「珍しい客だの………」
口ではそう言ってはいるが、来訪者などわかっていた。
「どうやって、あれの口を割らせたか、聞きたいものだの」
妖艶に笑う殺生丸を眼前に、弥勒は全く無表情だった。
「とりあえず『ごちそうさま』と礼を言わねばと思いまして……」
合掌し、続ける。
「しかし。わたしの命がエサとは、少々、わたしとしては納得でき
ないものがありましてな」
その双眸は怒りに満ちていた。今まで一度として犬夜叉には向けた
ことのないような。
「で、どうする、法師??」
殺生丸も無表情を崩さない。
「わたしと心中していただきたいと、そう思って参りましたが。いか
がなもんでしょう」
ジャラ と、弥勒の右手の数珠が鳴る。
すい と殺生丸が動いた。一瞬にして弥勒の眼前に立つ。
「教えてやったのか?? そなたが小坊主の時に、和尚にしてもらったことを」
「生憎わたしには経験はありませんがな。犬夜叉が『教えろ』と
あまりにうるさいのでね」
殺生丸の右手が弥勒の顎を捕らえて仰向かせる。
「ほう、経験はなかったのか。綺麗な顔をしているのに、和尚も
もったいないことをしたの」

その手首を掴み、離させながら、
「あいにく、出会った時から和尚様は『じじぃ』でしたからね」
「そっ、そうか……」
「離れなさい。でなければ吸い込みます」
「みろ……てめ……なにっ……」
「答えなさい、犬夜叉。おまえは誰と会っていた??」
「おし……てくれるじゃ……なかったのか……」
「おまえの知りたいことは教えてやるさ。こんな風にな」
着物の袷から手を差し入れると、犬夜叉の身体がヒクッと緊張する。
「うあ……ぁ……」
小さなしこりを軽く弄ぶだけで、快感が走るらしい。
「ほどけ……っっ 封印……はずして……っ」
「ああ、解いてやるぞ。全部おまえから聞いてからな」
犬夜叉にはもう見えはしないが、弥勒の口の端には笑みが浮かんでいた。
いつもならば、適当に楽しんで相手をしているが、今回は全くやめるつもり
はない。
「教えてくれと言ったのはおまえです。……わたしも教えてもらいたいこと
は全部教えてもらいますよ」
言いながら、今度は腰の紐を解き、そこから手を忍び込ませていく。
直に触れられ、犬夜叉が息を飲んだ。

「良い子だ、犬夜叉。答えなさい。おまえは誰と会った」
薬が犬夜叉の全てを奪っていく。麻痺と快感と。聞こえてくるのは弥勒の
低い声だけだった。
「っ……しょまる……」
ピクっと、弥勒の笑みが消えた。
「ほう……??」
『弥勒。もう嫌だ。苦しい』と、荒い息の下から切れ切れに訴えるのを
無視して、なおも犬夜叉を追い込んでいく。
「殺生丸どのは何を言いました?」
「……やっ……みろく……」
「答えなさい。良い子だ、犬夜叉」
弥勒の声は優しい。優しい言い方で、なおももっと犬夜叉を追いつめる。
「か……ざあな……」
「わたしの風穴がどうしました」
風穴を消せると殺生丸が言ったこと。その為に犬夜叉にしろと言ったこと。
その全てを聞き出すまで犬夜叉を生殺し状態にした。
後ろ手に縛った手首から血が滲んでも、うっすらと涙が浮かんでも、弥勒は
許さなかった。
全てを聞き出した後、
「……おまえは太陽の匂いがするな、犬夜叉。おまえはそのままで生きて
いきなさい………」
後部に指を入れ、欲しい所に刺激を与えてやると、気を失ったように
脱力する犬夜叉に緋の衣を掛け、
「おれは本当におまえが可愛かったぞ、犬夜叉。おまえの鎖、おれが切って
やるからな」
未だ余韻にピクピクと小さく動いている耳を撫でて言った。
『やめろっ 行くなっっ やめろおおおっ、弥勒!!』
薬の切れない身体で、混濁した意識の中で、封印の札が外されたことだけは
わかった。
ずずっ
↑
茶をすする音
「………で、……てめぇらは、何でそんなになごんでやがる……??」
やっと薬が切れた身体で、息を切らして飛んできたら、
「手ぶらか……。我が弟ながらつまらぬヤツだの」
「まあ良いではないですか。チョコ煎餅は気に入りませぬか??」
兄と弥勒は仲良く茶を飲んでいた。
「犬夜叉、来い」
「きなさい、犬夜叉」
しかも二人して微笑しながら呼ぶ。
「……」
犬夜叉の耳が前に伏せる。戦闘態勢だ。
「わたしは、あの耳が好きでしてな」
弥勒が言う。
「ほう、そうか。わたしは爪も牙のない時に震えているのが可愛くての」
殺生丸が言う。
犬夜叉の指がぴくぴくと震えた。
「さんこんてっそうっっ!!」
だが、その爪は何もなさなかった。殺生丸の右手が犬夜叉の手首を掴んで
