイ、レズ両方)に人気のあるセレブ。理由はよくわからない。たぶん男装することが多いからだろう。 |
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*4
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『愛のイェントル』('83)は、アカデミー賞の歌曲・編曲賞(ミシェル・ルグラン、アラン&マリリン・バーグマン)に輝いた「名作」。いっぺん観てみたいとはかねてから思っているのだが、なにしろバーブラ・ストライザントはこの映画でラジー賞の最低主演男優賞にノミネートされてる。へたなホラー映画よりも恐怖できる映画に違いない。 |
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*5
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DVDのコメンタリーで、 |
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ブラックの地毛をアップにまとめたイツハク(ミリアム)が最高にチャーミング。このシーンをカットしたロクデナシは地獄の火で骨まで焼かれてしまえ。 |
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*8
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*9
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クジストフ(通称"のび太")が乾燥機にブラ入れてヘドウィグに雷を落とされるのは有名なシーンだが、その直前のシーンでは、彼はなんと毛皮のジャケットを乾燥機から取り出している! |
Text by Krystal Nacht (parker@hello.to). All rights reserved by Krystal Nacht 2002. Walk on the wild side.