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日本人のこころ |

甘えという言葉が日本語に特有なものでありながら、人間一般に共通な心理現象を表
しているという事実は、日本人にとってこの心理が非常に身近かなものであることを
示すとともに、日本の社会構造もまたこのような心理を許容するようにでき上がって
いることを示している。言い換えれば甘えは日本人の精神構造を理解するための鍵概
念となるばかりでなく、日本の社会構造を理解するための鍵概念ともなるということ
ができる。
社会人類学者中根千枝氏は日本的社会構造の特徴をタテ関係の重視として規定され
たが、それはまた甘えの重視として規定することもできるであろう。むしろ日本人の
甘えに対する偏愛的な感受性が日本の社会においてタテ関係を重視させる原因となっ
ているといってもよいかもしれない。
私は以下にまず日本人の意識を決定している種々の言葉の吟味を通して日本の社会
がいかに甘えによって浸透されているかを示してみたいと思う。
日本語には甘えの心理を示すものとして、ただ「甘える」という一語だけが単独に存在しているのではない。それ以外に多数の言葉が甘えの心理を表現している。まず「甘える」という形容詞が、口にするものが甘いという以外に、AはBに甘いという時のように、人物の性質をあらわすために使われる場合がある。これはその人物がひとを甘えさせる傾向があるということを意味する。またこれとは別に、事の真相を把握していないという意味で、例えば見方が甘いという場合もある。それは当人が何かに甘えている結果であると考えてよいであろう。
なお「甘んずる」という言葉は、本当は甘えられる状態ではないが、しかし甘えたつもりになることをさすと定義できないであろうか。甘えられるに越したことはないが、それができない時に人は甘んずるのであると考えられるからである。次に「すねる」「ひがむ」「うらむ」はいずれも甘えられない心理に関係してる。すねるのは素直に甘えられないからそうなるのであるが、しかしすねながら甘えているともいえる。「ふてくされる」「やけくそになる」というのはすねの結果起きる現象である。ひがむのは自分が不当な取扱いを受けていると曲解することであるが、それは自分の甘えの当てがはずれたことに起因している。
ひねくれるのは甘えることをしないで却って相手に背を向けることであるが、それはひそかに相手に対し含むところがあるからである。したがって甘えないように見えて、根本的な心の態度はやはり甘えであるといえる。うらむのは甘えが拒絶されたということで相手に敵意を向けることであるが、この敵意は憎むという場合よりも、もっと纏綿としたところがあり、それだけ密接に甘えの心理に密着しているということができる。私は前章で言及したバリントに1964年の夏に会って話す機会があったが、その際彼が、彼のいう受身的対象愛に相当する日常語が日本語にあるばかりでなく、その挫折の結果として起こる特殊な敵意を現わす「うらむ」という語もあると知って、いたく感嘆したのを思い出す。
次に「たのむ」「とりいる」「こだわる」「気がね」「わだかまり」「てれる」について説明しよう。「たのむ」については、ドアがその著書「日本における都市生活」の中でとりあげ、英語の`to ask'と`to rely on'のほぼ中間に位する意味をもち、一身上のことで相手の好意あるはからいを期待して委ねるという意味をもつ語として、特にこれを紹介している。このドアの解釈は全く正しいであろう。いいかえれば、「たのむ」とは甘えさせてほしいということに他ならないのである。次に「とりいる」というのは、たくみに相手の機嫌をとることによって自分の欲望を達することであるが、これは相手を甘えさせると見せて、実はこちらの甘えを実現することであるといえないであろうか。
ところで物事に「こだわる」人は人間関係の中でたのんだりとりいったりすることが容易にできない人である。もちろん彼にも甘えたい気持ちは人一倍あるのだが、しかし相手に受け入れられないのではないかという恐怖があって、それを素直に表現できない。「きがね」と「わだかまり」もこれに似た心理であるといってよいであろう。「気がね」は通常相手に遠慮する気持ちをあらわすが、それは相手がこちらの甘えをすんなり受け入れてくれるかどうかわからないという不安があるからである。「わだかまり」というのは、表面は何気ない風をよそおっていながら、内心は相手に対するうらみを蔵している場合である。
なお「てれる」人も、こだわる人と同じように、自分の甘えを素直に表現できないが、それは相手に受け入れられないのではないかという不安からではなく、他人の前で自分の甘えを出すことを恥ずかしく感ずるためである。次に「すまない」という言葉について少し詳しく説明したいと思う。それは謝罪と感謝という一見異なる状況いずれに際してもこの言葉が使われるという特殊な事情が存するためである。ルース・ベネディクトが「菊と刀」の中でこの言葉の説明にかなりの紙幅をさいているのも、その意味合いが少なからず彼女の注意を引いたからであろう。私はこの「すまない」という語は元来動作や仕事が済むという場合の否定形ではないかと思っている。
この点「すまない」を「澄む」の否定形ととる柳田国男の説と異なるが、私にはどうも「済まない」と考える方がこの言葉の実際の用法と合っているように思われてならない。というのはやるべきことをやっていないから「すまない」のだと考えられるからである。したがってこの言葉には相手に迷惑をかけたことに対する詫びの気持ちが強く現れている。そしてそのことこそ実は相手の親切を謝するにも「すまない」という言葉が用いられる理由なのである。すなわち親切な行為をすることがその行為の主にとって若干の負担となったであろうことを察するから「すまない」というのであって、ベネディクトが想像するように、親切に対して返礼せねばならないことを直ちに意識するためではない。
もっとも日本人が、互いに助けあうことと金銭の授受という二つの異なった状況に対し、同じような心理的構えを見せがちであるというベネディクトの指摘は、恐らく正しいであろう。しかしここで問題は、なぜ日本人が親切の行為に対し単純に感謝するのでは足れりとせず、相手の迷惑を想像して詫びねばならぬかということである。それは詫びないと、相手が非礼と取りはしないか、その結果相手の好意を失いはしないかと恐れるからである。したがって相手の好意を失いたくないので、そして今後も甘えさせてほしいと思うので、日本人は「すまない」という言葉を頻発すると考えられるのである。以上考察してきた「すまない」という場合の心理は、日本人の罪と恥の感覚、またなぜ日本で西欧的な自由の観念が育たないかという問題にも関係があるので、後に再び取り上げて論ずるつもりである。
以上あげた言葉の他に、「人を食った態度」「相手を呑んでかかる」また「相手をなめている」などのように、ある種の対人関係の性質を記述するもので一見甘えと無関係のように見えるものがある。これは一般的にいって、人間を人間とも思わずあたかも物のように見なす場合であるが、このように「食う」「呑む」「なめる」という、本来は食物に対して用いられる動詞を人間関係に転用する用法は、日本語以外の言語にもないわけではない。しかし日本語の場合は、それらが甘えの欠損をあらわしているという点で大変興味深い。人を食ったり,呑んだり、またなめたりしている者は、表面的には威勢よさそうに見えるが、しかし内心は孤立無援なのである。
彼らは本当は甘えを超越しているのではなく、むしろ甘えの欠損をカバーするために、このような行動に出ると考えられる。例えば、「聴衆を呑んでかかる」人は、ともすれば自分が聴衆に呑まれそうになるので、そうならないように反対に呑んでかかる。また「人を食う」というのも同じことである。特に「食うか食われるか」ということになればそれこそ生命を賭けての戦いであろう。なおやくざが「貴様、なめているな」とすごむ場合も、また男が女をなめ、女が男をなめる場合も、そこには甘えによる真に人間的な交流は途絶えている。この意味で甘えは、人間的交流を円滑にするため、欠くべからざるものであるという見方が成り立つと考えられるのである。

義理と人情のテーマについては従来内外の学者による多くの文献があるが、最近では源了円氏が「義理と人情―日本的心情の一考察と題された一書を発表され、これまでの文献を検討されるとともに、特に文学作品に反映した義理と人情について意欲的な考察をすすめておられる。ところで私は文献的考察は抜きにして、全く心理学的観点からこの問題について次の二つの点を指摘したいと思う。その一つは、人情という言葉の意味するものは甘えに密接に関係があるという点である。いま一つは、人情と義理は単に対立概念ではなく、二つの間に有機的な関係が存すると考えられることである。人情が単に人間の感情一般を指すのではないことは、「外国人には人情がわからない」とか、その反対に「外国人にも人情がある」というしばしばなされるいい方に現れている。
すなわち日本人は人情という一般的な名称を用いてはいるが、それが特に日本人に馴染み深い感情の系列を指す結果となっていることを知らず知らず弁えているものと思われる。このことは、人間関係を現わす多くの日本語がすべて先にのべたように、甘えの心理を含んでいることを考えれば、当然のことと思われるが、しかし一般の人が人情の中心的な感情は甘えであるとはっきり認識しているわけではもちろんない。しかし人情と理解するもののうちに何か漠然としたひとつのゲシュタルトが意識され、しかもそれが外国人にすぐに通用したりあるいは通用しなかったりするので、「外国人には人情がわからない」とか、「外国人にも人情がある」などといういい方が生まれたのであろう。
次に義理とは何かという問題であるが、これはもともと自然発生的に人情が存する親子や同胞の間柄とちがって、いわば人為的に人情が持ちこまれた関係が義理であると定義してよいようである。すなわち義理の関係といわれるものは、親戚付き合いにせよ、師弟の間にせよ、友人付き合いにせよ、はたまた隣近所の付き合いにせよ、すべてそこで人情を経験することが公認されている場所である。実はこれと同じ思想を佐藤忠男氏は、「義理は無限に人情を指向する」という言葉で表現しているが、この考えが正しいとすると、人情のサークルと義理のサークルが本質的に相互対立するかのごとく考えたベネディクト等の見解は間違っているといわねばならないであろう。
というのは義理はいわば器で、その中身は人情であると考えられるからである。したがって親子の間柄でも、親子の情よりも関係自体が重視される時は、義理として意識される。例えば、「忠ならんと欲せば孝ならず、孝ならんと欲せば忠ならず」という重盛の有名な言葉は、ふつう義理と人情の相克を意味すると解されるが、これはむしろ二つの義理の間に起きた葛藤を指すと解するほうが当っている。この例に限らず、一見義理と人情の板ばさみと見られる状況はすべて、厳密にいえば、義理と義理の板ばさみであって、いいかれば人情自体に内在する葛藤と考えねばならないのである。 この点をもっとはっきりさせるために、恩という概念と義理との関連を考察してみよう。
