ノート(青)

引退愛馬(出資馬・代替馬)その2  
歴史の新しい引退愛馬をページの先頭に記載しております
(友駿ホースクラブからの退厩のお知らせを引用しております。)


アベニールシチー☆☆
牡 ボストンハーバー 栗東・清水出美厩舎
成績 2-0-2-24
栗東・清水出美厩舎へ入厩後、2009年1月の京都新馬戦でデビューしました。
デビュー戦は好位から踏ん張り5着となり、すぐに結果を出せるかと思いましたが
初勝利は同年5月の名古屋交流戦となりました。
その後、500万クラスでは4着となるものの思うように勝ち上がることができず、
2勝目は2011年1月の園田交流戦で地方競馬での相性がいいようでした。
しかし、1000万クラスでは不振が続き、最終戦となる10月の阪神戦以降、脚
元に不安がでてしまい放牧を余儀なくされました。
その後、ようやく脚元も落ち着き、トレセンに戻って調教進めていましたが、運動
中に歩様に違和感が出てしまい、検査をしたところ、左前に屈腱炎の症状が見
られました。
清水師は「何とか変わり身を図るべく調整を続けていましたが、かなり重度の
屈腱炎を発症してしまっては、時間がかかるうえに復帰できる可能性も極めて
低いことから、この辺が限界でしょう。」と愛馬会に伝えてきました。

「アベニールシチーの全成績のページ」

エデンシチー
牡 タイムパラドックス  栗東・作田誠二厩舎
成績  0-0-0-5 
平成23年1月に栗東・作田厩舎へ入厩しました。入厩後、ソエなどの症状が見られましたが、
無難にゲート試験に合格しました。しかし、体に余裕があり、デビューは3月の阪神戦となりま
した。レースは口向きが悪いため4角で大きく外に膨らんでしまい、着外となりました。
その後、京都で2戦目に挑みましたが思うように結果を出すことができず、レース後ソエの症状
が悪化したため、一旦放牧して立て直しに専念していました。陣営では、右回りは直線で内に
刺さってしまうため、左回りのコースに登録すべく交流戦も申し込みましたが、権利が取れませ
んでした。
そして、最終戦となる阪神線に望みを託しましたが着外となってしまいました。
作田師は「調教では未勝利と思えないような動きを見せ、何とか大成させてあげたいと進めて
きましたが結果を出すことができず申し訳ありませんでした。」と愛馬会に伝えてきました。

「エデンシチーの全成績のページ」
ウエリントンシチー
牡 ロックオブジブラルタル  栗東・佐々木晶三厩舎
成績 0-0-0-7   代替馬
 ピグレットT
平成22年の7月に栗東の佐々木厩舎に入厩しました。入厩後、早々にゲート試験に合格しましたが
成長の余地を残しており、一旦天工トレーニングセンターへ放牧に出ました。
その後、トレセンに帰厩して12月の小倉戦でデビューしました。初戦は力をだせなかったものの、
一息入れた平成23年4月の京都戦は、後方から一気に追い込み、4着と素質のあるところを見せ
てくれました。そのため、すぐに結果を出せるかと期待されましたが、中間馬房で顔面を外傷してし
まい、5月の京都戦は取り消しとなりました。
そして、仕切りなおしとなった6月の阪神戦は5着となるものの、勝ち上がることができず、京都戦も
力のあるところは見せましたが、優勝することはできませんでした。さらに最終戦となる小倉の未勝
利戦では、いいところがなく着外となりました。
佐々木師は「未勝利にいる馬ではありませんでしたが、馬房で頭を打ってから不本意な結果が続き
その後遺症としか考えられません。本当に素質があっただけに残念でなりません。」と愛馬会に伝え
てきました。

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セシリアシチー
牝 カリズマティック  美浦・斉藤誠厩舎
成績 0-0-0-4  代替馬エトランゼシチー
美浦・斉藤厩舎へ入厩後、平成23年1月16日の中山新馬戦でデビューしました。スタート後中団の位置に
つけ、直線でも粘りを見せ初戦は6着となりました。
しかし、その後数戦試みましたが、上位に喰い込むことができず、最終戦となる7月16日の新潟未勝利戦でも
10着となり勝ちきることができませんでした。
斉藤師は「なんとか1勝をと懸命に調整してきましたが、腰に疲労もでてしまい、能力や時間的にも勝ちきるこ
とは難しいと思われ、たいへん残念ですが在厩は諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

「セシリアシチーの全成績のページ」
カトレアシチー
牝 リンカーン 美浦・上原博之厩舎
成績 0-0-0-3   代替馬ガウディシチー
美浦・上原厩舎へ入厩後、平成23年2月12日の東京新馬戦でデビューしました。スタート後、中団に位置していま
したが、徐々に後退し、直線でも追い上げることができず初戦は16着となりました。
その後、2戦試みましたが、上位に喰い込むことができず、最終戦となる7月3日の未勝利戦でも12着となりました。
上原師は「なんとか1勝をと懸命に調整してきましたが、気性面での問題が激しくなり、能力的にも勝ちきることは難
しいと思われ大変残念ですが、在厩は諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

「カトレアシチーの全成績のページ」
エターナルシチー
牡 ニューイングランド 栗東・村山明厩舎
成績 0-3-0-6
エターナルシチーは3歳未勝利戦で2着3回という成績を残した後、再ファンドを行い、平成22年の9月に
笠松競馬の川嶋厩舎へ入厩しました。
しかし、脚元に腫れがみられたことから検査したところ、屈腱炎が判明しました。そのため、平成23年の
2月まで放牧を余儀なくされましたが、懸命な治療が実り、5月26日の日本ライン特別に出走しましたが
長いブランクと太め残りで着外となりました。その後6月のレースで2戦しましたが結果を出すことができま
せんでした。川嶋師は「能力検定試験では素質のあるところを見せ、すぐに結果を出すことができるかと
思いましたが、実戦ではその力を発揮することができませんでした。なんとか中央にお戻ししたいと調教を
進めてきましたが、脚元に不安を残している現状ではハードな調教を行うことができず、時間ばかりを要して
しまうでしょう。」と愛馬会に伝えてきました。

「エターナルシチーの全成績のぺージ
ヒロインシチー
牝 スペシャルウイーク  美浦・斉藤誠厩舎
成績 0-4-2-3
    代替馬アポロンシチー
ヒロインシチーは中央未勝利(0-4-2-3)で一旦抹消した後、左前脚に軽度の骨折はありましたが、
上位実績があり、再ファンドをくむ為、平成22年の10月に船橋競馬の林正人厩舎へ転厩しました。
転厩後3月の地震などで、調整が狂い初戦は本年5月5日となってしまい4着となりました。
そして、次走6月3日の浦和戦に向け調整されていましたが、5月26日の調整後、左前脚繋靭帯炎
を発症してしまいました。
林師は「早期に勝ち星をあげて中央にお返ししたいと考えていましたが、今回の故障はかなりの時間
がかかると思われ、引退もやむを得ないでしょう。」と話しており、たいへん残念ですが、、引退し繁殖
馬として供用することとなりました。

「ヒロインシチーの全成績のページ」
ジャスミンシチー
牝 タップダンスシチー  美浦・中野栄治厩舎
成績 0-0-0-3
美浦・中野厩舎へ入厩後、平成23年1月23日の小倉新馬戦でデビューしました。スタート後、最後方からと
なり、直線でも追い上げることができず、初戦は12着となりました。
その後、数戦試みましたが、上位に喰い込むことができず、最終戦となる4月23日の新潟未勝利戦で14着
タイムオーバーとなり勝ちきることができませんでした。
中野師は「なんとか1勝をと懸命に調整してきましたが、スタミナがなく能力的に勝ちきることは難しく、大変残
念ですが在厩は諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

「ジャスミンシチーの全成績のページ」
サンレッドシチー
牝 マンハッタンカフェ   美浦・成島英春
成績 0-0-0-4
美浦・成島厩舎に入厩し、平成22年6月27日の函館未勝利戦でデビューしました。スタートで立ち遅れ
てしまい後方からとなり、初戦は11着となりました。
その後数戦試みましたが上位に食い込むことができず、最終戦となる10月2日の中山戦に出走しまし
たが、500万条件戦でもあり16着となり、勝ちきることはできず左腰にも疲労がでていました。
成島調教師は「回復までに1ヶ月以上の時間を要し、大変残念ですが、これ以上の在厩をあきらめたい
と思います。」と愛馬会に伝えてきました。

