「喪失」
第四話
薫は確かに存在する。操の手紙で剣心ははっきりと確信した。
でもまだ、何故こうなったのか分からない。操が覚えているというコトは、多分他の葵屋の人達も覚えているだろう。
「何故?」口に出してみる剣心。問いかけに答えるものなどいないと知りながら。
剣心はフゥ、と溜息をつき、次の行動を考えた。
――剣心――
愛しい人の声が頭に響く。
「薫殿・・・」「すいませーん。」
門の方から声が聞こえた。剣心はゆっくりと立ち上がり、玄関に歩いていった。
門を開けると、そこには弥彦と同じか、少し高いくらいの背丈の少年が立っていた。
「あ、緋村さんですね、私、西村道場の者ですが、西村さんがどうしても話したいコトがあるので半刻後、町外れの小丘に来て欲しいと・・・」
「・・・承知致した。半刻後でござるな。」
少年が帰ってから、なんの話だろうと剣心は考えた。まあ薫の話にまず間違いないだろうが。
丘まで走れば剣心ならば五分かからないのだが、あえて歩いていくコトにした。
役半刻後、丘には二つの影。他には大木が一本立っている以外何もないところ。
剣心は努めて冷静に話しかけた。
「西村殿、拙者に何か話があるそうで・・・」
「ええ、薫さんのコトなんですが・・・」
やっぱりか、と剣心は思った。
「あなたは、記憶をなくす前の薫さんを覚えているんですよね。」
西村の言葉に少しの引っかかりを感じたが、表には出さず「ええ」とだけ答えた。
西村は一度剣心から目を離し、独り言のように言った。
「なんでかなあ・・・」
「え?」
「なんであなたはおぼえているんです?」
「・・・」
「皆はちゃんと忘れてくれたのに・・・」
「!?」
西村の言葉が理解できない剣心。
「あなたは、よっぽど大事に思ってたんですね、薫さんを。」
「・・・」
「私の術が効かないくらいだなんて、驚いたなあ。」
「・・・西村殿、薫殿や皆の記憶のコトはもしやあなたが・・・?」
「ええ、そのそのとおりです。」
「しかし、一体どうやって・・・?」「術ですよ。」
そう言えば、さっきも〈私の術〉といっていた。
「私は、生まれた時から不思議な力を持ってましてね。幼い頃などは自分で力を制御するコトができず、人を傷つけてしまうコトもありました。」
「・・・・・・」
「ずっと・・・そんな私を皆避けて、優しく笑いかけてくれる人などいませんでした・・・そのまま大人になり、力を制御できるようになっても周りは変わりませんでした。」
「西村殿・・・」
剣心は、今まで淡々と話していた西村に変化を見つけた。さっきまではなかった、
深い悲しみの色がその瞳にあらわれたのである。
「そんな私に、唯一笑いかけてくれた人がいました。それが薫さんです。」
冷たい人々に落胆していたところを、薫が話しかけてきたという。
「薫さんは、とても温かい笑顔を私に向けてくれました。冷え切った心を温めてくれるような・・・そんな笑顔を。私が術や力のコトを話しても、彼女はかわらず笑顔をくれました。
その後、何度か街で薫さんを見かけました。彼女はいつも満面の笑みを浮かべてました。私にくれた笑顔より、もっと美しい笑顔を。」
剣心にはまだ、西村があんなコトをした訳が分からない。剣心は黙って話を聞く。
「私は、あの笑顔を自分の、自分だけのものにしたくなったんです。だから・・・
ああすれば・・・全てを忘れれば私だけに笑みをくれると思った・・・まあ、あの術は範囲が東京全体が限界だったから、東京より外の人達の記憶は消せませんでしたが。
でも、薫さんは一度もあの笑みを見せてくれなかった。私が何を言っても、何をしても。いつも何かを悲しそうに考えているだけ・・・記憶を失ってもあなたのコトばかり考えているんですよ。」
少しの沈黙。少しして西村は、悲しそうな笑みを浮かべて言った。
「本当は気づいていたんですけどね。あの最高の笑みはあなただから、あなたにだけ向けられていたってコト・・・」
剣心は、薫の数々の笑顔を思い浮かべた。太陽のようにまぶしい笑み。いつでも向けてくれた。
薫は自分の心の闇に光を入れてくれる存在。最も大事な存在だった。
しかし、そんな薫を奪った西村を憎むコトはできない。人の温かさが欲しかっただけ、心に光が欲しかっただけなのだから。
「・・・あなたにとって薫さんは最も大事な人。薫さんにとってもあなたは最も大事な人。奪ってしまってごめんなさい。薫さんと、皆にかけた術は解きます。」
「西村殿・・・」
西村が右手を前に出し、何かつぶやこうとしたその時。
「剣心!」
二人は驚いて、声の飛んできた方を見た。そこにいたのは、走ってきたのか息を切らしている少女。剣心の最愛の人であった。
「薫・・・殿?」「そんな・・・まだ術は解いてないのに・・・」
「剣・・・心っ・・・!」
薫は再び走り出し、剣心に抱きついた。剣心も、薫をしっかりと抱きしめる。
そんな二人を見て、西村はふう、と息をつくと、「かなわない・・・なあ・・・」
とつぶやいた。
太陽は、二人を美しくひきたててみせていた。