「一宿一飯の恩」というように、恩というのはひとから情け(人情)を受けることを意味するが、してみると恩は義理が成立する契機となるものである。いいかえれば恩という場合は恩恵を受けることによって一種の心理的負担が生ずることをいうのであり、義理という場合は恩を契機として相互扶助の関係が成立することをいうのである。ところで普通に義理人情の葛藤といわれるものは、恩を受けた何人かの相手方同士の間に対立関係が存するために、一方に義理を尽くすことが他方に義理を欠くことになる場合であるといえないだろうか。この際当人にとっては相手方すべての好意をひきとめておくにこしたことはないが、それが困難もしくは不可能となるので葛藤が生ずるのである。
すなわちこの葛藤の本質は、相手方の一方を取り他方を棄てるということにあるのではなく、むしろ自分の意思に反してそのような選択を強いられるということにこそ存する。すなわち葛藤の原動力は好意をひきとめたいという欲望なのである。そしてこれはまさに甘えに他ならない。このことと関連して興味あることは、「すまない」感情が経験されるのはいわゆる義理の関係において最も多いということである。実際人々はよくこの場合「すまない」という互いに対して用いる。これは先に説明したように、「すまない」という言葉が相手の好意をつなぎとめるための表現であることを考える時、さもありなんと思われるのである。
以上のべたことから明らかなように、義理も人情も甘えに深く根ざしている。要約すれば、人情を強調することは、甘えを肯定することであり、相手の甘えに対する感受性を奨励することである。これにひきかえ義理を強調することは、甘えによって結ばれた人間関係の維持を賞揚することである。甘えという言葉を依存性というより抽象的な言葉におきかえると、人情は依存性を歓迎し、義理は人々を依存的な関係に縛るということもできる。義理人情が支配的なモラルであった日本の社会はかくして甘えの瀰漫した世界であったといっても過言ではないのである。

他人という日本語は不思議な言葉である。それは文字通りには、他の人ということであるが、しかし実際に自分以外の他の人を意味するためには他者という新しい言葉がつくられていて、それとは違う特殊な意味合いが他人という言葉には含まれている。他人という言葉を辞引きで引いてみると、第一に「血縁のない人」とあり、第二に「無関係な人」と出ている。すなわち他人の本質は第一に血縁がないということであり、まさしくその意味で親子は他人ではない。しかし夫婦や兄弟のように親子関係を媒介としての連りは、「夫婦も元は他人」とか「兄弟は他人の始まり」といわれるように、他人としての性格を潜在的にそなえていることになる。
いいかえれば夫婦は今は関係があるが、元は無関係であったから、元は他人なのであり、兄弟もその中に無関係となるかもしれないので、他人の始まりなのである。これに反して親子が他人となれないのは、両者の絆が分かちがたいからだろう。そして、日本ではこのような親子関係を理想的なものと見なし、それ以外の人間関係をすべてこの物指しではかる傾向が存するように思われる。例えば、ある人間関係の性質が親子関係のように濃やかとなればなるほど関係は深まり、そうならなければ関係は薄いと考えられている。いいかえれば、他人が他人である限り両者の間には関係が成立しない。また、であればこそ他人とは無関係な人を意味するのであろう。
実際他人という言葉には何か冷たい響きがある。「赤の他人」「他人は冷たい」「他人事」「他人行儀」というよく使われるいい方を思い浮かべればこのことは充分明らかであろう。このことと関連して、多少余談めくが、ふつう「異邦人」という題名に訳されているカミュの小説「L'Etranger」はむしろ「他人」と訳されるべきではなかったかという点について一言しておきたい。この小説の主人公ムルソーは、永らく別れて養老院で暮らしていた母が死んだ知らせを受け、その参列に参加するが、何らの感動も覚えない。彼はその直後ある女と関係し、また偶然のことで騒動にまきこまれ、その挙句人を殺す破目に陥る。しかしそうなったのは特別の激情に駆られたためではなく、したがってその後法廷で裁かれる際にも、何等悔恨の情を覚えない。
彼にとって母も知人もすべての人が自分と無関係の人となってしまったのである。いいかえれば彼以外のすべての人間が彼にとって他人となったといってもよいし、あるいは彼が彼らに対し他人となったといってもよいであろう。ところでここで興味あることは、このような意味をあらわすためにフランス語ではetrangerという見知らぬ人を意味する言葉を使うのに対し、日本語では他人で充分意味が通じるということである。この場合エトランジェを異邦人と訳したのでは、日本では外国人に対する好奇心が特に強いので、作者の原意にそぐわないのではなかろうか。もっとも異邦人という言葉は、元来ユダヤ人が軽蔑をこめて使うgentileの訳語として古くから日本語訳聖書の中で使われてきた事実がある。
したがってその意味では他人の意味に近いということもできるかもしれないのだが。さて親子だけは無条件に他人ではなく、それ以外の関係は親子関係から遠ざかるにしたがって他人の程度を増すという事実は、「甘える」という言葉の用法とも合致していて興味深い。すなわち親子の間に甘えが存するのは至極当然なことであるが、それ以外の関係で相互の間に甘えが働く場合は、すべて親子関係に準ずるか、あるいはそれと何らかのかかわりをもつ場合と考えられるからである。ここで先に紹介した義理と人情の概念を用いて、図式的に説明すると次のごとくなる。甘えが自然に発生する親子の間柄は人情の世界、甘えを持ちこむことが許される関係は義理の世界、人情も義理も及ばない無縁の世界は他人のすむところである。
これは図式的であるとはじめにことわったように、以上三つの世界は画然と区別されるものではない。先にのべたように、人情と義理は厳密には対立するものではなく、中身に対する器の関係にあるからである。したがって本来人情が豊かであるべき親子の関係が冷たい義理となることもあり、また義理の関係に人情が溢れることもある。さらに、他人は他人である限り無縁の存在であるとしても、義理が元来は他人である者を結びつけるものであることを忘れてはなるまい。この意味で、他人は他人であっても、ポテンシャルには常に甘えによる人間関係に入る可能性をもっているといえるのである。ここで「遠慮」というこれも特殊な日本語について考えてみよう。
この語は本来は文字通り「遠く慮る」意味で使われていたようであるが、現代ではもっぱら上述したごとき人間関係の尺度を測る読みとして使われているのである。すなわち親子の間には遠慮はないが、それは親子が他人ではなく、その関係が甘えに浸されているからである。この場合子供が親に対して遠慮がないばかりでなく、親も子供に対して遠慮はしない。親子以外の人間関係は、それが親しみを増すにつれ遠慮が減じ、疎遠であるほど遠慮は増す。友人同士など、親子以外の関係でも、随分遠慮のない関係も存するが、日本人がふつう親友という場合は、このような友人関係を指すのである。
要するに人々は遠慮ということを内心あまり好んではいない。できれば遠慮しないに越したことはないという気持ちを誰しも持っている。それは日本人がもともと親子の間に典型的に具現する一体関係を最も望ましいものとして理想化するという事実を反映しているのである。遠慮の意味は前に説明した「気がね」や「こだわり」とほとんど同義であるといってよい。すなわち相手の好意に甘え過ぎてはいけないというので遠慮するのである。いいかえれば、遠慮しないと図々しいと考えられ、相手に嫌われはしないかという危惧がそこには働いている。したがって遠慮しながら実は甘えているのだということができる。このように遠慮は窮屈な心理状態であり、ふつうはあまり好まれないが、時として人は遠慮の価値に気づくこともある。
例えば、「どうも遠慮があって話しにくい」というときは遠慮はこのましくないものであるが、「あの男は遠慮がなくて困る」というときは遠慮が好ましいものと感じられている。それはまた、親子間の確執や、またもともと親しかった者同士の間に起きたトラブルは、まさに当事者間に遠慮がなかったことが原因であると解されることが多い。日本人は、一般的に自分のこととしては遠慮を嫌っても、他人には遠慮を求める傾向があるが、これは結局甘えの心理が社会生活の根本ルールになっているからであろう。また遠慮をそれこそ遠く慮ることとして積極的に価値づけるプライバシーの観念が従来日本に発展しなかったのもこのためであると思われる。なおこの点は次にのべる「内と外」の項で再び論ずるはずである。

遠慮の有無は、日本人が内と外という言葉で人間関係の種類を区別する場合の目安となる。遠慮がない身内は文字通り内であるが、遠慮のある義理の関係は外である。しかしまた義理の関係や知人を内の者と見なし、それ以外の遠慮を働かす必要のない無縁の他人の世界を外と見なすこともある。いずれにせよ内と外を区別する目安は遠慮の有無である。これは日本人なら誰でもする区別であるが,しかしそれでも内と外に対する態度のちがいがあまり極端になることはあまりよいことではないと思われている。例えば、外面はよいが内面はわるいというのは、身内に対してはわがままで気むずかしいのに、外の付き合いでは思いやりがある好人物で通っている人を多少非難していう言葉である。内弁慶といわれて家の中では威張っているが、外に出ると弱くなってしまう者もこれと同等である。
これとはまた別に、個人的付き合いはよいが、自分と関係のない外の者に対してはそれこそ傍若無人のふるまいをするという場合もある。旅の恥は掻き捨てといって、自分の住んでいるところは人目を憚って自重しているのに、見知らぬ土地へ行くと勝手気ままにふるまうといのも、同じことである。このような傾向は日本人一般の特徴であるとして、しばしば外国人によって非難されるところである。以上見てきたように、同じく内と外といっても、遠慮が多少とも働く人間関係を内と考えるか、あるいは外と考えるかによって、内容が異なってくる。いま遠慮が働く人間関係を中間帯とすると、その内側には遠慮がない身内の世界、その外側には遠慮を働かす必要のない他人の世界が位置することになろう。
面白いことは、一番内側の世界と一番外側世界は、相隔たっているようで、それに対する個人の態度が無遠慮であるという点では相通ずることである。ただ同じく無遠慮であるといっても、身内に無遠慮であるのは甘えのためであるが、他人に対する無遠慮を甘えの結果であるとはいえない。前者では、甘えていて隔てがないので無遠慮であるのに対し、後者では、隔てはあるが、しかしそれを意識する必要がないので無遠慮なのである。このように甘えが濃厚でも、また全く欠如していても、同じように人を人とも思わない態度が現れるということは注目すべきことである。実際、身内にべたべた甘える者に限って、他人に対しては傍若無人・冷酷無比の態度に出ることが多いように観察される。
これは「甘えの語彙」の項で説明した「食う」「呑む」「なめる」という形の対人関係の持ち方であって、要するに日頃甘えに馴れている人は、甘えられないとなると、人を食った態度や呑んだ構え、またはなめた振りに出ると考えられるのである。さて先にものべた通り、日本人の大半にとって、このような内と外によって態度を変えることは当然のことと考えられているので、身内にはわがままをいい、外では自制することを誰しも偽善とか矛盾とは考えない。またふつうは自制する人間が、見知らぬ土地にいって多少破目をはずしたとしても、それほど人々は怪しまないであろう。内と外によって自分の行動の規範が異なることは、なんら内的葛藤の材料とはならないのである。