「サンレッドシチーの全成績のページ」
プリンセスシチー
牝 タップダンスシチー  美浦・上原博之
未出走
        代替馬(2口分)セシリアシチー1口・ジャスミンシチー1口
平成21年6月美浦・上原厩舎に入厩しました。ゲート試験には合格しましたが、馬体は完成途上で
気性難の兆しがあったため、一旦武田牧場に戻し慎重に乗り込まれていました。そして、平成22年
7月末帰厩し調整されていましたが、上原師は「良い馬体をしており、将来が楽しみだったのですが、
気性難は解消せず馬場入場を拒み、抵抗が激しく調教を進めることができませんでした。なんとか1戦
でもと努力しましたが、及ばず在厩を断念せざるをえません。」と愛馬会に連絡がありました。

「プリンセスシチーのページ」
レッドビームシチー☆☆☆
牡 ヘクタープロテクター  美浦・中野栄治
成績 3−6−5−36 相模湖特別
美浦・中野栄治厩舎へ入厩後、平成17年3月12日の中山新馬先でデビューしました。スタート良く先行
し好位を進みましたが、初戦は12着となりました。しかし、3戦目の東京先の芝で変わり身を見せ、待望の
初勝利をあげました。その後、脚部不安がありながらも2勝を飾りコンスタントに出走しましたが、平成22年
7月10日の阪神戦、ジュライSのレース中に、右前脚屈腱炎を発症してしまいました。
中野調教師は「馬体の良さにひかれ、スピードもあり期待していました。常に慎重に調整してまいりました
が、今回の症状に至ってしまいました。年齢的な面も考慮すると、残念ですがこのあたりで引退させてあげ
たいと思います。」と愛馬会に申し伝えがありました。

「レッドビームシチーの全成績のページ」
ドミンゴシチー☆☆
牡 クロフネ  美浦・田村康仁厩舎
成績 2−1−0−11  カトレア賞
美浦・田村康仁厩舎へ入厩後、平成18年12月9日の中山新馬戦でデビューしまた。スタート良く先行し2番手に
つけ、直線でも粘りを見せ2着となりました。続く2戦目は10着でしたが、3戦目で待望の初勝利を挙げ4戦目の
カトレア賞と連勝しました。その後脚部不安を発症し長期休養を余儀なくされ、復帰はしましたが成績は思うように
振るわず、最終戦となる平成22年4月15日の船橋交流戦に出走しましたが、良い成績をあげることができず11
着となり、腰に疲労が出てしまいました。
田村調教師は「脚部不安がありながら、ここまでよく頑張ったと思います。今回の症状は比較的軽いと思いますが
年齢的な面や近走の状態をみると、たいへん残念でありますが、このあたりで在厩を諦めたいと思います。素質馬
だったので、なんとか再起を果たし活躍させたいと懸命に調整いたしましたが、なかなか思うように進まず引退が
遅くなり申し訳ありませんでした。」と愛馬会に伝えてきました。

「ドミンゴシチーの全成績のページ」
エリカシチー
牝 マンハッタンカフェ  美浦・中野栄治厩舎
成績 0−1−0−6  代替馬ヒロインシチー
美浦・中野栄治厩舎に入厩後、平成20年10月25日の福島新馬戦でデビュー。スタートは無難にでて中団から
進み直線でもじりじりと伸びをみせ6着となりました。続く2戦目では12着となり右トモを骨折してしまい休養を余儀
なくされました。回復後3戦し本年10月26日の最後の未勝利戦に臨みましたが惜しくも2着となりました。
そして500万条件戦に2戦臨みましたが8着・14着となりました。中野師は「少しでも可能性を期待し出走させまし
たが、レース内容をみると500万条件戦では上位は叶わず出走さえ危ぶまれ勝ちきることは非常に難しいと思わ
れます。大変残念ですが疲労もでており、ここで在厩は諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

「エリカシチーの全成績のページ」
パイオニアシチー
牡 ネオユニヴァース  栗東・作田誠二厩舎
成績 0−0−1−5     代替馬エデンシチー
平成20年9月下旬に栗東・作田厩舎へ入厩しますが、気性難のため調整が遅れ、デビューは平成21年1月18日
の中京・新馬戦となりました。着順は14着と振るわず、その後も次走につながる結果が出ず、6月8日の金沢交流
戦に出走したところ、いきなり3着と変わり身を見せ、初勝利を目指した9月2日の名古屋交流戦は残念ながら5着
に敗れました。
そして最終戦となる9月20日の阪神戦では大差の9着に終わりました。
作田師は「せっかく地方交流戦でメドも立ち、何とか1勝をという思いで調整してきましたが優勝には至りませんで
した。大変残念ではありますが、気性難もあり在厩を諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

「パイオニアシチーの全成績のページ」
アルアインシチー
牡 ダージー  美浦・谷原義明厩舎
成績 0−0−0−6
美浦・谷原義明厩舎へ入厩し、平成21年1月25日の中山新馬戦でデビューしました。スタート良く好位に取り付き
先行し、直線でも粘りを見せ4着と健闘しました。しかし、その後は数戦試みましたが上位に食い込むことはできず、
平成21年8月30日の新潟戦に出走した後、連闘で臨む予定でしたが、右前脚に屈腱炎の症状がみられました。
谷原調教師は「今回の故障は回復までに3ヶ月以上の時間を要すと診断されました。未勝利戦も終了してしまい、
大変残念ですが、これ以上の在厩を諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

「アルアインシチーの全成績のページ」
サイキックシチー
牡 ゴールドアリュール 栗東・池添兼雄厩舎
成績 0−0−0−4
平成21年3月はじめに栗東・池添厩舎へ入厩しました。デビューは4月12日の阪神戦であおってスタートする
ものの鋭い追い込みを見せ4着と健闘しました。その後阪神で2戦したあと、最終戦となる8月8日の小倉戦で
8着となりましたが、レース後に全治6ヶ月以上の骨折が判明しました。
池添師は「初戦でレースセンスを感じていただけに将来を期待していました。競走馬としてできる可能性がある
かぎり出走させたいと考えていましたが、突然のアクシデントに残念でなりません。」と愛馬会に伝えてきました。

「サイキックシチーの全成績のページ」
フレンチシチー
牡 フレンチデュピティ  栗東・安達昭夫厩舎
成績 0−0−2−2
     代替馬エターナルシチー
2歳時、平成20年4月に一旦入厩しましたが、脚元に違和感が出たので放牧に出され、帰厩は平成21年
4月となりました。少々脚元に熱感があったものの6月7日の中京・未勝利戦でデビューし4着と頑張りま
した。レース振りも良かったので初勝利は近いと思われましたが、その後数戦試みますが勝ちきることが
出来ず、7月25日の小倉戦のレース中に右前の腱を断裂してしまいました。
安達師は「初勝利も目前にきており、これからというところで大変残念でなりませんが能力喪失と診断され
ました。」と愛馬会に伝えてきました。

「フレンチシチーの全成績のページ」
シンシアシチー
牝 キングカメハメハ 美浦・平井雄二厩舎
成績 0−0−1−4
    代替馬サンレッドシチー
平成21年1月5日の中山新馬戦でデビューしました。スタートで出遅れましたが、直線からジリジリと
追い上げを見せ3着と入着を果たしました。レース振りから初勝利は近いものと考えていましたが、
その後数戦は上位に食い込むことができず平成21年4月18日の中山戦で13着となったレース中
右前脚手根骨を骨折してしまいました。
平井師は「なんとか1勝をと懸命に調整してきましたが、今回の怪我は競走馬としての復帰は非常に
難しいと思われ、たいへん残念ですが在厩は諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

「シンシアシチーの全成績のページ」
キャプテンシチー
牡 マンハッタンカフェ 栗東・佐々木晶三厩舎
成績 1−0−0−14
平成19年1月21日の小倉新馬戦でデビューしました。スタート良く中団から進みましたがもう一息伸び
きれず6着となりました。続く2戦目は凡走しましたが、3戦目の中京戦で待望の初勝利をあげました。
気性難などが垣間見え去勢しましたが、500万条件ではコンスタントな走りができず、美浦・平井雄二
厩舎へ転厩し障害戦転向などを試みましたが、良い成績をあげることがず平成21年最終戦となる1月
25日のレースでも12着となりました。
平井調教師は「馬体の良さが感じられ障害馬としても入念に調整してまいりましたが、最終戦後も疲労
が著しく身体、精神面ともに限界のようです。たいへん残念でありますが、このあたりで引退させたいと
思います。」と愛馬会に申し伝えがありました。