止めたのだ。
「危ないのう」
殺生丸の持っていた湯飲みは弥勒が持っている。
犬夜叉さまにも何が起こったのかわからなかったが、わし(冥加じぃ)にも
わからないので、ちょっとスロー再生してみようかの。
「散魂鉄爪!!」
犬夜叉さまの右手が上がった瞬間に、つい、と殺生丸さまが右手の湯飲みを
左に座す弥勒の方に差し出した。弥勒が左手でそれを受け取ると、おおっ、
殺生丸さまは軽く頭を下げ、微笑んでまでいらっしゃる。半妖の犬夜叉さま
と違って余裕のよっちゃんだの。
犬夜叉さまの手は振り下ろされることもなく、座ったままの殺生丸さまに
捕まれた。
「大事なかったか、法師??」
おおっ、スローでないとわからぬ会話がこのような所にも。
「かたじけない、殺生丸どの」
弥勒は弥勒で答えながら、左手で受け取った殺生丸さまの湯飲みと自分のを
見比べて、
「こっちが、俺ので、こっちが殺生丸どの……ぶつぶつ」
と間違わないように言い続けておった。そうしてそれを持ち替えて下に置き、
懐からイモ饅頭を取り出し、袋を開けて、その開け口を殺生丸さまの方に向け、
再び湯飲みを持つ。今度は右に殺生丸さまの、左に自分のものを持つ。
「どうぞ、殺生丸どの」
ほほう。このような会話があったのか。しかし、弥勒も芸がこまか……
ぷちっ
「全部、今、おれの目の前でおこってる会話だっつーの………
嫌でも見えとるっちゅうねん」
「い、犬夜叉さま。見えておりましたか……」
その間にも、また茶をすする音が聞こえた。
「これは何と申すものだ」
「は、ご存知ない?? これはイモ饅頭と申しましてな、『い』ぬやしゃの『も』
のを練り混んだ菓子にございます」
「ほう。なかなかうまいのぅ。ちなみに犬夜叉のモノとは何のことだ」
「殺生丸どの。お信じになられましたか。ただの冗談です」
「そなた、なかなか良い味を出しておるの。わたしの稚児にならぬか、法師」
すたすたすたすたすたすたっ 犬夜叉は背を向けて歩き出した。
『けっ やってられっかよ』
もう怒りを通り越して呆れたようだ。
『そんだけ仲いいなら、てめぇで風穴のことは殺生丸に頼みな ちっ』
足で入り口を蹴り飛ばして帰ろうとした所、背後から声がかかった。
「犬夜叉」
殺生丸の声だ。犬夜叉は足だけ止め、振り向きもせずに答えた。
「なーんーだー」
「おまえが帰ると法師は死ぬぞ、良いのか、犬夜叉」
瞬時に振り返る犬夜叉。その眼に映ったものは!?
「さすがの犬夜叉さまも、人質をとられてしまっては分がお悪い」
ナレーションは冥加だ。
「殺生丸さまに片手で押さえ込まれ、青い顔をしている弥勒のことを放って
いられる犬夜叉さまではない。犬夜叉さまは土下座をして殺生丸さまに」
ぴらっ
言うまでもない、冥加が潰された擬態語だ。
「殺生丸。そいつから離れろ」
真顔で犬夜叉が言う。
「ならば、ここに来い」
犬夜叉の躊躇は、
「……うっ」
弥勒の小さな呻き声が破った。
唇を噛みながらゆっくりと殺生丸の下に行く。
「背中を向けて正座しろ」
言われた通り、入り口の方を向いて座す。
「良い子だの、犬夜叉」
声と同時に両手首が背中で一つに握りしめられる。
「……法師、では封印の護符を」
「承知」
「なっにぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「おまえは本当に何度騙されてもこりないのですね」
溜息混じりに弥勒が言う。
「てっめぇぇぇぇぇぇぇ 弥勒ぅぅぅっ!!」
今更じたばた暴れても後の祭りだった。
「ほーどーけーっ」
犬夜叉は二人の前に転がされ、出来ることといえばじたじたすることだけだった。
「時に法師。そなた、酒はいける口かの??」
「酒と女には目がありませんで……」
「良いのが手にはいっての。そなた試してみぬか」
「…………」
少しだけ考え、しかしにっこりと笑って、
「遠慮しておきましょう。犬夜叉に飲ませてみてはいかがか??」
と断った。
「そうか。残念だの。そなたの稚児も可愛いと思うのだがの」
「犬夜叉相手にご存分になさいませ」
キラリと二人の目が犬夜叉を射る。
『…………』
犬夜叉の耳が背後にぴったりと伏せられる。しっぽが出ていれば、腹の下に
しっかりと隠されていることだろう。
「ああ、犬夜叉さま、おいたわしい(*^。^*)ポッ!!」
復活した冥加の、鼻の下が伸びていた。
『犬夜叉さま。お可愛いらしい』
とは、言えぬ冥加であった。
end