しかしこれは内と外が峻別されているからであって、もし内と外の区別が曖昧となると問題が起る。例えば、前に「義理と人情」の項で引き合いに出した「忠ならんと欲せば孝ならず、孝ならんと欲せば忠ならず」というのがそれであって、この場合忠の対象と孝の対象の間に対立が生じたために、両者双方に対しこれまでのような使い分けができないことが困るのである。すなわち二者択一を迫られ、もはや安閑と甘えてはおれないことが苦痛なのであって、双方に対する自分の態度なり行動の規範が異なることが葛藤の原因となっているのではない。
このことと関連して、内という日本語が、身内とか仲間内というように、主として個人の属する集団を指し、英語のプライベートのように、個人自体を指すことがないのは注目すべきことであると思われる。日本では、集団から独立して個人のプライベートな領域の価値が認められていない。したがって人格の統合の価値が認められるということもあまりない。このことは先に遠慮を積極的に価値付けるプライバシーの観念が従来日本に乏しい、とのべたことと関係がある。また後にのべることであるが、日本で西洋的自由の観念が容易に根付かないことともこのことは関係があるのである。
さて日本には集団から独立した個人の自由が確立されていないばかりではなく、個人や個々の集団を超越するパブリックの精神も至って乏しいように思われる。そしてそのことも、以上説明してきた内と外という風に日本人が生活空間を区別し、それぞれにおいて異る行動の規範を用いても、一向に怪しまない事実に由来すると考えられる。日本人がいわば理性的に行動するのは遠慮のある場合であるが、しかしこの遠慮を働かせねばならないサークルも、遠慮を要しない外部の世界に対しては内と意識されるのであって、本当の意味ではパブリックではない。
大体内と外という分け方が個人的なものである。しかもそれが社会的に容認されているのであるから、パブリックの精神が育つわけはないのである。内外の区別ははっきりしているが、公私の区別ははっきりしないのであるから、公私混同が起きるはずであり、公共物が容易に私物化されるのも当然であるといわなければならない。また日本の社会で、学閥・藩閥・閨閥・財閥・軍閥等、従来閥が跋扈して政治的勢力となるのも同じ理由にもとづくのであろう。もっとも閥が跋扈するのは日本だけに限られた現象とはいえない。また日本で特に顕著な内と外の区分は、日本独特の発明ではなく、人間一般に共通した傾向であるともいわねばならないであろう。
しかし少なくとも欧米の社会にあっては、このような自然的傾向をチェックするものとして、一方に集団を超える個人の自由の精神があり、他方にパブリックの精神があったということができるのである。従来の日本のパブリックの精神にほぼ相当する社会的機能をはたしてきたのは、「おおやけ」ないし本家の考え方であろう。「おおやけ」は元来皇室を意味したものであり、したがって「おおやけ」にせよ本家にせよそれ自体最も由緒のある閥なのであるから、閥を越えた本当の意味でのパブリックとはなり得ない。その閥の根源として、それを味方に引きつけるために、それ以外の閥同士が争う原因となることすらしばしばだったのである。
しかしそれにも拘らずおおやけは、それ以外の閥が勢力を増大して独裁することを許さず、また閥相互の間の争いをある程度まで止揚する機能を果たしたと見ることはできる。このためにパブリックを日本語に訳さねばならなくなった時、おおやけの語があてはめられたものと思われる。殊に戦後になって、「おおやけ」の意味が皇室からはっきりと分離されてからは、西洋的なパブリックの意味で公共精神が盛んに説かれるに至っている。しかしそれでも日本人の心情の中には、従来通りの「おおやけ」精神がまかり通っていることは否定できない事実である。
なるほど皇室は今日背景をしりぞいている。しかし政治は相変わらず派閥を中心として運営されており、最大の派閥が「おおやけ」を代表するすることに変りはない。これは何も体制側だけに見られる現象ではなく、反体制の運動の中にも現れている。昨今の全共闘運動の内部に起きている内ゲバがそれであろう。事はしかし政治面に限らない。日本人の精神生活のあらゆる面に閥意識は登場し、したがってまたあらゆるところに小天皇が存在するといった具合である。これは日本人がもっぱら内と外という規準で行動し、確固とした個人の自由とパブリックの精神をもたないためであると考えられるのである。

日本人にとって内と外の生活空間は、厳密にいえば三つの同心円からなり、一番外側の見知らぬ他人に対しては一般に無視ないし無遠慮の態度が取られることは前にのべた。しかし P43〜126(工事中)
を発生せしめる社会的因子のことである。特に日本では明治以後、社会の中の人間関係が従来の伝統的人間関係と次第にちがった性質を帯びるに至っているという点が問題である。これをテニエスの術語を借りて、ゲマインシャフト的な人間関係からゲゼルシャフト的なそれへの変化であるといってもよいかもしれない。もちろんそうはいっても日本の社会はまだ多分にゲマインシャフト的であり、第一章にのべたように甘えの世界を形造っているのであるが、それでも少しづつゲゼルシャフト的になっているとみられる節がある。したがって今日の社会の人間関係は昔に比べて容易に人を甘えさせないのではなかろうか。
あるいは社会が複雑になって、どうやったらうまく甘えられるかそのルールの発見が困難となっているといってもよいであろう。そこで元来人見知りの強い人間はますます甘えの不満をつのらせることになり、そのことが高じて対人恐怖症を生ぜしめているのであろうと想像される。これはもちろん一つの想像に過ぎない。しかし恐らく当らずといえども遠からずではないかと私は思っている。すなわち明治以後の社会変革によってつくられた新しい状況に適応しかねた人々が種々の神経質の症状を発するに至り、このような人々にとって森田療法が極めて適切な解決となったのではないかと思われるのである。
以上のべてきたことは、近代日本において恥の感覚に対する評価が次第に推移しつつあるという観点からも再確認することができるであろう。すなわち人見知りをする者は慣れない人に対しはにかみや照れを意識するが、それは一種の恥の感覚である。ところで日本の伝統的社会では恥が重んじられ、また恥じらいの気持が相手の理解ある眼によって愛しまれさえしたのに対し、近代になって西洋の影響を受けるに及び、社会全般にこのような心のゆとりが少なくなってきたのではなかろうか。かくして、恥じらいの気持は当人にとってマイナスとこそなれプラスとはならなくなった。したがって恥じらう者は相手に自分の気持が受け止められないので、徒に内向し硬化して、それが赤面恐怖症・醜貌恐怖・視線恐怖等の対人恐怖となって現われるようになったのではなかろうか。
なおこのような社会的変化は、今回の敗戦後さらに加速度的に進展しているということができる。それは対人恐怖の現われ方にも影響しているのであって、青年の神経症の時代的推移を調べた最近の研究では、赤面恐怖などもともと恥の意識から生じたことが明らかな症状がこの頃次第に減少し、戦前や終戦直後にはほとんど見られなかった視線恐怖・体臭恐怖が増えているということである。これは私の臨床経験の印象とも一致するが、このことは、この研究の著者が指摘しているように、「周囲に対する恥の意識」から「周囲に対するおびえの意識」への変化という風に意味づけられるであろう。それは根本的には上述したごとく社会が個人の恥じらいを受けつけなくなったことに帰因すると考えられるのである。
「気がすまない」というのは、自分がきめたように事が運ばないときに起きる感じである。例えば、「この仕事を今日中に仕上げないと、どうも気がすまない」などという。したがってまた、「前からやりたいと思っていたことができたので、これで気がすんだ」ということもある。ところで「気がすまない」心理は、ある種の病的状態に極めて顕著に現われる。例えば、ある人は手が汚れたと感じると、手を洗い続けてなかなか止められないが、これはいくら洗っても気がすまないからである。また、ガスの栓をしめたと頭ではわかっているのに、何回確認しても、気がすまない場合もある。このように病的な気がすまない状態を、欧米語ではzwangshaft,compulsiveというが、これは述語で日常語としてはほとんど使われていない。
その証拠に、これらの言葉は普通の辞書には出ていないくらいである。なおこれらの欧米語を訳して日本語では強迫的というが、これももちろん術語で普通人にはすぐにその意味がわからないであろう。それどころか強迫的というと、発音が同じ脅迫的と間違えられる恐れがある。ところで強迫に相当する欧米語を代表的な英語の精神医学辞書で引いてみると、大体次のようなことが書いてある。「本人がやりたいと思わない場合でも、どうしてもそれをやらずにはいられなくなる。反覆的・常同的そしてしばしば些細な行為であり、それをしないでいると不安が増大するが、やってしまえば少なくとも一時緊張が減ずる。」これは客観的に大変正確な記述だが、ややこしくて、精神医学に疎い一般の素人には、このような状態をすぐには頭の中に思い浮かべることが困難であるかもしれない。
しかし、強迫とは、それをしないと気がすまないような行為のことだといえば、日本人なら誰でもたちどころに、ああそうかとわかるにちがいない。日本語にこのように便利な日本語があって、欧米語にはそれに相当するものがないということは大変興味深い言語的事実であると私は思っている。そこで以下にこの事実の意味するところを考察するつもりであるが、その前に気がすまないという心理状態を、先にその概念を吟味した気の観点からいま一度検討してみよう。私は先に、気は瞬間瞬間における精神の動きを指す、とのべた。また、気は精神活動の原則を代表し、それは根本的には快楽志向的である、とのべた。なお、日本人は気という形で精神活動を客観視することにより、その限りにおいて精神の自由ないし主体性を確保しているのである、とものべた。ところでこのような観点から「気がすまない」ということの意味を考えると、次のようなことになる。
気がすまないと感じる人は、ある程度自分の精神の動きを統一的に自覚している人である。彼は自分の気として自覚することを満足させようとし、それ以外のものを切って棄てることができる。その意味では彼は自己本位でさえある。また気むずかしいと見えることがあるかもしれない。しかしまたそれだけに、彼は他人には容易に依存しない。ここで「すまない」と「気がすまない」の二つを区別すると、相手にすまないと感ずる場合は相手に対する甘えが温存されているが、気がすまないと感ずる場合は、相手よりもむしろ自分の気の方を重んずるといえる。したがって「気がすまない」性格の人は、幼児的な甘えをいちおう卒業しているということができ、甘えの充満した日本の社会では最も自律的なタイプに属するということができる。
しかしこれは、こうやったら自分が気がすむということがわかっているいわば正常範囲の場合であって、もし容易なことで気がすまず、むしろ絶えず気がすまなくて悩んでいるとすれば、病的である。正常の場合は、自分と気との間に一致があるが、病的の場合は、自分と気が分裂している。このような分裂が起きるのは、卒業したはずの甘えが実は卒業できておらず、うらみやくやしさが内にこもっているからであろう。このように正常か病的かによって、気を満足させられる度合に違いはあるが、しかし「気がすまない」という表現はいずれの場合にも妥当するのである。