「キャプテンシチーの全成績のページ」
プリムラシチー
牝 グラスワンダー 栗東・宮本博厩舎→美浦・嶋田功厩舎
成績 1−2−1−16
栗東・宮本博厩舎に入厩し、平成17年7月3日の阪神新馬戦でデビューしました。スタート良く好位に
ついていましたが、徐々に後退し初戦は6着となりました。しかし、1戦ごとに成績を上げ8戦目にあたる
平成18年8月27日の小倉で待望の初勝利をあげました。
その後、骨折した後は良い成績をあげられず平成20年の夏より美穂・嶋田厩舎へ転厩し心機一転を
図りましたが、残念ながらレース中に鼻出血を発症したりなどで入着を果たせませんでした。
嶋田調教師は「転厩時から入念に調整してまいりましたが、肺などにも少し異常ほきたしているようです。
たいへん残念ではありますが年齢的な面なども考えると、このあたりで引退させたいとと思います。」と
愛馬会に申し伝えがありました。

「プリムラシチーの全成績のページ」
ギムレットシチー
牝 タニノギムレット 美浦・佐藤吉勝厩舎
成績 0−0−2−10
    代替馬アルアインシチー
平成19年11月17日の東京新馬戦でデビューしました。スタートは無難に出て後方から進み直線じりじりと
伸びを見せ7着となりました。続く2戦目は3着となり初勝利は近いものと考えていましたが、その後未勝利
戦を勝ちきることができず、平成20年10月26日の500万条件戦に臨みましたが13着となり良いところを
見せられませんでした。続く11月2日に連闘で臨みましたが16着となり、佐藤師は「レース内容を見ると
500万条件戦で勝ちきることは非常に難しいと思われます。少しでも可能性を期待し、連闘を試みましたが
上位は叶わず、大変残念ですがここで在厩は諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

「ギムレットシチーの全成績のページ」
トライアルシチー
牡 ティンバーカントリー  栗東・田中章博厩舎
成績 0−0−1−6
平成19年10月に栗東・田中章博厩舎に一旦入厩しますが、トモに疲れが出たため信楽牧場に放牧され、
帰厩は平成20年の1月となりました。
デビューは3月22日の阪神・新馬戦でしたが、スタート良く飛び出し好位につけるも直線で失速して11着
でした。2戦目も着外の後、5月10日の新潟戦では芝に替わり3着と変わり身を見せ、次戦も5着と新潟の
相性の良さを見せましたが、最終戦となる8月24日の新潟戦は適距離には出走できず短距離に臨みます
が厳しい展開で12着と動けませんでした。
田中師は「春頃には初勝利も目前かと期待しておりましたが、残念ながら勝ちきるには至りませんでした。
未勝利戦には出走制限があり、条件面で厳しくなり出走できるレースが無くなりました。大変申し訳ありませ
んが在厩を断念せざるをえません。」と愛馬会に伝えてきました。

「トライアルシチーの全成績のページ」
ギャロップシチー
牡 ヴィクトリースピーチ  栗東・崎山博樹厩舎
未出走
     代替馬アベニールシチー
平成20年6月下旬に入厩しましたが、昨年10月に発症した骨折患部の状態がおもわしくなく、慎重に進め
ていました。しかし、腫れや歩様の違和感などからゲート試験も受けることが出来ず、競走馬として出走の
見通しが立たない現状に陥ってしまいました。
崎山師は「徐々に脚元の不安は解消されるのではないかと思われ、春先に良化の兆し見られましたが、
今回の状態では競走馬として出走することが難しくなってしまいしまた。長らく待っていただき会員の皆様
には大変申し訳ない気持ちで一杯ですが、ここで在厩を断念したいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

「ギャロップシチーのページ」
アンダンテシチー☆☆
牝 スペシャルウイーク  美浦・加賀武見厩舎
成績 2−1−0−16
平成17年9月25日の中山新馬戦でデビュー。すたーと良く先行し粘りをみせ初戦から5着と素質の良さ
を見せてくれました。その後すぐには勝ちきれませんでしたが、5戦目の中山で初勝利を飾り、休養をはさ
み6月の函館戦で2勝目を飾りました。その後は苦戦が続きましたが、コンスタントな走りを見せていました。
平成20年3月22日の中京でのレース中、3コーナー手前で右第1指関節脱臼を発症し予後不良となってし
まいました。松山師も供養の手続きをとりアンダンテシチー号の冥福を祈るとともに会員の皆様にお詫びと
感謝の気持ちを述べておられました。

「アンダンテシチーの全成績のページ」
フォーマルシチー☆
牡 ブラックタキシード  栗東・田所秀孝厩舎
成績 1−0−0−4  
平成18年10月初旬に栗東・田所秀厩舎へ入厩しました。もともと気が悪く矯正を続けていましたが、解消
されないことから去勢手術を行い、結局デビューは翌年の3月24日の阪神戦となりました。
レースはスタートで出遅れたものの、直線で目立つ末脚を披露して6着でした。
2走目はゴチャつく競馬も馬込みを捌いて8着に入るなど、期待は持てましたが、残念ながら気性の悪さを
如実に出すようになり、レース中の落馬もあり、懸命に調整をした結果7月21日の小倉戦で見事に初優勝
を果たしました。その後次走に向けリフレッシュして、昇級戦を目指していた矢先に右前屈腱炎を発症して
しまいました。
田所師は「ようやく出走が近づき楽しみにしていただけに残念でなりませんが、不治の病とされる屈腱炎と
診断されては完治までに相当の時間がかかるとのことで、これ以上の在厩は諦めたいと思います。」と愛馬
会に伝えてきました。

「フォーマルシチーの全成績のページ」
アストロンシチー
牡 アドマイヤコジーン 栗東・田中章博厩舎
成績 0−0−0−8   代替馬サイキックシチー
平成18年9月はじめに栗東・田中厩舎へ入厩しました。すぐにゲート試験に合格しますが、まだ馬体に余裕
があったため、デビューは12月16日の阪神・新馬戦となりました。
レースでは好スタートを切り3番手につけるも、直線で踏ん張れず12着でしたが、センスの良い走り方に好
感が持て、連闘で臨んだ2戦目は中団からジワジワ追い込み6着に入りました。
しかし、その後優先権がないため短期放牧を挟みながら、小倉・京都・函館そして阪神と使われましたが勝
ちきることができず、未勝利戦もなくなってしまいました。
田中師は「小柄な馬でしたが血統的に魅力があり、なんとか勝ちあがってくれと願う気持ちで見守ってきまし
たが残念ながら限界がきてしまいました。」と愛馬会に伝えてきました。

「アストロシチーの全成績のページ」
プライムシチー
牡 エアジハード  栗東・田中章博厩舎
成績 0−1−1−4    代替馬ギャロップシチー
平成19年4月下旬に栗東・田中章博厩舎へ入厩しました。体力不足などで入厩が遅れていましたが、すぐ 
にゲート試験に合格すると5月26日の中京戦でデビューしました。
レースは好位につけるものの伸び切れず7着。しかし、北海道へ遠征してダート替わりの3戦目で変わり身
があり、4着と好走すると続いて3着、2着と頑張りを見せてくれました。
そして、1番人気で出走した8月25日の札幌戦ではスムーズにハナに立ちますが、直線で失速してしまい
9着に終わり、再度自走に向けて立て直しを図っていたところ、左前脚に屈腱炎を発症してしまいました。
田中師は「前走の敗因は展開が向かなかったもので、優勝は間近と楽しみにしていただけにとても残念で
たまりません。しかしこの診断を下されてはどうしようもなく、残念ですが引退させたいと思います。」と愛馬
会に伝えてきました。

「プライムシチーの全成績のページ」
ライディングシチー
牝 タニノギムレット 小西一男厩舎
成績 0−0−0−5
      代替馬ギムレットシチー
美浦・小西一男厩舎入厩後、平成18年8月20日の新潟新馬戦でデビュー。スタートからスムーズなレースができず
後方のまま15着となりました。その後数戦試みレースぶりも良くなってきましたが、平成19年4月8日の福島戦で
9着となった後、レース後右腰に疲労が出てしまいました。
小西師は「1戦ごとにレースぶりが良くなってきており、なんとか1勝をと懸命に調整してきましたが、今回は疲労が
回復するまで時間がかかると思われ、復帰したとしても能力的に勝ち上がるまでは困難と思われます。」
と愛馬会に伝えてきました


