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参加者の協力もあり、ガイドの任務を無事果すことができました。山歩きの名水の旅というのもはじめてなら、山歩きそのものがはじめてという人も来られていました。
天気にも恵まれ、思い出になる1日が過ごせました。
最初の挨拶で、新中住職の本を見せて、下記のとおり話しました。
『このハイキングを思いついたのは、新中瑛亮住職が出版された「物語・松笠観音寺」という本が、NPO松笠山の会の関係者から私の手許に届けられたからです。住職は、2000年(平成12年)にこの本を出版され、1ヶ月ほど後に急逝されました。私は、直接御会いしたことはないのですけれども、40才前半という、若さだったそうです。「物語・松笠観音寺」という本は、松笠山の大切さを教えてくれるものでした。本を書くことの作業の大変さは、私も経験するところでもあり、精神力がいる作業です。それほど精神力をすり減らし、住職が、いったいなにを書き残したかったのかをお話してみたいと思います。今日は、この本と、名水賛歌の取材経験から知りえた知識で、新中住職の高い志がすこしでも多く伝わるように、松笠山の案内をさせていただきます。本日、松笠観音寺本堂前に立たれましたら、新中住職のご冥福を、お祈りくださいま
すよう、よろしくお願いいたします。』
また、歴代住職の墓地では、四世住職覚心阿闍梨の命日が、11月20日であることを説明し、皆で合掌をしました。
参加人数は16名、原爆語り部で原爆献水供養者である宇根利枝さん、御歳86歳も参加してくださいました。特に、ご高齢の宇根さんが登頂(松笠山:標高374m)に成功し、無事に下山できたことにつきましては、たいへん嬉しく思っております。宇根さんが、松笠山山頂に、皆に遅れること約30分、到着すると、心配していたみんなが拍手喝采、宇根さんは、両手をあげ万歳をして歓声に応えました。
宇根利枝さんは、今朝、早朝に我が家に立ち寄り、この山に登れたことに歓びを感じたことなど、2時間くらい世間話をして帰られました。(今朝の私は、もう2時間くらい、朝寝坊したかったんですけど、、、、。)そして、「しわしわ」「ぶよぶよ」の、ふくらはぎを見せてくれ、「らっきょうのところ(ふくらはぎのこと)が、すこし突っ張る程度」と、健在ぶりをアピールして、どこかに出かけていきました。宇根さんは、2週間くらい毎日なんらかのスケジールが詰まって忙しそうです。
宇根利枝さんについて知りたい。↓ ↓
http://hc2.seikyou.ne.jp/home/n-koi/une001.html
松笠山のガイドのテーマは、
安芸の国の大峯山といわれる松笠山
牛田不動院と松笠観音寺と龍泉寺との関係
山岳信仰と千年滝と水禅定(みずぜんじょう※、水の修行のこと)
弘法大師伝説の残る御清水井戸
などをお話ししました。
その他、地域の歴史を説明したり、松笠山の会の保全活動についても説明しました。
当日は、第三日曜日で、松笠山の会の作業日でしたので、会員さん達とは、挨拶のみ
で、一緒に歩いたりお話したりできませんでしたけれども、錦川鯉としては、新中住
職の本をはじめて読んだ時、亡き新中住職に「たのんだぞ」と言われたような気がし
ていたので、取りあえず1度は、お約束を果したような気がしてます。
錦川鯉
(※ ×みずぜんてい→○みずぜんじょうに訂正 2004年11月28日)
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