ところでこのように「気がすまない」という日常語が、いわゆる正常人にも病的に気がすまない強迫神経症に悩む者にも共通して使えるという事実は、日本人に強迫的傾向が遍在的であることを暗示しているのではなかろうか。もちろん、強迫的傾向が日本人だけに見られるわけではない。いかなる国民にも強迫的傾向は何らかの形で存在する。また日本人と極めて酷似した性格傾向を持つ国民が他にも存在するかもしれない。ただ敢えて日本人の特徴といえば、彼らはこの強迫的傾向がいろいろな場合にもあらわれるのをすべて「気がすまない」という意識でとらえることができるという点であると思われる。彼らはこの場合気がすむように振舞うことは当然なことであり、むしろそれは賞揚すべきことである、とさえ考えるのである。
実際、従来いわれている日本人の勤勉さは、この「気がすまない」強迫的傾向に関係があるということができる。日本の農民も工員もサラリーマンもみんな身を粉にして働く。それは現実の窮乏の然らしむるところというよりも、むしろそうしないと気がすまないからという方が事実に近い。この場合彼らは自分の仕事が社会全体にとって、また自分の一身にとって、あるいは自分の家庭にとって、どのような意味を持ち、どのような効果を持つか、ということはあまり考えない。彼らは仕事のためには多少の無理をすることも厭わない。これは仕事ということからすれば理想的ともいえるのであって、たしかにどのような仕事もこのような意気込みがなければ、仕遂げることは困難であろう。しかしこの場合危険なことは、いつの間にか、仕事をするのは仕事自体のためでなく、そうしないと気がすまないからであるという風に、動機の重点が移ることである。
もちろん、仕事が一段落すれば、一時気がすみ、一息つける。しかし仕事には限りがないから、すぐにまた気がすまなくなって、仕事に追いたてられる。こういうことは日本人にとってあまりにも日常的なことで、当たり前のこととしか考えられないのであろうが、この傾向が極端になれば病気の強迫神経症と同じことである。この際もし何らかの理由で、仕事の遂行が困難となって、すまない気を解消できないでいると、遂には精神のバランスが崩れ、精神病的な憂鬱状態が現出することも稀ではないのである。このように、仕事をしていないと気がすまない性格の者は、仕事を休むことができない。また遊ぶこともできない。遊ぶとしても、義理とかお付き合いが多く、その際遊びは遊び本来の性格を失い、一種の仕事となる。あるいはまた、時にどんちゃん騒ぎなど滅茶苦茶な遊び方をすることがあるが、それはそうすることによって一時なりとも気がすまない気持から解放されようとするためであろう。
なお今日ではレジャーブームと称して遊びが奨励される時代となっているが、しかし、本当に人々が自由に遊ぶようになっているかは疑わしく思われる点がある。というのは人々は遊ばなければならないので、遊んでいるように見えるからである。いいかえれば遊ばないと気がすまないのである。このことと関連して、日本語の遊びという言葉が、これに相当する欧米語とちがって、あまり芳しくない響きを持っていることも指摘しておきたい。例えば、「遊び人」「遊び事」「遊び好き」「高等遊民」など、遊びはふつうマイナスの価値として意識される。この点は西洋のピューリタリズムの精神と全く同一で興味深いが、もしかするとピューリタリズム自体実は上述したごとき心理体制に根ざしているのかもしれないのである。
さて遊び自体に積極的価値が認められないのは、気がすまないという感じが日本人に深く浸透しているからであろう。仕事がもし客観的な義務でかつ限局したものならば、その義務から解放されてしばしの自由を楽しむことが可能である。あるいはまた単に気がすまないから仕事をするというのではなく、仕事の中にあって心を遊ばせることも可能となる。しかし気がすまないという感情が瀰漫的に人をとらえている時は、仕事をしても遊んでも、その気は休まることがない。日本人が一般に生真面目でゆとりがなく、ユーモアを解しないと外国人の眼に映ることが多いのは、このような理由に基づくことなのかもしれない。大変逆説的なことだが、日本人は本来甘えたいがために、しかし実際にはなかなか甘えられないので甘えを否定し、かくして気がすまないという窮屈な心境に低迷することが多いと考えられるのである。
ここで同性愛的感情というのは狭義の同性愛のことではない。同性愛といえば、同性の間で性的魅力を感じ、性的結合を志向することを指していうが、同性愛的感情というのはもっと広義に解して、同性間の感情的連りが異性間のそれに比して優先する場合を指していうのである。したがってこれは一般に友情といわれるものにほぼ相当する。ただ友情という場合は、友人間の誼みという点だけが強調されるのに対して、同性愛的感情という場合は、友情の基調になっている感情的結びつきが異性愛に優先しているという点に重点がおかれる。なおそれが発現するのは単に友人の間だけとは限らない。師弟の間でも、先輩後輩の間でも、さらに同性の親子の間でも、この感情は起こり得る。
また同性愛的感情は、狭義の同性愛と重なるところはあるが、必ずしも常に狭義の同性愛に発展するものではないことを指摘しておこう。むしろそのような可能性は実際問題としてはむしろ少ない。同性愛的感情はそれ自体としてはいわば正常範囲に属するもので、誰しも成長の過程で経験するものだからである。ただその感情が支配的である期間の長短には個人差および社会的文化的な差異が存すると思われる。例えば、性的には正常で、すでに結婚生活に入っているもので、感情的には、いまだに同性愛的感情の支配下にあるという場合があり得るのである。
私が同性愛感情の重要性に気付いたのは、第1章でのべたカルチュラル・ショックと関係がある。すなわち米国では、日本の従来の習俗と異り異性間の結びつきが、結婚後はもとよりその前でも、とりわけ強調されていることに私ははじめいたく驚いた。もっとも最近の日本は、この点大分米国並みになってきてはいるが、しかしそれでもまだ多分に在来の傾向は存続しているといえよう。例えば、米国でパーティを催すと、必ずといってよいほど男女一対の単位で招待するのに、日本ではそのようなことが稀である。日本では修学旅行をはじめとし、またいったん社会に出てからも、盛んに団体旅行をし、その際家族を同伴しないのが常であるのに対し、米国では概ね家族同伴の旅行が多い。
もちろん米国でも結婚前はもとよりのこと、結婚後も同性間のつきあいが存するには存するが、これに対し建前としてはいつも夫婦関係ないし恋人間の交際が優先する。そして同性同士が絶えず行動を共にするなど、あまり親しくすると、すぐに同性愛を疑われるので、人々はそのことに特に神経質になっているほどである。これに比して日本では、それこそ大手を振って、同性間の友情を楽しむことができる。聞くところによると、西洋人の同性愛者は日本の社会に特に魅力を感じるらしいが、これは日本の社会でもともと同性愛に対する社会的制裁が存しないことと、同性愛的感情の表出に対しても非常に許容的であることが原因となっているのではないかと思われるのである。
さて日本の社会における同性愛的感情のあり方を非常に適確に写し出したものとして、漱石の「こころ」にまさる文学作品を私は知らない。この点を以下に説明すると、常に「私」としてこの小説に登場する青年は、その後彼が「先生」と呼ぶようになる人物を初めて鎌倉の海岸で見かけた瞬間から、この人物に惹かれ、接近したい強い欲望を感ずる。彼はこの人物が泳ぐと、自分もその後を追っかけて泳ぐなどしたが、「先生」の方でかまってくれないので、なかなか話しかける機会が見つからない。しかし、ある日「先生」が海から上って浴衣を着ようとした時、浴衣の下にあった眼鏡が土間に落ちたことが絶好のチャンスとなった。彼はすかさず腰掛の下に首と手を突っ込んで眼鏡を拾い出して「先生」に渡し、それを機会に「先生」と口をきくことができるようになったのである。
この情景は、男が心を寄せた女と近づきになろうと、いろいろ手練手管を弄する場合とあまりにも酷似しているではないか。私はかつて米国で、女の学生が男の学生と親しくなろうとする時、わざとその前で物を落として拾ってもらうのをきっかけにする、という話をきいたことがあるが、その時にも「こころ」のこの個所を思い出した。ともかくこのくだりには、男女関係の場合にかもし出されるのと同じあやしい雰囲気がただよっている。作者自身、充分このことを承知してこの情景を設定したと思われるが、それはその後「私」と称する学生が足繁く「先生」のもとを訪ねるようになった後、なぜそんなに度々訪ねて来るのかと「先生」はきいた後、ある日、「私」が訪ねて来るのは恋のためだ、と「私」に告げているからである。びっくりした「私」が、恋とはちがうといい張ると、「先生」は続けて次のごとく説明した。「恋に上る階段なんです。異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです。」
「こころ」の中にはこの他にも同性愛的感情のいろいろな移り変りが描かれている。「先生」は学生時代、友人のKを無理矢理自分の下宿に住まわせるようにしたが、この動機が同性愛的であることは明らかである。彼は当時下宿の娘に気がありながら、もしや奥さんの設けた罠にはまるのではないかと恐れ、二進も三進も行かない心境にあった。そこで彼は、奥さんの反対を強引に押し切って、Kと同宿することにより異性との関係で落着かない自分を安定させようとしたのである。しかしそれも束の間で、彼はKが奥さんや娘と個人的に親しくなると見ると否や、たちまち内心の嫉妬にゆさぶられる。この嫉妬は一部、女性たちの愛情がKに取られると感じたためもあろうが、しかしそれよりもKが彼をおいて女性たちの方に心を寄せるのがいやだったことの方が大きかったと考えられる。
というのは彼は、Kがその禁欲的な理想主義故に女などには眼もくれない人物であると信じており、そのことでKに情熱的な友情を捧げていたからである。この彼のKに対する友情は、Kが娘に対する恋心を彼に打ち明けたことによって著しく傷つけられる。彼は一方で、「精神的に向上心のない者は馬鹿だ」と、前に自分がKにいわれた言葉をそのまま返してKを責め、他方、Kを出しぬいて奥さんとの間に娘と結婚する約束をとりつけてKに復讐する。しかしこの直後から彼はKに対し内心強くすまないと感ずるが、謝罪する間もなく、数日後Kは自殺してしまい、彼はそれにひどいショックを受けて、ひとり荒野に取り残された感じに襲われる。かくしてそれ以来というもの彼はKの亡霊に悩まされ続け、遂にKの後追い自殺を遂げるに至るのであるが、その期に及んでも、彼は妻に一言もKとの深いいきさつを語ろうとはしなかった。これはまた何と見事な、同性愛的感情の発露ではなかろうか。
「こころ」についての説明がながくなるが、今一つつけ加えておきたいことは、この小説が、ただに日本の社会において同性愛的感情が優勢であるさまを正確に描きだすだけではなく、それについての批判をも呈していると考えられることである。というのはこの小説は、ひたむきな男の友情がしばしば当事者を破滅にまで逐いやることを、「先生」とKとの結末によって何よりも雄弁に物語っているからである。「先生」が後で「私」に、「とにかく恋は罪悪ですよ、よござんすか。そうして神聖なものですよ」と謎めいた言葉を吐いた時も、下宿の娘に対する恋愛自体のことではなく、むしろKとの関係のことを念頭においていたのではなかろうか、と思われるほどである。
この話のすぐ後で、「私」の「先生」に対する感情が恋であるといっていることがそのことを暗示する。もっとも「先生」がここで、恋愛という言葉で同性愛的関係のことだけを意味したと考えては、いささか行き過ぎかもしれない。「恋は罪悪ですよ」というのを素直にとって、恋は罪つくりだという意味にとれば、女の恋故にあやまちを犯すことを「先生」が警戒したことになり、それでもこの場合意味が通るからである。しかしどうもそう解釈してしまっては表面的に過ぎて、作者の真意をとらえていないように思われる。なぜならこの小説で実際に裁かれているのは、「先生」のKに対する態度であり、むしろそれこそが「先生」の女性との恋愛をスポイルしたといえるからである。