「ライディングシチーの全成績のページ」
サンレモシチー☆
牝 サンデーサイレンス 栗東・佐々木晶三厩舎
成績 1−3−2−5
     再ファンドにつき代替なし。(保障制度による割引券にて清算)
平成16年の暮れに栗東・佐々木晶三厩舎へ入厩しました。
調教では幼い面はあるものの、芝での感触がとても良く、期待どおり2月6日の京都・新馬戦では好スタート
からハナを奪い、ゴール前で交わされますが2着と素質のあるところを見せてくれました。
続く2戦目は後方から徐々に進出しての2着、そして今度こそと期待のかかった3戦目は中京の荒れ馬場に
泣かされ3着となってしまいました。その後、馬体に疲れが見られ休養のために放牧し、復帰戦は7月17日の
函館戦でしたが、激しいイレ込みが影響してか10着に終わりました。
そして、次走に向けて調教中、右トモに違和感が見られたため検査したところ、股関節炎を発症しており、
完治までには半年を要してしまうとのことでした。
未勝利戦が終わってしまう現状を関係者と協議した結果、一旦登録を抹消し、地方競馬で中央再登録の権利
を得る再ファンドのを選択することとなりました。
しばらく日進牧場で股関節炎の回復を待ち、笠松競馬入厩後は3戦目にして優勝をもぎ取ると、平成18年11
月26日にすんなり中央競馬への復帰を果たしました。しかし思うように成績は振るわず、最終戦となる12月17
日の中京戦でもイレ込みが激しく9着に終わりました。その後、年が明け徐々にですが気性の落ち着きを取り
戻していた矢先に鼻出血を発症してしまいました。それも肺からくる鼻出血となると今後の競走生活に支障が
でるもので、師は「中央競馬での活躍を期待して今までやってきましたが、、競走馬として馬体の不安を克服
する見通しが立たない現状では、大変残念ですが在厩は厳しいでしょう。」と愛馬会に伝えてきました。

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アリババシチー☆
牡 アドマイヤボス 栗東・田中章博厩舎
成績 1−0−1−6
平成17年5月に栗東・田中章厩舎へ入厩を済ませ、すぐにゲート試験に合格すると、函館へ移動して6月
19日の新馬戦でデビューしました。
まだ仕上がり途上の感はありましたが、直線で追い込み3着に入り、2戦目であっさり優勝すると、第37回
函館2歳ステークスGVへ駒を進めました。結果は4角で外へ膨れながらも5着と健闘しました。
その後、ゲート練習を中心に調教を行っていたところ、左前の膝を剥離骨折してしまい長期休養を余儀なく
されます。
そして、翌年の4月23日の京都戦で復帰し、数戦試みますが成績は振るわず、短期リフレッシュを挟んで、
9月24日の札幌戦でようやく良化の兆しが伺えたので、本格的に立て直しを図り、トレセン帰厩して調整し
ていたところ、左前に屈腱炎を発症してしまいました。
田中師は「これからまだまだ活躍してくれると思っていただけにとても残念です。しかし、完治するまでに9
ヶ月以上要すると診断が下されては、復帰させることは極めて厳しいことから在厩を断念せざるを得ませ
ん。」と愛馬会に伝えてきました。

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マドモアゼルシチー
牝 タイキシャトル 栗東・清水出美厩舎
成績 0−0−0−6
      代替馬プライムシチー
平成18年4月下旬に入厩しましたが、もともと脚元が弱いため強い調教ができず、デビューは5月7日の
中京・未勝利戦となりました。レースは直線でジリジリと追い上げを見せる程度の10着となり、その後短期
放牧で調整し、2戦目の7月2日の京都戦は、道悪にもかかわらず積極的な運びで7着に入りました。
そして、8月2日の園田交流戦・三室特別で1番人気に支持されチャンスを迎えますが、直線で伸びを欠き
10着に終わり、続く金沢交流戦でも逃げ切りを図りますが、ゴール前交わされ4着となりました。
その後、初勝利を目指し最後の未勝利戦に出走しましたが、結果を出すことができませんでした。
清水師は「脚元が弱いため常に慎重に調整をしてきましたが、未勝利戦もなくなり、上のクラスへの出走も
考慮しましたが、未勝利の身では出走するのもままならず、条件面が厳しい状況では在厩を断念せざるを
得ません。」と愛馬会に伝えてきました。

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ポラリスシチー
牡 リンジシェーバー 栗東・崎山博樹厩舎
成績 0−0−1−3
     代替馬アストロンシチー
平成17年11月下旬に栗東・崎山厩舎へ入厩しました。12月中旬にゲート試験にも受かり、年明け早々の
デビューを目指して、特にスタート練習を重点的に行われました。そして、1月8日の京都・新馬戦では、
出遅れるもののすぐに挽回して好位に取り付くと、最後は追い込んで3着に入りました。
次はもっとよくなると期待された2戦目でしたが、伸びを欠く12着となりました。レース後左トモの不安に気
づき、精密検査を行った結果骨折と判明しました。
そこから治療に専念して8月12日の小倉戦にこぎつけましたが、大差の8着と振るわず、最終戦となる9
月2日の4戦目でも調教ではそこそこの動きを見せていたものの、最後は完全にバテた様子の11着に終
わりました。崎山師は「デビュー戦を見て、この内容なら未勝利戦は勝てる力を持っているとの思いで、長
期期有用を挟み調整を続けてきましたが、復帰後の内容が一息で、またレース後の疲労も見られることか
ら、残念ではありますがこれ以上の在厩は諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。


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アルバシチー
牡 ディアブロ 栗東・大根田裕之厩舎
成績  0-0-0-6
    代替馬トライアルシチー
平成17年12月に栗東大根田厩舎へ入厩しました。そして翌年の1月に2度目のケート試験で
合格し、2月19日の京都・新馬戦でデビューを迎えました。レースは後方から追走して徐々に進
出しますが11着となり、次は少し距離を延長しますが10着と、本格化には時間がかかりそうな
内容でした。
しかし、3月19日の阪神戦では好スタートを切ると、行く気を見せ、結果は10着でしたがレース内
容に変化が見られ、4月1日の福島戦では追い上げて7着に入りました。その後、馬体面で成長
が見られるので、一旦放牧してリフレッシュを図り、期待された復帰は6月20日の名古屋交流戦
でしたが、後方のまま差を詰められず、久々で息が持たなかったのか9着に終わりました。
そして、7月17日の佐賀交流戦でも結局後ろをついて回るレースとなってしまい、10着と結果を
出せませんでした。
レース後、大根田師は「もともと体質的に弱い面はありましたが、少しずつ解消され、リフレッシュ
後は交流戦でチャンスも近いかなと思っていただけに、今は残念な気持ちで一杯です。夏バテ
の症状も出てきていたのか、レース後の疲労がひどく、これ以上時間をかけたとしてもこの馬の
能力を十分に発揮できるまで回復させるのは難しいでしょう。」と愛馬会に伝えてきました。

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ケントシチー☆
牡 サクラチトセオー  栗東・鹿戸明厩舎
成績  1-0-1-9
平成15年10月に一旦入厩しましたが、トウ骨に骨膜炎が出て放牧。帰厩は平成16年の4月上旬
となりました。
デビューは5月16日の京都・未勝利戦で、あいにく雨でしたが不良馬場にもかかわらず終始2番手
でレースを進め、3着に粘りました。初勝利は4戦目の7月4日の阪神戦で、好スタートから3番手で
折り合い、直線では窮屈な場面もありましたが狭いところをこじ開けて、ハナ差のリードでゴールに
飛び込みました。その後2回の休養を挟み、500万クラスで戦ってきましたが、成績が今ひとつ上が
らず、最終戦となる平成18年1月28日の小倉戦でも本調子になく11着に終わり、3走規制となって
しまいました。その後、また八日市の牧場へ放牧に出で笹バリなどで疲れを取り、馬体回復を図り
調教で乗り出した矢先に右前屈腱炎を発症してしまいました。
鹿戸師は「レースを使った後、とても疲れやすい体質で、馬の状態に合わせて慎重に調整してきま
したが、今回屈腱炎を発症してしまっては、早期回復は見込めず、ケントはよく頑張ってくれましたが
ここが限界でしょう。」と愛馬会に伝えてきました。

