ひなげし

明るい日差しの午後。
神谷道場の薫さんは、今日も元気だ。
「というわけで、剣心。買い物に行ってきてね。」
「何がというわけ、なのでござるか。」
道場の居候緋村剣心は呆れたような素振りで、洗濯をしていた手をとめた。
「だからね。お醤油がきれたからちょっと行って買ってきて。洗濯も、もう終わるで
しょ。」
たらいの中の残り僅かの洗濯物をさして言う。 確かにこれだけであれば、さほど時
間もかからずにすんでしまうだろう。
剣心は腰をあげて、薫が差し出す財布を受け取る。
「醤油だけでいいのでござるか?」
「後、味噌と塩。お酒とお米もね。」
薫はにっこり笑う。
「だから、いつもそんなに一度に買う必要があるでござるか」
剣心の呟きは緩やかに無視された。

酒屋の前で荷物を降ろし、剣心は一息ついた。
あと、醤油を買えば買い物は終わりだ。
中を確認し買い忘れがないことを確かめると、再び荷物を持って店に向かう。
「ちょっと、そこのお兄さん。」
呼び止められ振り返ったとたん、40代半ばくらいの中年の女性が剣心の腕をがっと掴
んだ。
「な、何なんでござる。」
剣心は状況を把握しきれず。されるがままになっている。
「お兄さん。花買わない?」
剣心の腕を掴んだまま、そう行って道の端っこまで剣心を引きずって、そこで自分の
荷物を降ろし店を広げる。
「さあ、どれがいい?浜木綿も竜胆も女郎花もあるよ。」
「いや、拙者は、」
「玉簾 、河骨、凌霄花に秋桜。雛罌粟に瑠璃虎尾。食用に葛や千日紅もいいねぇ。
枝の方では、夾竹桃、秋海堂、 金木犀、石榴。緋衣草、水引、芙蓉、月見草、大紅
団扇なんかもあるよ。他にも薮欄、鶏頭、吾木香、車百合、藤袴、弁慶草 に花魁草
・・・・」
剣心の頭の中では花の名前がぐるぐるとまわっている。
「いい品揃えだろ。さあ、彼女にでも何か買ってやんな。」
「いや拙者には、彼女なんか・・」
「おや、では奥さんかい?じゃあ、余計に何か買ってやんなきゃ。いつも苦労させて
いるんだろう?」
「いや奥さんも、いないでござる。」
「こっちの孔雀草なんかどうだい?杜鵑草なんかもあるよ。」
彼女は全く人の話を聞いていない。
「さあ、どれがいい。さあさあ。」

日は、はるかに西へ傾いて。
「遅かったじゃない、剣心。」
剣心がげっそりとしていることに薫は気がつかない。
「あ・・、薫殿これを貰ってほしいでござる。」
持っていたひなげしの花束を差し出す。
酷い目にあった。先ほどの出来事を思い出すだけで剣心は脂汗が出る思いだ。
「え、私に?」
とたん、薫の顔がパァと輝く。
極上の笑顔。
まあ、いいか。そう思える。
「ありがとう。剣心。」
嬉しいと、嬉しいという気持ちが全身で伝わってくる。
それだけで、先ほどまでの疲れなんか吹き飛んだ。
「薫。早く飯にしようぜ。」
気がつけば、弥彦が玄関の前に立っていた。
「そうね。ねえ、剣心。遅くなったからご飯作るの手伝って。」
薫が剣心の手を引く。
「なあ、剣心。醤油どうしたんだ?」
弥彦がぽつりともらす。
その言葉に薫と剣心の視線がが荷物に注がれる。
「あ、」

からすの声が、辺りにこだまする。



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