ともかく「先生」は、自分がかつてKに傾倒しながら、むしろ故に却ってKに復讐したという経験から、「私」が今自分に傾倒していることを好まなかったのである。彼は、ある時「とにかくあまり私を信用してはいけませんよ。今に後悔するから、そうして自分が欺かれた返報に、残酷な復讐をするようになるものだから」といって、さらに次のようにのべている。「かつてはその人の膝の前に胞づいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足をのせようとするのです。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥ぞけたいと思うのです。私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己れとに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わなくてはならないでしょう。」
この最後にあげた「先生」の言葉はなかなか意味深長であるが、これを充分に理解するためには、ここでこんなにも厳しく批判されて現代に合わないとされているものが一体何であるかということを、まず明らかにしなければならないであろう。それはこれまでの話の進め方からすると、当然同性愛的感情ということになるが、では同性愛的感情とはそもそも何なのか。それは単に同性に向けられた感情のことなのか。しかしそれでは説明にならない。大体、同性に向けられた感情が、ただ同性に向けられているという理由の故に、非難される謂れはないからである。そこで本項の最初にのべた定義に戻って、同性愛的感情とは、その感情が異性愛に優先する場合であるといえば、いくらかその輪廓がはっきりするであろうが、しかしそれでもまだその本質をいい当てたことにはならないと思う。
もっともその本質を言い当てずとも、それが何であるかということは、以上あげた「こころ」の中の例などによって、おおよその所を察し得るが、いざそのゲシュタルトを言葉でいい現わそうとすると、誰しも戸惑いを感じてしまうのである。ところで私は同性愛的感情の本体は甘えである、といえば、この点が一番はっきりすると思う。誤解を避けるために一言するが、甘えはなにも同性愛的感情の場合だけでなく、異性同志の間にも生れる。殊に日本において、甘えが元来対異性的感情として理解されていたことは、前に見た通りである。大体、恋に甘えはつきものであり、また恋は、プラトンの「饗宴」にも見る通り、相手が異性であろうと同性であろうと、変わりはないということもできる。しかしそれでも私は、同性愛的感情の本質は甘えであるということが適切であると思うが、その心理学的理由は以下にゆずることにして、ここではまずそう解することが、「こころ」の中で展開されている批判の対象をより明確にすることを指摘しておこう。
この点はしかし、子が親に甘え、学生が教師に甘え、会社員が上司に甘え、後輩が先輩に甘えることが日本の社会では至極当然なことと思われているので、ちょっと意外に思われるかもしれない。甘えは本来無邪気なものではないのか。それは人間を結びあわせるために必要欠くべからざるものではないのか。かく観ずれば、甘えは非難されるよりも、むしろ賛美されて然るべきもののように思われる。そこから人生の花ともいうべき友情も師弟愛も、そして恐らく恋愛も生れるのではないか。歌舞伎で見る義経と弁慶のほとんどエロチックともいえる仲に人々が感動するのも、それが単なる主従の関係を超えて、心と心の深い結びつきを示しているからではないか。
たしかにその通りである。「こころ」の中で「先生」は、「とにかく恋は罪悪ですよ、よござんすか。そうして神聖なものですよ」とのべているが、この恋を甘えにおきかえて、甘えは神聖で無邪気であるということもできたであろう。しかしその甘えが同時に罪悪ともなるということがここで問題とされているのである。もちろん友情や師弟愛や恋愛それ自体が罪悪なのではない。「先生」のKに対する友情の中には同情とか尊敬の念なども含まれていたが、これらはたしかによきものである。では何がこの友情を毒したのか。それは「先生」のKに対する甘えではなかったのか。甘え故に「先生」はKが自分をおきざりにしたと感じた時、Kに復習したのである。同じように、「私」の「先生」に対する傾倒の中にも甘えとは別に何ものかを学びとろうとする真剣な態度が含まれていた。
これはよきものであり、であればこそ「先生」は最後に自分の惨澹たる真実を「私」に開示することができたといえる。しかし「先生」は「私」の甘えが我慢ならなかった。「先生」は自分の経験からこの甘えが容易に憎しみに変わることを知っていたからである。ただ「先生」は「私」が「先生」の真実を知ることのみが「私」をして甘えから目覚めさせ、新しい自己の誕生に導くであろうと望んだのである。ところでこのように甘えが危険なのは、甘え自体の不安定さによることはもちろんであるが、それと同時にこれは今日人間が「自由と独立と己れとに充ちた現代」におかれていることにもよると思われる。この点については今一度最後にふれることにして、先程提出した、なぜ同性愛的感情の本質が甘えであるといえるかという心理学的理由について、同性愛についてのフロイドの理論を採用しながら説明してみよう。まず男の同性愛は次のような過程を経て成立すると一般に考えられている。
彼は何らかの理由によって幼児期母親に密着しているために、異性を求めねばならぬ時期に達しても、この密着を断ち切ることができない。その結果彼は母親と同一化し、いわば自ら母親となって、自分と似た対象すなわち同姓を愛するようになる、というのである。とすると、同性愛は母親への密着の帰結ということになり、いいかえれば甘えの表現であるということになるではないか。実際同性愛者が相互に、ふつう容易には人に見せない甘えを出しあうことは、臨床的に知られた事実である。いま一つフロイドの理論で面白いことは、彼が神経症と精神病双方において同性愛的感情が隠れた病原的役割を果していることを指摘していることである。実際、フロイドの理論において、同性愛的感情は重要な鍵概念となっている。しかし同性愛的感情というだけでは、先に見た通り、あまりにも漠としている。
そのままで一つの概念として通用させることには無理がある。それはもっと吟味し、その本質をとりだす必要があるが、フロイドにそのことができなかったのは、一つに甘えという結構な概念を彼が知らなかったためではないか、と私は思っているのである。さて神経症ないし精神病において同性愛的感情が重要な役を演じるというフロイドの説と、「こころ」の中で展開されている漱石の思想とは相呼応しているように思われる。というのはここで漱石は、同性愛的感情というものは人間の根本的淋しみを医すことができず、ただ人間を不幸にするだけだ、といっていると解されるからである。フロイドの場合も漱石の場合も、同性愛的感情を甘えとおきかえると、この二人の思想は大体次のように要約されるであろう。
甘えの挫折ないし葛藤は種々の精神的障害を引き起こす。仮に、甘えが恋愛・友情もしくは師弟愛という形で満足されたとしても安心はできない。満足は一時のことで必ず幻滅に終るであろう。なぜなら、「自由と独立と己れとに充ちた現代」において、甘えによる連帯感は所詮蜃気楼に過ぎないからである。かくしてこの二人とも、もしわれわれが幻滅に悩みたくないならば、自己についての真実と孤独の淋しみに堪える覚悟がなければならないとのべているのである。

「くやむ」と「くやしい」は、動詞と形容詞のちがいはあるが同根で、その意味は互いに相通ずるところがある。というのは「くやしく思う」ことが「くやむ」ことである、と解されるからである。ところで「くやむ」はもともと「悔いる」が転じてできたものであるらしい。したがって「くやむ」と「悔いる」はその意味が似通っているが、しかしその用法には微妙な違いがあり、しかもそれがなかなか馬鹿にならない点が問題である。というのは「悔いる」というのは、自分の非を悔いることであるが、「くやむ」のは、まさにこのような悔いを残したことを悔いることだからである。いいかえれば、ただ悔いるだけではすまなくて、いつまでもくよくよ思うのがくやむことである。
あるいは、悔いねばならない事態に陥ったことを悔いるのがくやむことである、と定義することもできよう、要するに、「くやむ」は「悔いる」よりもさらに屈折した複雑な心境である。そしてこのような複雑な心境をあらわすのに、「くやむ」という単純な日常語が日本語にあることが、大変興味深く思われるのである。私たちは、人の死を惜しむ時、残された家族に「おくやみ申し上げます」といって挨拶する。それは死人を出した家族に対する同情をあらわすはずのものであるが、私は永い間、なぜこれが同情の言葉になるのかわからなかった。それは私自身に親しい肉親を失うという経験が永らくなかったからであろう。しかしその経験を持って以来、この挨拶の意味が私にもようやくわかるようになった。
というのは、親しい者を失った時、私は内心くやまれてならなかったからである。ああもすればよかった、こうもすればよかった、と思い、そう思ったところで取り返しがつかないことだとわかっていながら、それでもなおかつ、くやむことをしばらくやめることができなかった。私はみまかった者に対しあらためて罪の意識を持ち、またそのように罪を感ぜねばならぬ自分をくやんだ。このことを経験してから、「おくやみ申しあげます」と挨拶が深い同情をあらわすことに私は気づいたのである。遺族はふつう死んだばかりの肉親のことを考えて、いろいろくやむにちがいない。弔問者自身、もし死者と生前親しかったならば、遺族ほどではなくとも、若干のくやみを感じることもあろう。そこで「おくやみ申しあげます」と遺族に挨拶することが、最大の同情を示すことになると考えられるのである。
このように、人は親しいものを死によって失うと、ただその者を失った悲しみばかりでなく、その者についてくやむ気持にしばしば襲われる。そしてそのことが理由で古来、洋の東西を問わず、死者のために喪に服する習慣が行なわれるようになったと思われる。それは単に死者に対する表面上の礼儀でなく、元来は親しい者の死によってひき起こされた心の痛みを癒やすために定められたと考えられる。ところで愛する者の死によって心が痛むのは、原因がはっきりしているのでわかりやすいが、原因がはっきりしなくて心が痛むということもある。その最も代表的なものが従来メランコリーといわれ、現在では鬱病と称される精神状態である。この場合、その状態を惹起した根本の原因は一見判然としない。しかしそれにも拘らず本人は何ものかを喪失したごとく悲嘆に打ち沈み、またあれこれとくやみの気持におそわれるのである。
したがってこの状態と愛する者の死によって起きた悲痛とは極めて類似するところがあり、フロイドが前者の心理機制を後者に照して明らかにしようとしたのは全く妥当な試みであったということができよう。むしろ、フロイド以前、精神医学者にしてこのことを考えたものが誰一人としていなかったという事実が不思議に思われるくらいなのである。さてここで私自身興味があることは、前述したごとく愛する者との死別による悲しみと鬱病双方にくやみの心理が共通していると考えられるにも拘らず、その点がフロイドによって注意されていないという事実である。もっともこの点はもう少し詳しく説明しないと誤解を招く恐れがある。というのはフロイドは鬱病に顕著に見られる過剰な自責の念を取り上げて論じているのであるから、まさにくやみの心理にふれているということもできるからである。