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エミリアシチー
牝 オース 栗東・清水出美厩舎
成績  0-0-0-6
平成17年の6月に栗東・清水出美厩舎に入厩しました。入厩後、順調に調教が進められ、同年
7月の小倉新馬戦で4着と好走しました。
その後、5着、6着と着順を下げるもののタイムを詰めており、レース内容が充実してきましたが、
思うように結果を出すことができず、11月に栗東ホースクラブへリフレッ
シュ放牧に出されました。
放牧先では徐々に疲れも取れ帰厩に備えていましたが、調教後に疝痛を発症してしまいトレセン
の診療所で緊急手術が行われました。担当した獣医は「放牧先の牧場において重篤な疝痛症状
を呈し、開腹手術を実施したところ、小腸の捻転および広範囲な壊死が確認されました。まことに
残念ですが、救うことができない状態と認め安楽死の処置を致しました。」と話しており、清水師も
「状態も良くなり、これからという矢先の出来事でとても残念で会員の皆様にお詫びいたします。」
と愛馬会に伝えてきました。

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アワードシチー
牝 ヤマニンゼファー 美浦・田村康仁厩舎
成績  0-0-0-3 
美浦・田村康仁厩舎に入厩し、平成17年1月の東京戦でデビューしました。
スタートは無難にこなしましたが、直線で他馬に接触する不利があり伸びきれず5着となりました。
続く2戦目も5着と頑張り頑張り次走に期待を抱かせましたが、レース後前脚を気にする素振りを
みせ一旦ディアレストクラブで調整され本年9月14日の旭川交流戦で9着となった後、10月30日
福島未勝利戦を目標にしていましたが、レース直前地下馬道で顔を激突し競走除外の措置がとら
れました。田村調教師は「デビュー戦からレース振りがよく期待していたのですが、徐々に気性の
悪さを出し始め、今回の怪我は競走馬としては復帰に時間がかかり、未勝利馬という意味でも、
大変申し訳ありませんが在厩は諦めざるを得ません。」と愛馬会に伝えてきました。


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クルーガーシチー☆
牡 エブロス  栗東・太宰義人厩舎
成績 1-2-3-18
平成15年5月に栗東・太宰厩舎に入厩し、6月21日の阪神・新馬戦でデビューしました。
初戦は調教の良さを生かせず後方のまま7着でしたが、4戦目のダートダート替わりで変わり身
を見せ3着に入り、その後善戦を続け、途中軽い心房細動などを起こし休養を挟みますが、14戦
目で念願の初勝利を飾りました。そして、馬体をリフレッシュして昇級戦に臨みますが、成績は振
るわず、また2度目の心房細動発症や、3走成績による出走制限を受け、休養を余儀なくされまし
た。そこ太宰師が障害練習をさせたところ、なかなかの飛越のセンスがあり、好タイムで試験に
合格しました。
平成17年5月15日の京都戦で障害デビューとなり、高位から直線で追い込み6着となりました。
その後、1戦ごとにレース慣れして障害戦の初勝利も目前と思われた矢先、調教後脚元に腫れ
が生じたため獣医に診てもらった結果、屈腱炎による能力喪失とのことでした。
太宰師は「残念ながら左前脚に屈腱炎を発症してしまい、能力喪失と診断されました。今まで
障害戦を含めて24戦を本当に真面目に一生懸命走ってくれました。障害戦の能力を持っていた
だけに将来を期待していましたが、まさかの屈腱炎に残念でなりません。」と愛馬会に伝えてきま
した。

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トリトンシチー
牡 ゴールデンフェザント  栗東・鹿戸明厩舎
成績0-0-0-3   代替馬フォーマルシチー 
平成16年12月の中頃に栗東・鹿戸明厩舎に入厩しました。当初はスタミナ不足のためすぐに疲れが
出て、なかなか強めの調教に移行できず、デビュー戦は平成17年3月20日の阪神・新馬戦となりまし
た。レースでは、果敢に先行するも徐々に脚色が鈍り、15着のT.Oに終わりました。レース後、右前
に疲れが出たため放牧して良化を待ち、7月3日の阪神戦で復帰を果たしました。
しかし、久々で活き脚がつかず16着となり、舞台は小倉に変わり距離延長で変わり身に期待します
が、14着と動けませんでした。そこで次走は芝のレースを試してみようと調整していた矢先、脚元に
不安を発症してしまいました。
鹿戸明師は「なんとか良い結果ほ出そうと進めてまいりましたが、調教後に右前の靭帯が腫れてしま
い、このままでは屈腱炎を発症してしまうとのことでした。大変残念ではありますが、これ以上の在厩
を諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

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ステージシチー
牝 タイキブリザード 栗東・宮本博厩舎
成績 0-0-0-3
     代替馬アンダンテシチー
代替馬として提供後、信楽牧場でじっくり乗り込まれ、その間にザ石などの影響があったため、
入厩は3歳4月の上旬となりました。その後、栗東・宮本厩舎に入厩し、ゲート試験に合格しました。
しかし、馬格があるわりに実が入ってないので、一旦北海道・西山牧場へ放牧して、函館競馬場
でデビューさせるプランを立てました。そして、ようやく6月25日の函館戦でデビューし、まずまずの
追い込みを見せ9着となりますが、叩かれた上積みを期待しての2戦目は残念ながら脚色が鈍って
の11着に終わりました。その頃より少々気性難を見せ始め、芝のレースで変わり身を図った8月14
日の3戦目は最後に失速してしまい、16着の上に3走成績による制裁を受けてしまいました。
宮本師は「調教を進めていくうちに、だんだんと気性の悪さがでてきました。最近では手のつけようが
なく、しまいにはスタッフが怪我をする事態になり得ることから、大変残念ですがここが限界でしょう。」
と愛馬会に伝えてきました。

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ロマンスシチー
牝 ヘクタープロテクター 栗東・岡田稲男厩舎
成績 0-0-0-4
     代替馬プリムラシチー
平成16年10月に岡田厩舎に入厩し、脚元に弱さはあるものの、11月21日京都新馬戦でデビュー
しました。レースは今ひとつ精彩がなく13着となり、馬体細化のためリフレッシュ放牧後の2戦目は
限定戦でしたが16着と動けず、3ヶ月後の3戦目も16着と一息でした。
その後、馬体回復に専念するため、北海道のエクセルマネージメントに移動して調整され、7月上旬
に帰厩して17日の小倉戦に出走しました。しかし、レースでは好位につけるものの、徐々に後退して
しまい、14着となりました。
岡田師は「帰厩後、脚元に弱いところが残っているので、軽めの調整で出走させましたが、結果を残
すことができませんでした。また、レース後、脚元に疲れが出ており、立て直しを図ることも検討しま
したが、未勝利戦が終わってしまう現状を考えると、残念ですがここが限界でしょう。」
と愛馬会に伝えてきました。

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バンビーナシチー
牝 タイキブリザード 栗東・田中章博厩舎
成績 0-0-0-4   代替馬エミリアシチー
 
平成16年8月に田中(章)厩舎へ入厩し、10月の京都・新馬戦でデビューしました。
初戦は好スタートを切るものの、徐々に後退してしまい15着、続く2戦目はダート替わりで変わり身
に期待されましたが、13着の出走規制となってしまいました。そこで生田TFに放牧に出され、馬体
回復を待ち、平成17年の4月2日の阪神戦で復帰しましたが14着、そして、24日の京都戦も17着
と見せ場を作ることができませんでした。再び馬体全体の回復に専念する為、放牧に出され様子を
見ていましたが、田中師は「体質が弱いため、慎重に調整してきましたが、馬体が思うように回復し
てきません。今後競走馬として復帰するには相当な時間がかかり、大変残念ですがこれ以上の在
厩は諦めてください。」と愛馬会に伝えてきました。

