▼△▼ 鈴衛くんのできごと ▼△▼

とりあえず、古い順に並んでいます。

 

●1995年7月24日付 [朝日新聞(兵庫版)]

第77回高校野球兵庫大会、投手として鈴蘭台高校の最後の打者を見逃し三振に取った。
伊丹市立天王寺川中学時代から、強肩、好リードの捕手として活躍し、全国中学校軟式野球大会で三位に輝いた。高校入学後も、強肩と打撃のセンスを買われ、一年の夏から正捕手としてチームを引っ張ってきた。
それが、春の大会後、試しに先発した練習試合で完封した。北田善宏監督の意向もあり、投手に。
鈴衛投手は「1球で試合が変わる投手は苦しい。捕手の方がいい」と打ち明けるが、「今は投手。投げるしかない」と話した。

 

●1995年11月23日付 [朝日新聞(兵庫版)]

11月22日のプロ野球ドラフト会議で、広島に6位指名された。広島は意中の球団だった。
校内放送で、指名を知った。
遠投100メートルの強肩の持ち主で、捕手として一年の夏からレギュラーを獲得。夏の兵庫大会では5試合を一人で投げぬいた。
捕手での指名。「試合を組み立てたり、ナインに命令できるポジションなので、投手より好きです。古田さんのように、打てて守れる捕手になれたらいいなあ」。

 

●1995年11月25日付 [朝日新聞(兵庫版)]

11月24日、広島東洋カープと入団契約。
球団スカウト、両親や野球部長らと交渉に臨み、契約金2500万円、年俸400万円で合意した。
契約を終え、「まだ実感はわかない」と言いながらも終始笑顔。
夏の兵庫大会直後は進学するつもりだったが、スカウトがグラウンドに見にくるようになって、「プロにいけるかな」。
肩に自信があり、「捕手としてだれをさしたいか」という質問に、はにかみながら「イチローかな」。

 

●1995年12月25日付 [朝日新聞(広島版)]

12月24日、広島市中区のホテルで、新入団選手発表。
家族や球団関係者が見守る中、長谷川投手、吉年投手ら5選手と、会見に臨んだ。

●1999年9月22日New!

    昨年10月に続く、2度目の一軍登録。
    8回表、ツーベースを打った前田選手の代走として一軍初出場。
    8回裏、そのまま捕手で山内投手をリード。1イニングを守った。

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