問題はしかしこの場合の自責の念の性質である。そしてこのことを明らかにすることにフロイドは最大の苦心を払ったといってもよいのであるが、この場合もし彼が日本語のくやみの概念を知っていたなら、解決がもっと容易であったにちがいない。なぜなら鬱病の際の自責の念の特徴は、それがくやみであって悔いではないことに存するといえるからである。なおくやみの心理はくやしさのそれと密接に関係しているので、フロイドが指摘した鬱病における隠れた憎悪を暗示するという点で大変好都合である。もっとも本項の冒頭にのべたごとく、くやみとくやしさは本来同根で、その意味するところはほとんど同じであるといえるが、しかし用法はいくらか異る。くやみが全く内向的であるのに比して、くやしさには「負けてくやしい」というように外を意識する面がある。
もっともくやしさの場合にも、外に向う攻撃が同じに内にも向っていることが特徴的であるが、このくやしさがさらに内向した時にくやみが生れると考えられるのである。ともかく鬱病の場合はもっぱらくやみが前景にあって、くやしさはほとんど意識されていない。いいかえればくやしいと感じられる間はまだ鬱病にならないのであって、くやしいと感じることもできない状況に追い込まれた時、鬱病的なくやみが始まると考えられるのである。上述してきたごとく、くやみとくやしさは単に病的な場合だけではなく、いわゆる正常人にも見られる。ただくやみが精神の全体を侵した時が鬱病である、ということができよう。したがってくやみが存在する程度に応じて、その人の精神状態は鬱病的であるということもできる。
ところでこのくやみの発達過程を図式的に説明すると、まず甘えられないということがあって、そこで気がすむように試みるが、なかなか気がすまないのでくやしく感じ、くやしくてもどうにもならぬ時にくやむことになるといえるのである。この説明はあまりに図式的なので、以下に親しい者を亡くした場合の反応について具体的に考察してみよう。
すなわち残された者は死者との生前の関係を思い起こして、あれこれくやむ。これはたしかに一種の罪悪感といってもよいが、しかしそれでいて何か釈然としない。それというのは内心罪悪感を持たざるを得ないということをくやんでいるからである。それは自責のように見えて、どこかで死者を恨んでいる。もし死者を恨んでいるのでなければ、運命を恨んでいる。それは罪悪感など感じないようでありたいと内心願っている故に、一種の甘えである。しかしまた実際には罪悪感を消すことが不可能なのであるから、甘えられないということの表現であるともいえる。これを要するに、彼は生前の死者との関係において何等かの葛藤を経験していたが、相手が生きている間はどうにか気がすんでいた。しかし死んだ今となってはもはや気をすますことができない。生前やっておけばよかったとくやしがっても、所詮追っつかないことである。そこで彼はくやみの感情に身を委ねることになるのである。
最後に、「くやみ」と「くやしさ」が、以上のべたごとく甘えの心理の延長上にあるということから理解されるように、この心理は特に日本人が低迷しやすい感情であるということについて、一言しておこう。実際、日本人に顕著な半官びいきの心理はこのことと密接な関係がある。この心理については佐藤忠男氏が極めて洞察に富んだ解説をしておられるが、氏はそこで、日本人が義経・楠正成・四十七士・西郷隆盛などのごとき敗残の将の方に強い親近感を覚えるのは、道徳的マゾヒズムの現われだとのべておられる。この解釈は全く正しいが、もっと普通の言葉でわかりやすくいえば、くやしさのためであるといえばよいであろう。日本人は得てしてくやしい感情を持ち、また奇妙なことだがそれを大事にする。くやしい感情自体をいやしむべきものだとは思わない。そこで歴史上の人物で、くやしさを充分経験したと思われるものと同一化し、その人物を持ち上げることによって自分自身のくやしさのカタルシスをはかっている、と考えられるのである。
同じような傾向は、歴史上の人物と限らず、同時代の人間に対しても現れるようである。例えば、最近のこととしては全共闘に対する世間の漠然とした同情がそれである。殊に心情三派と称される層がかなり幅ひろく存在することはこのことのよい証拠であろう。この事実は全共闘の主張そのものに一般の共鳴を呼ぶだけのものがあることにもよるのかもしれない。しかしそれだけでは説明しきれないように思われる。それはこのように全共闘に味方するものでも、多くはその暴力的行為を是認するところまではいかないからである。ただ彼らは、それも止むを得なかったのだ、という形でこれを容認する。したがって全共闘がその暴力的行為故に機動隊によってとりしまられることに対しては、全面的に全共闘の側に立つ。この反応が機動隊の方が圧倒的に強く、全共闘の方が弱いという事実によって助けられていることはあまりにも明らかであろう。すなわちこの場合多くの者は全共闘の学生たちが感ずるであろうくやしさと無意識のうちに同一化し、かくしてしばしば頭では彼らを批判しながらも、心情的には声援を送る結果となるのである。
このように日本人がくやしさの感情を大事にする点は欧米人と随分違うところであると思われる。もちろん欧米人にも復讐の観念はある。しかしこれは正義感と密接な関係があるのに対し、日本人のくやしさは必ずしも正義感と結びつかない。むしろそれは上述したごとく甘えと関係がある。ただ欧米でも近年問題とされるようになったルサンチマンの心理はくやしさに近いといえるであろう。しかしこのルサンチマンが欧米ではあまり口外したくない感情と見なされている点は、日本でくやしさが重んじられるのとまさに対照的である。周知のごとくニーチェは、キリスト教道徳の背後に奴隷根性のルサンチマンがあると論じた。またニーチェより前に、ニーチェとキリスト教に対する態度は根本的に違うが、ニーチェとほぼ同じ意味で、キェルケゴールがルサンチマンの害毒を警告しているという事実がある。さらに現代ではマックス・シェーラーがルサンチマンについて詳しくのべているが、もちろん否定的な評価であることに変りはない。このように同じ感情が東西で全く評価を異にするのは興味深いが、この理由は結局甘えの心理の有無に帰着するのではなかろうか。
日本でもくやしさの感情自体は決して快よいものではなく、しばしば病的状態に直結することがわかっているが、それにも拘らず、この感情を大事にするのは、結局このもとになる甘えに対して、日本人が肯定的な態度を持しているためであろう。西洋人はこれに反してルサンチマンを非難するが、もちろんそうしたところでルサンチマンが消えるわけのものではない。キリスト信者の隠れたルサンチマンを盛んに攻撃したニーチェ自身ルサンチマンの持主であったことが何よりの証拠である。しかしここで最も興味深いことは、近代の西洋人がルサンチマンの心理を通じて漸く甘えの心理に接近しつつあるという事実なのである。

被害者・被害者意識・被害妄想・被害的など、現在われわれがしばしば使う被害という言葉は、元来は加害者・被害者という一対の法律用語として、明治の初期につくられたものであろうと思われる。その証拠に明治以前の書物にこの語をのせたものは見当らない。またこれは中国の成句でもないと聞いている。面白いことに、被害妄想と訳されたもとのドイツ語Beeintrachtigungswahn にも、文字の上では被害の意味が含まれていない。これを直訳すれば単に侵害妄想となるが、その真意は侵害されたということであるから、被害妄想という訳語の方がもとのドイツ語よりもはるかに正確ということになるのである。なお、被害的という形容詞は、被害妄想の傾きがあるということで、恐らく精神科医がはじめに使いだしたものと思われるが、今日では、「ある事柄を被害的に受けとる」などという風に、かなり広く使われている。このように被害の心理をあらわす便利で含みのあるいい方は日本語以外の他の言語にはあまり見られないのではないかと思われる。例えば、「ある事柄を被害的に受けとる」ということを英語で表現しようとすると、「ある事柄を自分が攻撃非難されたかのごとく誤って感じ取る」というようにいいかえねばならないのである。
これを要するに、被害という言葉は日本語として比較的最近つくられたものであるにも拘らず、現在ではわれわれの言語生活になくてはならぬものの一つとなっている。このことはもともと日本語の中に被害の具体的事実をあらわす表現が多いことと恐らく無関係ではないであろう。その一つの例が金田一春彦氏があげている日本語の受身の用法である。日本語では、英語のように、「大工によって家が建てられた」といういい方を普通しない。その代りに「遊び場に家を建てられてしまった」という英語にない受身の用法があって、それによって家を建てられた結果遊び場を奪われた子供たちの気持をあらわすことができる。「今日は雨に降られた」といういい方も同じことである。このように日本語では、害を受けた時に受身を使うことが特徴的であるが、このことと平行して、「……してくれる」とか、「……してもらう」、また「……してやる」とか、「……してあげる」という利益の教授を示す表現が顕著であることも注目されてよい。それは明らかに利益を受けられなかった場合の心理、すなわち被害的心理の存在を暗示しているということができるのである。
日本語にはこの他にも被害的心理をあらわすものとして、「邪魔される」「邪魔が入る」という大変便利な表現がある。邪魔という語は元来は修道を妨げる邪悪なデーモンを意味する仏教語であるが、いつ頃からか日常語としてすべて心の平和を乱すものを指すようになったようである。なお邪魔という語は、単に被害的心理ばかりでなく、「邪魔する」「邪魔になる」「邪魔にする」など、それに続く動詞の形をちょっと変えるだけで、いろいろに屈折した心理を表現できるという特性がある。私はこの点に興味を持ち、かつて一文を草したが、その中で邪魔の意識と甘えの心理との関連に言及して次のごとくのべた。「甘えるといえば当然その原型は幼児の甘えであるが、この場合は自分の甘えの対象すなわち母親を独占しようとし、母親が他の者に注意を向けることに強い嫉妬を抱く。すなわち他の者は彼の眼に邪魔と映り、彼は邪魔を取り除こうと努めるのである。このように甘える場合に邪魔が意識されることが多いのは、元来甘えることが満足されるか否かは相手次第であり、甘える者が相手に対し受身的依存的姿勢をとることに関係があると思われる。甘える相手は自分の意のままにならないから、それだけ甘える者は傷つき易く干渉されやすいのである。」
結局、邪魔意識すなわち被害的心理は甘えの心理と密接な関係があり、日本の社会では甘えの心理が支配的であればこそ、邪魔ということを人々が強く意識するようになったのだということができよう。例えば、前に説明した「すねる」「ひがむ」にも被害的心理は含まれている。なお、「邪魔される」「邪魔が入る」という風にはっきり被害的心理が打ち出されている場合以外でも、およそ邪魔という言葉を使う際は、そこに被害的心理が反映しているといってよいのである。例えば、「邪魔する」加害的心理は「邪魔される」被害的心理の裏返しであって、後者があらかじめ了解されているのでなければ、意識され得ない。次に、何かを「邪魔にする」心理は、極く軽妙な被害的心理で、先にのべた「とらわれ」がこれに相当すると考えられる。また自分の存在が「邪魔になる」心理は、「邪魔される」心理が内攻したもので、邪魔を排除できないために、遂には自分自身を邪魔として意識するようになる場合である。