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ケルンシチー
牡 キョウトシチー  栗東・宮本博厩舎
成績 0-0-0-1     代替馬ポラリスシチー
キョウトシチー期待の産駒として平成16年6月に栗東・宮本厩舎に入厩しました。入厩後は、早め
にゲート試験を受け、2度目に合格しました。
しかし、馬体に弱い面が見られたことから体質強化を図るため、一旦信楽牧場へ放牧して11月中旬
に帰厩しました。そして、12月18日の中京新馬戦でデビューしましたが、レース前から入れ込みが
激しく全く走りに集中できない状態で13着となりました。そこで、気性面成長を促すために放牧に出
され、調整されていましたが、調教ではピッチ上がるにつれ、テンションも上がってしまいました。
そのことから馬体に支障をきたし、歩様が乱れてしまいました。
宮本師は「騎乗する素振りを見せただけでも、暴れるようになってしまい、気性が治まる兆しが一向
に見られません。この状態ではトレセンへ戻しても、調教を進めることができず、出走させることは厳
しいでしょう。なんとか、復帰させてあげたいと調整してきましたが、このような結果となってしまい、
誠に残念です。」と愛馬会に伝えてきました。


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ディアマンテシチー☆☆
牝 ブライアンズタイム  栗東・五十嵐忠男厩舎
成績 2-0-2-18
平成14年6月に栗東・五十嵐厩舎へ入厩し、22戦のうち地方交流戦7戦で2勝3着2回と好成績を
収めました。中央と地方の両方を視野に入れ戦ってきたわけですが、平成16年11月に左前の球節
を痛め治療の休養に入り、調教を再開したのは平成17年の1月に入ってからでした。
まずは脚元の様子を見ながら伸張に乗り込みを始め、異常のないことを確認しながらの調整となり、
時間はかかりましたが、ある程度順調に乗り込めるようになったので4月の初めに帰厩しました。
そして脚元に負担の少ないプール調教から開始したところ、今度は両前の球節に炎症が出てしまい
ました。
五十嵐師は「何とか出走の方向で努力してきましたが、完治の難しい現状を考えると大変残念です
がここが限界でしょう。」と愛馬会に伝えてきました。

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クラウドシチー
牡 キョウトシチー   栗東・中尾謙太郎厩舎→栗東・宮本博厩舎
成績 1-0-0-8
平成15年5月に栗東・中尾(謙)厩舎へ入厩し、本格調教に入る予定でしたが、化骨の遅れやソエが
出たりで放牧を挟み、結局デビューは12月の阪神新馬戦となりました。
レースは後方で見せ場なく10着に終わり、ひと叩きの変わり身を期待した2戦目は、少しの踏ん張り
が見られ8着でした。しかしレース後の疲れから熱発し、休養に入りました。その間中尾厩舎解散で
宮本厩舎へ転厩となり、良化を図って数戦試みるうちに自分から走る意欲を見せはじめ、7戦目の函
館未勝利戦で見事に初優勝を飾りました。その後、キョウトシチーと同じ長距離レースでも期待の持て
る内容で、ますます将来が楽しみとなりました。
その後、リフレッシュして、10月3日の札幌戦8着の後、出走に備え調教していたところ、左前脚に
違和感があることから、エコー検査をしたところ、屈腱炎を発症していました。
宮本師は「馬体も徐々に良くなり、キョウトシチーのように活躍してくれることを楽しみにしていましたが
症状が重く、完治には相当時間がかかると診断され、大変残念ですがこれ以上の在厩を諦めたいと
思います。」と愛馬会に伝えてきました。

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ガーディアンシチー
牡 トニービン  栗東・清水出美厩舎
成績 1-0-1-3
平成14年11月に栗東・清水(出)厩舎へ入厩。
入厩後、坂路とプールを併用して脚腰を鍛えましたが、良化度合いがスローのため、デビューは平成
15年4月の福島戦でした。レースは後方から仕掛け気味に追走し、直線で強襲の3着でしたが、
脚元に弱さが残っており、詰めてレースに出走できないため、間隔をあけて数戦試みますが内容は
ひと息でした。そんな中、小倉遠征で素質の片鱗を見せはじめ、7月19日の小倉戦では積極的な
レース運びで5着の後、5戦目となる小倉未勝利戦で快勝しました。
しかし、レース後の疲労が著しく、じっくり立て直しを図り復帰に向け調整されていましたが、徐々に
ペースアップを図っていた際、左前脚に屈腱炎を発症してしまいました。
清水師は「脚元の体質が弱いため常に不安はありましたが、素質の高さが感じられ、何とか再起させ
たいと慎重に調整していましたが、症状が重く、競走馬として復帰の目処が立たないと診断され、大
変残念でなりませんが、これ以上の在厩を諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

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チェッカーシチー
牡 ジェニュイン  栗東・大根田裕之厩舎
成績 0-0-0-4    代替馬ステージシチー
アントワープシチーの代替馬として提供され、平成15年10月に栗東・大根田厩舎に入厩しました。
トレセンでのトレーニングは順調に進み、ようやく出走という時に左前に骨瘤が出てしまい、精密検査
の結果、小さな骨折も判明し、放牧療養に出るなどして、結局デビューは平成16年6月の函館戦でし
た。結果は12着と振るわず、2戦目も大差の8着となりました。続く札幌戦でも精彩に欠け、12着の
タイムオーバーとなってしまいました。
その後何とか初勝利を目指して10月7日の園田交流戦に出走しましたが、12着と変わり身が見られ
ませんでした。
大根田師は「もともと素質を持っていたので、何とか良い結果を残そうと努力してきましたが、出走後
の疲労も激しく、馬体の弱さを克服できなかったようで誠に残念です。」と愛馬会に伝えてきました。

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アーガイルシチー
牡 ジェイドロバリー  栗東・・佐々木晶三厩舎
成績 0-1-0-5     代替馬アルバシチー
ジェイドロバリー期待の産駒として、平成15年10月中旬に栗東・佐々木晶厩舎へ無事入厩を済ませ、
すぐにゲート試験に合格しました。
しかし、デビュー直前に右トウ骨を気にするようになり、思い切って放牧し、骨膜の落ち着くのを慎重に
見守ることになりました。その後順調に回復し、平成16年3月にトレセンへ帰厩しました。
そして、4月25日の東京戦で武豊騎手を鞍上に華々しいデビューを飾り、既走馬相手に惜しくもハナ
差の2着となりました。
続く2戦目は前半から競りこまれる厳しい流れになり7着となってしまい、その後ソエが出たため落ち
着くのを待って函館へ遠征しました。しかし、成績は振るわず、今度は目先を変えて小倉の芝のレース
に挑戦しました。レースは前半いい位置をキープし、結果は10着でしたが差のないレースでした。
しかし、この頃から気難しさを随所で見せはじめ、6戦目となる9月の阪神戦でも、レースに阪神戦でも
レースに集中できないようになってしまいました。佐々木晶師は「何とか気性難を解消できればよかっ
たのですが、レースを重ねるごとに気性が悪化し、このまま在厩を続けても、この先大成することは難し
いでしょう。会員さんには申し訳ないことをしました。」と愛馬会に伝えてきました。

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スマッシュシチー
牡 父チーフベアハート  栗東・鹿戸幸治厩舎
未出走    代替馬ロマンスシチー
チーフベアハート期待の産駒として鹿戸幸治厩舎へ平成15年10月に入厩しましたが、1ヶ月たらず
でトウ骨に骨膜炎を発症し、放牧で様子を見ながらカルシウムを与えるなど、良化を図ってきました。
しかし、もともとの気性荒さと体質的な骨の弱さが解消できず、思うように調教が進みませんでした。
そんな中、あまり長く休養しているわけにもいかないので、それなりにピッチを上げ、帰厩の方向で
調整していたところ、右前肢腱部に腫れと痛みが出てしまいました。
鹿戸師は「何とか良い結果を残そうと放牧して立て直し、調整を続けてきましたが、馬体の弱さを
克服できなかったようで残念です。」と愛馬会に伝えてきました。

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コールマンシチー
牡 父タイキシャーロック  栗東・田中章博厩舎
未出走     代替馬アリババシチー
ケンタウルスシチーの代替として、栗東・田中章博厩舎へ入厩しました。
デビューを楽しみにトレセンで調教を開始して、徐々に乗り込みを強化していく予定でした。
しかし、歩様に違和感が出てしまい、大事をとって生田TFに放牧し、笹針や長針を施したところ
コズミは残るもののトモに力が入ってきたので、ようやく7月に帰厩させることができ、出走させる
方向で見守ってきました。しかしながら何とかしようと調教を進めるものの思うような結果が得ら
れず、田中師は「出走させたい思いで調教を図ってきましたが、ここにきて歩様が乱れ跛行を起
こし、結局馬体の弱さを克服できなかったようです。」と愛馬会に伝えてきました。

