月刊ひとりよがり
たんぽぽ
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東から暖かい太陽が顔を出し、枯草の上に厚く積もった真っ白な霜が水滴に変わるころ。老いたメス猫のタンポポは身体の面積をいっぱいに広げガラスごしに太陽の光を浴びていた。
以前は頻繁に野鳥を捕獲してきた彼女も最近はめきり老いてきたのかトイレに外へ出る以外、ソファーと窓辺のカーペットの間を行き来し定位置の寝床で眠ることが日課になっている。
タンポポが三毛猫の花から生れたのは丁度、十年まえの春先であった。一緒に生れた二匹の兄弟(オス1メス2)のオスであった桃太郎は青年になた或る日、旅に出たきりゆくえ知れずのままである。もう一匹のメスの桜はすでに他界し花と共に一緒の墓に眠っている。
桜とタンポポはまったく正反対の性格をしていた。桜は若い頃から一切小鳥や小動物などを捕獲することはなく、汚れるのを極端に嫌い、柔らかい缶詰のフレークを何時も食べていた。切れ長の目をした美人であった。
そんな桜がなにかに驚き、国道に出て交通事故に合い死んでからはタンポポは長い間ずっと我が家ではたった1匹の猫であった。
それでも、彼女は何時も素早い行動で庭を掛けまわり自分のペースを崩さず,野生の本能を磨きながら生活を送っていた。そして硬いキャットフードを飽きずに食べ続け、今でも丈夫な歯を保持している。そのせいか老いた猫に良くある歯槽膿漏や口臭とは無縁である。
タンポポの最愛の人間が私の妻であり。なぜか妻の言うことを理解しているようである。
彼女は何時も妻の後を追い行動を共にし、妻が畑に行けば後を追い、そして妻の仕事の終えるのをそばで話を聞きながら待つのである。
妻が洗濯物を干しに行く時も必ずついて行き。帰りには庭に有るクヌギの株立ちに一騎に5mほど掛けあがり、後ずさりしながら半ばまで降りてくると向きを変え、飛び降りるのであった。
タンポポは毎日、早朝4時になると私のベットの上に乗り私を揺り起こして玄関の戸を開けさせて外に出かけて行くのである。私は猫の集会に行くのだと興味深々そっと後をつけてみたが途中で見失い、行き先はわらないままである。
彼女は年のわりに敏捷で小鳥や小動物を捕らえては家の者に見せに来た。その場で小鳥などは丸ごと食べてしまうのだ。その後、未消化の羽毛は草を食べた後ペレットとして吐き出すのである。
そんなタンポポに数年が過ぎた。

今年のお盆に入って間も無いことである。玄関前に咲くハチス木の根元でかすかな泣き声がした。丸く刈り込んだツツジの植え込みの中から小さな身体を振るわせながら出てきた子猫はやっと目の開いたばかりの体長20cm余りのトラ縞の子猫であった。
この子猫が、起こす数々の事件がタンポポを悩ますことになる。
この猫を見た誰もがごくちいさい身体の子猫が野良猫になり一人で生きて行くことは不可能と思えた。
私の妻も同様であった。
最初の出会い。
時季遅れに数りん咲いた丸く刈り込んだツツジのすき間から出てきたチビ猫にそっと近づいたタンポポは
首をできるだけ長くしチビ猫の顔に鼻を近づけた。
チビ猫は一瞬たじろぎ小さく震えたが、即座に精一杯背を高く丸く身体を最大限に見せ顔を破裂しそうな風船の様にし「フー」と声とも言えない息をを出し威嚇した。それでも動じないタンポポに、すぐさま右手を振り下ろし、タンポポの鼻の頭に爪を立てたのである。
それいらい、2匹の間はスッキリいってない様だ。どちらかが擦り寄っても必ず一方が拒否しているのである。
チビ猫はその後妻がトラ坊と名づける。この名前には幾つか意見が分かれて問題があった。私は子猫の脚の裏(指)が黒豆の様に艶々して旨そうだったので丹波黒豆と名付けようとしたが、これは却下され不満だが猫の食事係にたてつく訳にはいかず丸く治めた。
年老いたタンポポにとってトラ坊はやたら家の中を走り回り昼寝のさまたげになり時折、堪忍袋の切れたタンポポがトラ坊を追いまわすのである。
私達の前で、そんな2匹が」、最近はたがいに顔をすりよせ、冷たいはなを付け合っているが、身体はタンポポより大きくなったトラ坊はまだ子猫、時折爪を立てタンポポにしかられ、すごい勢いで逃げて来ては妻の後ろで小さくなって様子を伺うのである。
つづく!
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