以上見てきたように、被害的心理は日本人の心理の根底に巣喰っている極めて日常的なものと考えられるが、このことと関連して興味深いことは、被害者意識というような熟語が造られていることである。これは一時的に被害感に悩むことに留まらず、自分の社会的立場自体を被害者のそれとして意識することであるが、このような熟語が生れたのは勿論それが必要であったからに他ならない。現に丸山真男氏は、日本の社会の各方面で指導的立場にある人たちが、指導的立場にあるにも拘らず、被害者意識に悩んでいるという逆説的事実を指摘しておられる。丸山真男氏はこれを、日本の社会がタコツボ型の発達をしてきていることに関係づけられているが、しかしそのことも根本的には日本人の中に潜む被害的心理、結局は甘えの心理に発することであると考えてよいのではなかろうか。ところで右にのべた被害者意識はいわゆる正常人の場合で、それこそ日本人特有の人間関係から見て了解可能の範囲に属する。しかし時に被害意識が極めて鮮烈で、周囲の事情を考慮しても充分に了解できないという場合がある。これが精神医学でいう被害妄想であって、この種の妄想を抱く者は自らをもっぱら被害者として意識している。これが正常者の被害者意識と異るところは、正常者の場合は、被害者意識といっても決して単独ではなく、自らの属する集団とその意識を共有しているのに対して、被害妄想者の場合は、自らが社会の中で全く孤立していることに損する、といえるのである。
さて病的な被害妄想を抱く者たちの心理は、たしかに表面的には了解困難であるが、しかし根本的にはこれを甘えの心理の病的変容として理解することが可能である。彼らが社会的に、またしばしば家庭的にも、孤立していることが何よりの証拠である。彼らのうち少なか
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らぬ者はかつて人に甘えるということを経験しないで育っている。それは主として育った環境によると思われるが、しかし環境自体彼らが先天的にあまりにも過敏であることによって形成されたと考えられる場合が少なくない。かくして彼らは周囲の眼に見えぬ圧力にほとんど押しつぶされんばかりにして成人する。
彼らは漸く自己に目醒めねばならぬ時期が到来しても自己を自己として意識することができない。彼らは、「邪魔される」、「自分の考えが取られる」、「考えを吹き込まれる」、「誰かにあやつられている」と言う形でしか自己を認識できず、「自分は自分だ」という風に自己を意識することができないのである。以上の状態が見られる時、われわれはこれを分裂病と診断するが、このような発病の形を取る者は比較的若年者に多い。ところでいったん社会的に成人を遂げた後に、危機的状況に際会して発病する場合は、もっと具体的な被害妄想が結実する。
例えば、近所の者がひそひそ話をしているのは自分の悪口をはっているのだ、といった類である。またこのような被害妄想はしばしば誇大妄想に裏打ちされていることもある。例えば、自分が迫害されるのは、特別な人間だからだ、といった類である。なお被害妄想・誇大妄想が見られるのは、分裂病と診断される場合に限らない。それ以外の病型にも現れることがあるのだが、これ以上この点を論ずることはあまりにも専門的にわたるので、ここでは触れないことにしよう。
ただここで一言つけ加えておきたいことは、成人した後被害妄想や誇大妄想を発するほどの人は、もともと執念的な性格を持っていることが多いという点である。執念というのは大変含蓄のある言葉で、「執念深い」というと、先に説明した「悔しい」心理にきわめて近い。ただ「執念深い」という場合は「くやしい」を一歩進めて、復習の目的を追求する意味が含まれる。なおこの復讐が単なる個人的怨恨に発するものではなく、社会的に容認されている何らかの競争場裡で勝利を得たいという動機に発している時は、「執念の人」といって、賞揚されることが多い。
かかる人はあらゆる困難に負けず、目的貫徹に邁進するので賞揚されるのである。ところで被害妄想や誇大妄想を発しやすい執念的な人間は、執念の目標が非現実的で、漠然とした充実感・全能感を追求しているとしか考えられない人々のようである。彼らが幼時全く甘えなかったといったら嘘になるが、しかし本当の意味で甘えを享受しなかったと思われる。いいかえれば、甘えを媒介として人との共感関係を経験したことが少ないのである。したがって彼らの甘えの追求は独りよがりとなる傾向が多く、何なりと自分のきめた対象と一体化することによって自己の充実感を得ようとする。
したがって彼らには何か物にしがみつく傾向が顕著に発達する。この場合、一体なぜそんなにしがみつくのかと彼らに聞いてみても、うまく答えられない。彼らは自分でも本当のところは良く分からないのである。このような人間は、人生の途上で何か決定的な挫折を受けたと感じた場合、観念的には挫折を理解するが、しかし本当には挫折を容認することができないので、ここに被害妄想・誇大妄想を発し、ますます自らの殻に閉じこもると考えられるのである。

「自分がある」とか「ない」とか言う表現は日本語に独特なものである。自分は私・僕・俺と並んで、一人称代名詞の一つと考えられるが、しかしただの一人称代名詞と異って、反省的にとらえられた自己の意識を暗示している。欧米語で言えば、再帰代名詞に近い。そこで、「自分がある」とか「ない」という場合は、実はもう一つの代名詞が背後に隠れているのであって、それをはっきり表現すれば、「私は自分がある」「私は自分がない」、あるいは、「彼は自分というものを持っていない」、などのごとくなるであろう。ところで「自分がある」とか「ない」とか言うのは何を意味するかという点であるが、右にのべたように、自分とは反省的にとらえられた自己の意識であるとすると、それはこのような意識の有無を指すことになる。
しかし問題はなぜ日本語においてこのような意識の有無をことさらに表現するのか、ということであろう。というのは少なくとも欧米国にはこのような日常的表現はない。欧米語では、一人称代名詞を使う限り、すでにして自我は意識されているのであり、自我が意識されているのであれば、「自分がある」のは当然であり、したがって「自分がない」などということは論理的に不可能である、と一般的に考えられているからである。この点はしかし若干問題がある。というのは一人称代名詞が使われているからとて、必ずしも明瞭に自我が意識されているとは限らないからである。例えば、話し始めて間もない小さい子供の場合を考えてみよう。
なるほど彼はすでに一人称代名詞を使うかもしれない。しかし彼が自己を反省的にとらえているとは到底考えられない。ましていわんや、一人称代名詞を使う前、自分の呼び名を使って三人称で自分のことを語る時は、これは日本ではかなり遅い年代まで続くのであるが、なおさらのことである。もっともこのような場合にも、カントがいうように、「人間がいまだ自我を語ることのできぬ時ですら、一人称で語る際すべての言語は自我を思惟せざるを得ない。」ということはできるであろう。しかしこれはいわばポテンシャルにそうだというのであって、実際に自我が反省的に思惟されているというのとは程遠い現象である。
このことから次のような結論が導き出される。すなわち一人称代名詞が使われている場合でも、自我が自我として意識されていないことがあり得る。欧米では言語的に一人称の使用が強制され、非常に早くから自我意識が目醒めさせられるので、一人称を使いながら「自分がない」というような表現が日常的とはならなかったのである。そしてこれに似た表現を用いることは、病的の場合に限られてしまったのである。これに反して日本では、一人称の使用が省かれる傾向にあるために、却って自分があるかないかということが鮮明に意識されるようになったと考えられるのである。
そこで以下しばらく、日本語の「自分がある」「自分がない」について、その意味するところを考察してみよう。まず非常にはっきりしていることは、この二つの表現がそれを用いる個人の周囲との関係を標示していることである。ここで周囲というのは自然的環境ではなく、個人がその中に置かれている人間関係すなわち集団のことである。この関係は大体次のようになる。もし個人が集団の中にすっかり埋没していれば、その個人に自分はない。しかし集団の中にすっかり埋没しているところまでいかなくても、したがって個人が集団の中にある自己を自覚し、場合によっては集団の利害と一致できない自己を苦痛を以て認める。
もし集団の物理的強制の結果としてではなく、むしろ集団に所属していたいという自らの願望が苦痛より勝っている故に、苦痛を押し殺して、あるいはまた、結局それと同じことであるが、集団に対する忠誠心の故に、集団と対立する自己を主張しないとするならば、やはりこの場合もその個人に自分はないといわなければならない。ここまでいえば、「自分がある」という表現がどのような状況に妥当するかはおのずから明らかであろう。それは必ずしも集団を否定することには存しない。しかし集団所属によって否定されることのない自己の独立を保持できる時に、「自分がある」といわれるのである。
ここで重要なことは、以上のべた葛藤的状況の本質が実は個人の内部にこそ潜んでいるという点である。すなわち個人は、できることなら集団の利害を自己のそれに一致させたいと願っている。しかしそうできない場合、敢えて自己を主張しようとすることはわがまま・自分勝手という非難を招く。この非難はある意味で極めて皮肉である。なぜなら、彼はわがまま・自分勝手に事を処理しようと欲しても、現実的には、ふつうそれが不可能だからである。彼はさらに、現実にわがままを通すことが不可能であるばかりではなく、内心にも深い痛みを覚える。というのは、彼にとって集団はもともと大きな心の支えであり、集団から離反して孤立することはそれこそ全く自分をなくすことであり、それを堪えられないことと感ずるからである。
そこで彼は止むなく自己を一時滅却してでも集団に所属する方を選びとろうとする。これは実は前に説明した義理人情の葛藤と本質的に変りはない。義理人情の葛藤が結局は甘えに根ざしているように、この個人対集団の葛藤もその本質は個人の甘えに発していると考えられるのである。従来日本では心情よりも義理、個人よりも集団が重んじられてきたが、以上の考察が示すごとく、これは一見極めて利にかなったということができる。大体人はその本性からして集団を求め、集団なくしては生存することができない。したがって小我を捨てて大我を取ることが美徳として賞揚されるならば、一層集団と行を共にすることがやりやすくなる。かくして集団内部の人間関係の摩擦は最小限に抑えられ、集団活動の効率は一段と高くなるのである。
日本人が古来国難に際して一致してそれに当る美風を誇ることができたのは、主としてこのことによるのであろう。また欧米人を瞠目させた明治以降の急速な近代化、さらに今次大戦後の疲弊から四半世紀で世界の経済大国にのし上った実力も、前に第二章で説明したごとき外国文化に対する摂取受容の態度にかてて加えて、挙国一致の態勢が容易にとれることが、あずかって力あったということができよう。最近の万博について見ても、政府機関の総力をあげてその準備が強力に押しすすめられ、いったん幕が開くと国民総数の半ばにも達する観客が集まったという事実に、同じような国民性の発露を見ることができる。なお日本人が一般に意見の対立を好まず、何かを決定せねばならぬ時はなるべく全員一致の体裁をとりたがるのも、同じような傾向のあらわれと考えられるのである。