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メテオシチー
牡 父ダイナガリバー 美浦・佐藤吉勝厩舎
成績 0-0-0-2         代替馬アワードシチー
馬体の弱さがありましたが、トレセンでのトレーニングをクリアし、平成16年5月19日の東京
未勝利戦でデビューを果たしました。スタートから後方のレースを強いられ4コーナーでも不利
を受け14着となりました。その後一旦放牧し再起を期待しましたが、最終戦となる7月3日の
函館戦では11着でタイムオーバーとなり、良いところがみせられませんでした。
佐藤師は「馬体の弱さも除々に解消し、なんとか1勝をと思っていたのですが、前走のレース
ぶりをみると能力的に未勝利戦を勝ちきるのは難しいと思われ、残念でありますがこれ以上の
在厩は諦めたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

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センシティブシチー
牡 父イシノサンデー 栗東・鹿戸明厩舎
成績 0-0-0-5         代替馬トリトンシチー
平成15年5月10日の新潟競馬場でデビュー戦を迎えましたが、ソエの影響からか7着、放牧
後の9月18日の姫路交流・笠形山特別では10着、10月4日の阪神戦では16着と振るいませ
んでした。
鹿戸師は「調教ではいい動きを見せるので素質は高いはず。障害練習で適性を見ます。」と障害
競走に向け調教を進め、12月27日に阪神競馬場で障害未勝利戦に出走し、第9障害で落馬競
走中止となりましたがセンスの高さを見せました。
その後平成16年2月22日の京都・障害戦では期待されましたが14着でした。レース後疲れが
見られリフレッシュのため放牧に出しましたが、思うように良化が見られませんでした。
師は「疲れがなかなか取れず良化に時間がかかり、かなりの時間を費やすことが予想されます」
と愛馬会に伝えてきました。
これ以上続けることは条件的に厳しく、在厩を断念することとなりました。

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インフェルノシチー☆☆
牡  父ロドリゴデトリアーノ 栗東・鹿戸幸治厩舎
成績 2-2-5-29
平成11年8月の札幌新馬戦でデビュー。初優勝は翌年の函館戦で好位から鮮やかに抜け
出す理想的な白星でした。その後、捻挫による放牧を経て、翌年の小倉戦では福永騎手鞍上
で勝馬からコンマ1秒の2着と好走し、2勝目も目前かと思われましたが骨膜炎を発症してしま
い再度放牧を余儀なくされました。
その後除々に復調の兆しを見せ、昨年5月の名古屋交流戦・アポロ賞に安藤勝己騎手鞍上で
豪快に2勝目を挙げました。年齢は7歳となりましたが堅実な脚を持っており3勝目が期待され
ましたが5月9日の新潟戦で競走中に右第一指関節脱臼を発症してしまい、予後不良となって
しまいました。
鹿戸師は「状態も良くなってきていたので期待していましたが、このようなことになるとは思いも
よりませんでした。心より冥福を祈りたいと思います。」と愛馬会に伝えてきました。

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ライトニングシチー☆☆☆
牡  父スキャン  母ヘイアンビガー 栗東・鹿戸幸治厩舎
成績 3-0-3-29
初優勝は5戦目となる平成13年3月の阪神戦で挙げました。昇級戦後も掲示板にしばしば
登場し、力のあるところを見せ、同年7月の函館戦で2勝目を挙げ、昇級戦においても4着と
好走しました。
その後、同条件は勝ち上がることはできませんでしたが、降級した14年の6月の函館戦で
3勝目を挙げました。再度昇級してからは、なかなか結果を出すことができず、3月24日の
調教後、右トモの第3中手骨を骨折してしまいました。
師は「序々に復調の気配が見られていたので、このような結果となってしまいとても残念で
す。手術なども検討しましたが、年齢的なこともあり、これ以上はしらせることは馬にとっても
負担が大きいのでこの辺で引退させてはいかがでしょう。」と愛馬会に伝えてきました。

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リザルトシチー☆☆☆☆
牡  父リファーズウィッシュ  母ビューティアンバー  美浦・堀井雅広厩舎
成績 4-4-6-63
主な勝ち鞍 黒松賞
        下総特別
        隅田川特別
        【京成杯(G3)】4着
リファーズウィッシュ期待の産駒として美浦・堀井厩舎へ入厩し、平成10年7月26日の函館
新馬戦でデビューを迎えました。スタートで立ち遅れ後方からのレースとなり初戦は8着。
しかし、1戦ごとに良化の兆しをみせ、9戦目で念願の初勝利を飾りました。続く特別戦でも
強力な相手ながら2勝目を飾りました。
その後もコンスタントな走りをみせ計77戦し、4勝をあげましたが、最終戦となる平成15年12
月21日の中山戦のレース後、両前脚に不安がでてしまいました。
しばらく様子をみていましたが、獣医の診断ではあまり良化の兆しがみられないというもので
した。
堀井調教師は「これまで丈夫で堅実な走りをみせていたのですが、今回の繋靭帯炎の症状
は長引くように思われ回復及び復帰には、まだしばらく時間がかかると診断されました。たい
へん残念ではありますが年齢的な面もあり、このあたりで引退させてあげたいと思います。」
と愛馬会に伝えてきました。

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クルーズシチー
牡  父バイアモン  母プリンセスダンサー  栗東・田中耕太郎厩舎→栗東・田所秀孝厩舎      
                             →栗東・岡田稲男厩舎
成績 0-3-4-37  
平成11年11月笠松交流戦で初優勝。
その後、骨折の放牧を経て復帰しましたが、2勝目を挙げることができず、平成15年4月か
ら新規開業した岡田厩舎に転厩となりました。
転厩後は、リフレッシュが図られ、10月の京都戦に出走しましたが、以前のような覇気がな
く16着と動くことができませんでした。そのため、障害戦転向で変わり身を図りましたが、思
うような結果を残すことができず、疲れが出てしまいました。岡田師は「障害での変わり身を
図ろうと思いましたが、繋ぎが柔らかいため蹄の付け根を外傷しやすく、思うように出走もま
まならない状況です。ここで立て直しを図っても年齢的な上積みを望むことも厳しいので、こ
の辺で乗馬として余生を送らせてはいかがでしょうか。」と愛馬会に伝えてきました。

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アリエッタシチー
牝 芦毛 父ミスターシービー 母ジョコンダ 栗東・五十嵐厩舎
未出走            代替馬 バンビーナシチー
入厩後、ゲート試験に合格して出走に備えていましたが、前脚に違和感が見られたため
大事を取って放牧に出されました。半年ほど待ったものの7月上旬には帰厩し、調整が
すすめられていました。しかし、調教後歩様に違和感が出たので獣医に診てもらったところ、
左前管骨に骨折が判明しました。
結局、最後の未勝利戦に間に合わず、未出走で引退となりました。

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アントワープシチー
牝 鹿毛 父コマンダーインチーフ  母ヤンゲストシチー 栗東・清水出厩舎
未出走             代替馬チェッカーシチー 
ヤンゲストの仔は初めての出資でした。
3歳2月に栗東・清水出厩舎に入厩し、デビュー戦に向け調整していましたが、脚元の弱さ
が解消されず、思うように調教が進みませんでした。
師は「入厩後、順調に進んでいましたが、序々に追いきりをかけるうちに球節に熱を持ち、
休養を取る間隔が長くなってしまいました。そして脚元も落ち着き、調教を再開すると、また
不安が出てしまいました。」とのことで、一進一退の状態ながらも、様子を見ながら懸命に
進めていましたが、思うような良化がみられませんでした。師は「前脚をかばうあまり、後肢
に負担がきてしまいました。立て直すとしても、かなりの時間を要してしまい、競走馬として
大成させることは難しいでしょう。」と伝えてきました。
退厩後は繁殖として産駒たちに夢を託すこととなりました。

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ジョイフルシチー
牡 栗毛 父シンボリルドルフ 母マンジュデンイブ 栗東・田中耕太郎厩舎
未出走             代替馬クルーガーシチー
リビエラ→エクセル→ニューヘブンからの代替でした。
栗東・田中耕太郎厩舎に入厩したものの、馬体の弱さが解消できず入厩後も思うように
調教が進みませんでした。そのことから、馬体の状態を見ながら調整され、2月中旬には
坂路コースでようやく追いきりが消化されました。そしてゲート試験を受け、これからという
時に歩様が乱れてしまい、検査をした結果、右前膝を剥離骨折していることが判明し、引
退となってしまいました。

