TREY PARKER BIO
トレイ・パーカー経歴
トレイ・パーカー(ランドルフ・トレイ・パーカー3世)は、1969年10月19日、コロラド州Coniferに生まれた。現在28才。
子供時代は「サウス・パーク」に似ていた(ホントか?)。パーカーは自分をモデルにしてスタン(Stan)を創作したという。
父ランディ(Randy)は政府機関に勤務する地質学者(「カンニバル! ザ・ミュージカル」に判事役で出演)。「サウス・パーク」のミスター・マーシュ(Mr. Marsh)のモデルである。母シャロン(Sharon)は保険外交員(げっ!)で、こちらはカートマン夫人(Mrs. Cartman)のモデルである。姉シェリー(Shelley)はスタンの姉と同じ名前。
中学校は地元Coniferのウェスト・ジェファーソン中(West Jefferson Junior High)、高校はEvergreenのエバーグリーン高(Evergreen High)に通う。
卒業後、名門バークレー音楽院(Berklee College of Music)に1学期間(半年)在学して音楽理論を学習した後、Boulderのコロラド州立大学(University of Colorado)に入学して映画を学ぶ。
パーカーの最初の映画作品は「アメリカの歴史」(American History)というアニメーションの短編で、絵が描けない彼はダンボール紙を切り抜いて台紙に貼ってキャラクターを動かした。「アメリカの歴史」は、1993年のStudent Academy Awardの銀メダルを受賞した。
その後、授業で製作した3分間の架空の映画の予告篇が大評判となり、家族や友人たち(その一人がマット・ストーン)と共同で出資してAvenging Conscience Inc.を設立し、製作を開始する。これが最初の長編作品「カンニバル! ザ・ミュージカル」である。パーカーは撮影中に落馬して臀部を骨折するが、手術を強く勧める医師を無視して彼は撮影を続けたという。週末と春休みを利用して撮影は続けられ、完成には約一年を要した。熱中のあまり学業をおろそかにしたパーカーは、ついに卒業証書をもらえなかった。
パーカーは1994年にカリフォルニア州に移り、ストーンとダイアン・ベッチャー(Dian Bachar)とルームシェアした(ベッチャーも大学の友人。「カンニバル」のジョージ・ヌーン)。フォックス・テレビジョンで働いているところを元重役のブライアン・グラーデン(Brian Graden)に才能を認められ、彼が友人に送るクリスマスカード代わりのビデオ製作を依頼される。こうして作られたアニメ短編「クリスマスの精神」(Spirit of Christmas)は、グラーデンによってハリウッドの友人たちに配られた。サウス・パークという田舎町に住む4人の小学生を主人公としたこの短編に惚れ込んだ映画人がさらにコピーを作って知人に送った(なかでもジョージ・クルーニーは150本のコピーをばらまいたとか)ので、あっという間に業界中の注目がパーカーとストーンに集まることになった。ハリウッドのほとんどのスタジオ(ニューライン、ワーナー、ドリームワークスなど)が興味を示したが、最終的にケーブルのコメディ専門チャンネル、コメディ・セントラル(Comedy Central)がこの作品をテレビシリーズ化することになった。これが「サウス・パーク」である。放送は1997年に始まり、たちまち同チャンネル一番の人気プログラムとなった。
「サウス・パーク」と平行してパーカーはマット・ストーンと共に映画「ベースケットボール」(BASEketball)に主演する。出演を決めたのは監督が大好きなデビッド・ザッカーだったからだという。 最新作「オーガズモ!」では、パーカーが主演・監督・脚本を担当し、「カンニバル!」時代のメンバーが再び顔を会わせた。1998年10月に公開されたが、NC-17(17才以下の視聴不可)という厳しいレーティングのため興業的には振るわなかったらしい。(国内では1997年の東京ファンタスティック映画祭で一度上映された)。
現在、ストーンと結成したバンド、DVDAも活動中。「オーガズモ!」のサントラにも1曲収録されている。
次作は「Fuzzies」。