さてこのような傾向はなるほど一見よい結果を生むのであるが、しかしだからといって手放しで安心しているわけにもいかないように思う。それというのは、よく集団心理といわれるように、集団は得てして万人に共通した人間の最も低い衝動によって動かされることが多く、これに対する個人の抵抗が全く封じられてしまえば、付和雷同や迎合以外に個人のとるべき道はなくなってしまうからである。この事情を理解するには、満員電車の中につめこまれた時のことを考えてみればよいのであろう人々はこの場合、電車が急に発車したり停車したりする時に起きる圧力に抵抗するだけの自由を持たない。ではただ無抵抗に押されたままでいるかというと、そうもいかず、自らも知らず知らず押された方向に強く押している結果が招来される。
であればこそ満員電車は危険で思わぬ惨事を引き起こすことがあるのであるが、同じことが実は個人の集団に対する効果的な抵抗が許されない社会においても起きると思われる。集団ヒステリーというのはこのような現象を指している。個人的なヒステリーはわがままを通そうとして起きるものであるが、個人のわがままを許さない集団も、集団全体としてはヒステリックな行動に出ることがあり得るのである。ここでヒステリーという言葉について一言説明すると、それは行動の動機が周囲の気を引くことに存し、周囲の動向に敏感に反応しながら、しばしば極端な手段に出ることを指して
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166〜173
いう。このような態度は、周囲の注意を一身に集めようとするところから、ふつう自己中心的と形容されるが、しかしこれは「自分がある、ない」という意味で自分があってのことではなく、そのようにしないと自己の存在が確かめられないからである。これを漱石が「現代日本の開化」という講演の中で使った用語を以ていえば、内発的ならざる外発的な動機によって動くといってよいであろう。外発的であるから、周囲の事情が一変すれば、それに伴って自分も変らねばならず、そのことから熱し易く冷め易いという特性が出てくる。すなわち今日一つのことに付和雷同しても、明日はケロッとして別のことにしたがうということになるのである。
以上のべたのは個人のヒステリーの場合であるが、集団ヒステリーの場合にも、大体同じことがいえると思う。例えば、昨今世間を騒がせた大学紛争であるが、これはもちろん相当の理由があって起こったことであり、一概に病的現象と片付けるわけにはいかない。しかしにも拘らずその経過が多分にヒステリー的要素を含んでいたことを否むこともできない。私がいうのは、この大学紛争が一種の流行のごとく各大学に飛火し、たちまちにして同調者を集め、大学を嵐の渦巻きの中に陥し入れたかと思うと、今度は大学外の政治情勢を敏感に反映して、やはりたちまちの中に静かになってしまったという事実である。ある大学教授は、一年前まではあれだけ熱心に、授業を放棄してまでも大学を改革しようとした同じ学生たちが、今や運動はどこへやらひたすら授業にいそしんでいる姿を見ると、変な気持がするとのべていたが、もっともな話である。改革をさえぎる壁が厚かったからというようなことでこの現象を説明しきることはできない。このことはたまたま先の大戦において、開戦とともに鬼畜米英徹底抗戦に立ち上った全国民が、終戦とともに親米英の民主主義謳歌に一変した歴史的事実に極めて酷似しているのである。
以上、「自分がない」ということを、個人が集団に埋没ないし従属する場合として説明してきた。しかしこれと反対に、個人が全く集団から孤立して、文字通り天涯の孤児となる場合にも「自分がない」という意識が生れることをのべておこう。大体、人々はこのような事態を何よりも恐れるので、何はともあれ集団に所属していたいと願うのだ、と考えることができるほどである。
このことを説明するエピソードとして最近私が経験したことが若干参考になるであろう。それは現在の医療が持つもろもろの矛盾に対し、私がどのように対処しているかということで、若い医師たちから突き上げられた時のことである。具体的なことをのべないとわかりにくいと思うが、問題は、直接私に責任はないある事件と関連して、私がそれまで関係していた病院を辞めたことに出発した。私がそのことを決心したのは、そうすることによって責任の所在を明確にするとともに、私の辞職によって事業が縮少した分だけ病院の執行部が直接責任のある事件の解決に全力を注げるようになるだろうと期待したのである。しかしこの私の論理は若い医師たちに全く理解されなかった。彼らは私がなぜ自分の影響力を行使して事態の収拾に乗り出さないのか、そうしないことは逃げることだと評した。
私はこの評を甘んじて受けたが、すると一人が、もし同種の事件が私の関係する今一つの病院で起こった場合も同じように行動するのか、ときいてきた。私はちょっと考えてから、多分そうだろう、と答え、最後には一人になって開業すればよいのだから、と付け加えた。すると彼は、「それでは先生のアイデンティティがなくなるではありませんか」といって、全く理解に苦しむという表情を示した。私が今この話をするのは、私のとった態度が正しかったということをいうためではなく、この最後にのべた若い医師の発言がまさに問題の核心をついていると思うからである。ここでアイデンティティというのは、自分に相当すると考えればよい。私は自分が孤立しても、逃げたと評されても構わなかったし、それよりもこれまで私との連りに依存していた病院の執行部をこの機会に自力で立ち上らせたいと願ったのだが、この若い医師にとり、孤立することは自分を失うことに他ならなかったのである。
たしかに自分が所属している世界が失われることは、通常自己喪失として経験される。ある患者はその時の恐怖を感慨をこめて私に物語ったことがあるし、また別のある患者は、所属を失った心境を、「自分は点のようなものだ。階級も、家族も、職業も、およそ自分の属性になるものがない。」とのべている。これと類似した表現は、他に幾つでもあげることができる。例えば、「自分の心が見えるんですが掴めない。掴もうとすると、沈んでいってしまう。」、「自分がなくなってしまいそうで、自分と他人の区別がつかない。」、「自分自身の中に戻っていける自分がない。」などがそれである。なお前項の被害感のところで説明した「邪魔される」「考えが取られる」「考えが吹きこまれる」「あやつられている」という形で自己を意識する場合も、同じように「自分がない」状態といってよいであろう。
なおこれらはすべて分裂病と診断される患者たちの陳述であって、先にあげた集団に埋没して自分がなくなる場合とは異る。分裂病者は集団から全く孤立することによって自分がなくなるのである。彼らのいうところは一見おかしなこととして顧みられないことが多いが、その背後にある彼らの体験は人間存在の一番根底に潜む法則をわれわれに開示している。それは、人間は何ものかに所属するという経験を持たない限り、人間らしく存在することができない、ということを教えているのである。以上のべたことを、いいかえて、人間はかつて甘えるということを経験しなければ、自分を持つことができない、といってもよいであろう。先にのべたように、所属する集団に埋没しても自分はなくなってしまうが、しかし埋没せずわがままに振舞えば、自分が出てくるかというと、そうもいかない。
わがままを通そうとすれば現実の壁にぶつかってヒステリーを起こすのが関の山である。それなら適当に大勢に迎合し付和雷同すればどうかというと、それでもやはり駄目である。それどころかこのような態度は、所属する集団を毒し、集団ヒステリー的現象を生むもとともなる。要するに、自分を持つということは非常にむつかしいことである。私は以上、もっぱら日本人の場合を例にあげたが、それは日本人の場合このことが極めて明瞭に観察されるからであって、何も日本人だけが「自分がある」という心境に到達することが困難であるわけはないであろう。しかしもし、例えば欧米人において、「自分がある」という自覚が日本人に比較してより持ちやすいとするならば、それは彼らの精神的伝統の中に、個人をして集団を超越せしめる何ものかが存するからであろう。
それは集団を超えながら、しかも確実な所属感を個人に与える何ものかである。この点は前に「甘えと自由」の項で論じたことに関係があるのでこれ以上のべないが、ともかく欧米においては日本人におけるごとく「自分がない」ことが美徳とはならない。しかしその結果として欧米では、内心には「自分がない」状態に対する複雑な気持を秘めながら、さらに場合によっては実質的に「自分がない」ことを知りつつも、それでもなおかつ、あたかも自分があるかのごとくふるまうという、日本とは全く反対の現象が見られるように思われるのである。この点に関し、近年欧米で喧伝されるようになったオーガニゼーション・マンという問題意識は大変面白い。右にのべたごとく、欧米人はふつう集団に対する個人の優位を意識するので、自分たちは集団から内的に自由であり、決して集団に従属してはいないと考えたがる。
もちろん彼らも何等かの集団に所属はする。しかしこれは自主的任意的な参加を前提としたもので、したがって辞めようと思えばいつでも辞められることが建前とされている。このことを最も象徴的に示すのが各種の社交クラブであろう。これは日本人ではほとんど発達しなかった制度であって、そこに欧米人の特色を見ることができるのであるが、その彼らが昨今では、知らず知らずオーガニゼーション・マンになっているといって騒ぎだしているのである。私はこの背景となっている社会学的条件についてはほとんど知らない。そこでは恐らく資本主義的社会機構とか官僚組織ということが問題とされているのであろう。また今日の脱工業化社会の中で、個人が複雑に張りめぐらされた網の目にとらえられ、身動きできない状況におかれていることが関係しているのかもしれない。
しかしそのことよりも私はこのオーガニゼーション・マンという問題意識の中に、欧米人の中に起きていると考えられる微妙な心理変化の反映を見たいと思う。すなわち建前としては集団に対する個人の優位を信じている彼らにも心理的な所属欲求は存するはずである。これはいいかえれば甘えのことである。そしてこの欲求は個人の自由に関する西欧的信仰が破綻しつつある今日漸く意識の表層に出かかっているのではあるまいか。彼らはしかしこのことで複雑な気持を抱かざるを得ない。彼らはもしこのまま事態が進めば、それこそ個人としての自分がなくなりはしないかと恐れ、そこでオーガニゼーション・マンという警告が発せられるようになったのではないかと私は考えているのである。


青年の反抗ないし世代間断絶は、現代社会における最も切迫した問題の一つとして、現在全世界的な関心の的となっている。私は以下にこの問題を甘えの心理の観点から考察しようと思うが、このことはもし甘えの心理が単に日本人にだけ特異なものであるならば、上述の現象が全世界で起きている事実から考えて、あまり意味のないことである。しかし以上のべてきた各章において明示したように、甘えの心理は日本人の場合特に顕著にあらわれ、それ自体一つの意味世界を形造っているのではあるが、しかしそれだけに却ってそれを以てそれ以外のものをはかる手段となり得る便宜がある。かてて加えて、今日の世界においては、通信交通の進歩発達により、世界の一箇所で起きたことが直ちに全世界に伝えられ、その影響 (工事中)