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ケンタウルスシチー
牡 鹿毛 父ヒシアケボノ 母マヤノクローバー 栗東・鹿戸幸治厩舎
成績 0-0-1-8             代替馬コールマンシチー
デビューは6月の中京戦となりましたが序々にレースに慣れ、8月末の小倉戦から入着を
果たし、9月15日の阪神戦では私とTonCityさんの目の前で勝ち馬にコンマ2秒差まで詰め
よる3着と頑張ってくれました。
その後、初勝利を目指して未勝利戦の最後となる福島に出走しましたが、勝ちあがることが
できませんでした。
鹿戸師も「なんとか優勝を狙って努力をしてきましたが、勝たせることができませんでした。
やはり、育成場からトレセンへ移動するとき輸送熱を発症したことが、最終的には影響して
しまったのでしょう。」と愛馬会に伝えてきたようです。
残念です。

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エモーションシチー
牡 鹿毛 父タイトスポット 母ビビットローズ 美浦・境征勝厩舎
成績 0-0-0-14          代替馬メテオシチー
ハリウッド→ジェニック→ブリテンからの代替系譜で代替4代目の馬でした。
平成13年8月18日の新潟新馬戦でデビューしましたが、この頃から喉鳴りの兆候を見せ
2戦目の後、手術をおこない、約6ヶ月の休養後、復帰し入着も数度ありましたが、勝ちきる
ことができず、最終戦となる10月6日のレース後、鼻出血をおこしてしまいました。
しばらく様子を見ていましたが、結局引退となってしまいました。
引退後はJAR競馬学校に寄与され、乗馬として第2の道を歩みます。

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アストロシチー
ン 鹿毛 父アフリート 母メモリアルシチー 栗東・五十嵐厩舎  
成績 0-0-02      代替馬  ケントシチー
アコーダンスの代替馬としていただきました。
募集馬の残口が代替にまわってきたのは初めてでした。
平成13年12月に五十嵐厩舎に入厩し、調教を進めていましたが、脚が腫れたとか
で、長期の放牧となってしまいました。
かなり待たされましたが、平成14年8月24日に小倉でデビューを果たしました。
2戦目の笠松交流戦では勝ち馬に10秒以上の差をつけられる結果となってしまいまし
た。その後立て直しを図っていましたが腰に疲れが出てしまい、残念ながら引退となって
しまいました。

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セレブレイトシチー
牡 鹿毛 父コマンダーインチーフ 母キャッツアイシチー 栗東・中尾謙太郎厩舎     
未出走               代替馬 ディアマンテシチー
カーニバルシチーの弟ということで人気となり、セールでは抽選突破し2口所有するこ
とができました。
平成13年10月に入厩し、デビューに向け調教を進めていましたが、右前脚を気にす
るしぐさが目立ち、小松温泉牧場で療養しながら調整を進め、平成14年5月に帰厩
しましたが、調教後、右前脚上部に再度違和感があり、検査した結果、蹄と繋ぎの間
が炎症を起こしていたことが判明しました。再度小松温泉牧場にて治療をしながら調
整を行い、8月にはようやく帰厩することができました。
しかし、9月11日の調教後、右前脚を大きくひきずってしまいました。再度の不安発生
となり、引退となってしまいました。
期待の1頭だっただけに残念です。
退厩後は研究馬として小松温泉牧場で余生を送ることになったようです。

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アーネストシチー
牡 鹿毛 父ホリスキー 母ニホンピロハッピー 栗東・田中耕太郎厩舎   
成績 1-0-0-8
ホリスキー期待の産駒として田中耕太郎厩舎に平成12年7月に入厩。
9月3日の札幌新馬戦で7馬身差の逃げ切り圧勝、その後の活躍が期待されまし
たが、ソエの発症等により、思ったような競馬ができず、最終なる14年4月の新潟
戦の後、立て直しを図りましたが、調教後、左前脚に屈腱炎を発症してしまい、残念
ながら引退となってしまいました。
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アセントシチー
牡 鹿毛  父セレスティアルストーム 母ニホンピロアドニス 栗東・田中耕太郎厩舎
成績 0-0-0-3         代替馬 アリエッタシチー
フローラル→サンフェスタからの代替でした。
写真で馬体を見た時はけっこういい感じだったのですが、能力がなかったのか
3戦3敗2タイムオーバーという成績で、上記アコーダンスシチーと同じ時期に
出走態勢だったので、短期間のうちに何回もタイムオーバーを経験し、悲しい思い
をさせてもらいました。
特にこの馬は「馬房の都合で入厩させます。」という友駿コメントを聞いてから、順調に
乗り込みをしているのに、実際に入厩まで1年待たされました。

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アコーダンスシチー
牡 黒鹿毛   父ダンスインザダーク 母バイオレットシチー 栗東・作田厩舎      
成績 0-0-0-2                  代替馬 アストロシチー
3歳の1月にデビューした時は402sという馬体重にがっかりし、さらにタイムオーバー
の結果にショックを受けました。
その後、立て直すべく放牧にだされましたが、腰が甘いとかで、結局復帰したのは、9ヶ月
後のことでした。
馬体の大幅な成長を期待していましたが、再登場した時は、さらに2s減っていました。
結局復帰戦もタイムオーバー。(泣)
2戦2殿負け2タイムオーバーという成績を残し、引退することとなりました。
上記ニューヘブンの決断に比べると遅すぎる決断のような気がします。
経費面の負担の差は大きい・・・・・。

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ニューヘブンシチー
牡 黒鹿毛  父ナグルスキー 母ミスツーピート 栗東・安藤厩舎        
成績 0-0-0-3              代替馬 ジョイフルシチー
リビエラ、エクセルからの代替馬で、2歳の早い時期にデビューすることができました。
デビュー戦は小倉で、生観戦しました。
パドックで見たところ、馬体が細く(小柄ではない)今後の成長に期待していましたが、3戦
出走したのみで、突然の引退となりました。
まだ、2歳馬で故障したわけでもなく、友駿の早い決断に驚いています。
ただ、能力がないものと判断したのであれば、長く引っ張るより、会員思いの判断と言え
ると思います。さらに代替馬もでるようですし・・・。

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アンサンブルシチー
牝 鹿毛 父フォティテン 母ニホンピロクイン 栗東・田中耕太郎厩舎
成績 0-0-0-9              代替馬 センシティブシチー
友駿で大活躍のヴィエント・テンペストの妹ということで、期待の一頭だったのですが、  
残念ながら未勝利のまま、引退となりました。
馬体があまりにも小柄すぎて、レースではワンパンチ足らなかったようです。
でも、どんな状況でも、一生懸命走る姿には感動しました。
心からお疲れさんと言いたいです。

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カーニバルシチー
牡 鹿毛 父ヘクタープロテクター 母キャッツアイシチー  栗東・佐々木晶三厩舎 
成績 1-1-1-4
初めて新馬勝ちを体験することができました。佐々木調教師も「クラシック戦線にのせる。」
と自信たっぷりのコメントもあり、かなりの期待馬でした。
しかし、結局は脚元との戦いでその生涯を終えてしまいました。新馬勝ち後、調教中骨折。
長期休養後、復帰するも4戦して、ソエのため戦線離脱。
そして、その5ヶ月後の復帰戦がラストランとなってしまいました。レース中「左第1指節種子
骨粉砕骨折」を発症し、安楽死の処置がとられました。
素質馬だっただけにショックも大きく・・・・。
今はただ、カーニバルの冥福を祈るのみです。

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アンジェロシチー
牝 鹿毛  父ラグビーボール  母ギャラントシービー  栗東・大沢厩舎〜栗東・池添厩舎
成績 1-1-0-14  
シャイン・ラビングからの代替馬で、正直勝ち上がるほどの力があるとは思っていませ
んでした。しかし、九州荒尾まで、やってきての激走を目の当たりにして、評価が変わり
ました。そして、名古屋で勝ち上がってくれました。
500万では、いいとこなかったけど、なんの前ぶれもなく、引退となりました。
友駿HCからは、前走後コズミが見られ、状態を見ていたが、良化しないので、関係者
と協議の結果退厩とのことでした。
あまり、納得できないものでしたが、これは、仕方のないことなので・・・・。
中央では、結果を出せなかったけれど、ほんとお疲れさんでした・・・。

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