
| 阿賀野市 観光1 |
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水原代官所(水原地域)
![]() 1746年(延享3年)に、幕府直轄領として、水原城館跡に代官所が設置されました。代官所の支配地は水原郷をはじめ、北蒲原各地や中蒲原・南蒲原・岩船の一部などに分布し、支配高は6〜10万石。水原代官所は以降22代まで続きましたが、1868年(慶応4年)3月に戊辰戦争に伴い会津藩預かりとなり、その後西軍の侵攻により会津藩が退散したことによって同年7月に代官所は123年の幕を閉じました。 廃絶から127年後の平成7年8月に復元し、水原地域での重要な観光施設となっています。 ・場所 阿賀野市外城町10−5 ・水原代官所(水原町ホームページ)へリンク |
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天朝山公園(水原地域)
![]() 市中心部にあり、国道49号に面した天朝山(てんちょうやま)公園は、世が大凶作に苦しんだ天保7年(1836年)、越後の豪農市島徳次郎が難民救済事業として別邸宅を築いた場所です。邸宅は戦火で焼失しました。わずかな期間でしたが、明治新政府により越後府(後に水原県と改称)が置かれ、新潟県政発祥の地です。 いろいろな遊具、木々が生い茂っています。春にはたくさんの桜が咲き、秋には紅葉と、市民のいこいの場となっています。右写真のように、現在では当時の矢倉が再建されています。 ・場所 阿賀野市中央町(国道49号沿い) ・天朝山公園(水原町ホームページ)へリンク ![]() 桜が満開の天朝山 | |
瓢湖水きん公園(水原地域)
![]() 白鳥飛来地として有名な瓢湖は、その昔、農業用水池として人工的に造成されたものです。江戸時代の寛永2年の起こった大干ばつの解決策として、翌年(1626 年)に当時の領主が工事を起し、寛永16年(1639年)に13年の歳月を要して完成しました。 また、瓢湖は、昭和29年に人工給餌の成功によって、国の天然記念物に指定されました。遊歩道やあやめ園、野外ステージ、一般観察所や研究用観察舎なども設置され、安らぎの水辺環境となっています。冬にはたくさんの白鳥や鴨をはじめ水鳥が多く飛来し、春にはあやめ、夏には蓮の花がきれいに咲きます。 今では四季を通じて人々の憩いの場として親しまれています。 ・場所 阿賀野市水原313−1 ・瓢湖水きん公園(水原町ホームページ)へリンク ![]() 瓢湖の周辺には、「白鳥の里」があります。白鳥の里は、白鳥の生態や保護の歴史、四季折々の瓢湖の魅力などを、マルチビジョンや写真、パネルで紹介しています。また、「リズムハウス瓢湖」では、宿泊、日帰り旅行、グループの会合、宴会などに利用でき、ゆったりと入れる浴室もあります。 ・宿泊施設リズムハウス瓢湖(水原町ホームページ)へリンク | |
やまびこ通り(笹神地域)
![]() 五頭の山裾に沿って、出湯から村杉へと続く全長5kmの『山びこ通り』には、多くの句碑・歌碑が立ち並んでいます。やまびこ通りは、出湯温泉側からの一方通行です。 広く一般の方々にも発表の場を提供しようと『奥の細道』をヒントに昭和60年より句碑・歌碑の建立が行われ、現在では約250有余の詩情あふれる碑が並んでいます。 遠く日本海、佐渡を見渡すことができる風景も自慢です。 ・場所 阿賀野市出湯温泉〜村杉温泉 |
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おいしい湧き水(笹神地域)
![]() 五頭山麓には、湧き水の名所があります。 自然豊かな環境の中で湧き出るおいしい水。この水をくむ人たちの姿をよく見かけます。右写真は、「羽黒歓迎塔の清水」です。 このほか、薬師の清水、優婆尊御霊水、木田橋の清水、権現山霊水湧水場、岩瀬の清水、秋取の清水があります。 ・場所 阿賀野市笹神地域各所 |
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安田城跡(安田地域)昭和48年3月28日に、新潟県指定文化財(史跡)となりました。 中世の安田町周辺は、摂関家の領地でした。鎌倉幕府創設後、関東御家人 伊豆の大見氏が地頭職として着任、安田氏を名乗るようになりました。 ![]() この城は大見氏の居城となり、1598年、安田氏が上杉氏に従って会津に移ると、村上藩吉竹右近が在番。1618年に堀直竒の支配となり、1622年、一国一城令によって破却されました。 1640年、堀直重(直時)が3万石を分与され、安田藩主となりました。1644年、その子 直吉が居城を村松に移し、安田藩は終わりました。 現在では、安田地域の生涯学習(社会教育、社会体育)の拠点として総合センターが置かれ、公民館、体育館、野球場、公園が整備されています。 ・場所 阿賀野市保田 (阿賀野市役所安田支所近く) |
