The Beatles Live In Japan
Document 1966
■ビートルズ日本公演/損益計算書
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費用勘定 |
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収益勘定 |
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ビートルズへのギャラ |
54,000,000 |
入場料収入 |
100,300,000 |
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航空券 |
5,500,000 |
プログラム販売利益 |
8,600,000 |
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ホテル代 |
3,600,000 |
テレビ放映権料 |
4,000,000 |
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ガードマン・アルバイト |
6,200,000 |
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保険料 |
2,000,000 |
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会場使用料(武道館) |
12,700,000 |
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超過手荷物運賃 |
3,000,000 |
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入場税 |
10,300,000 |
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主催者側純利益 |
5,600,000 |
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112,900,000 |
112,900,000 |
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■公演チケット内訳 チケット配布先 ・読売新聞第一次抽選 8,000 ・追加公演分抽選(第一次抽選の落選者より) 12,000 ・東芝音楽工業抽選 2,000 ・ライオン製品添付の応募券による抽選 5,000 ・ファンクラブ優先購入分 4,000 ・招待 500 ・日本航空パックツアー分(大阪、福岡、札幌より) 3,000 ・パット・ブーン/フランス・ギャル公演の半券により優先購入できたチケット分 4,000 ・ニュー・クリスティ/ミンストレルス公演の半券により優先購入できたチケット分 4,000 ・その他 7,500 50,000枚
■来日に際し持参した楽器
ギブソンJ-160E
(未使用)
リッケンバッカー・ベース(未使用)
リッケンバッカー360-12
ギブソンSG(未使用)
■ビートルズの足跡
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羽田空港(大田区) |
ビートルズが初めて日本を踏んだ地。このころすでに成田空港建設の計画はあったものの、当時は羽田空港が世界への玄関となっていた。現在は“愛称:ビッグバード”として、西側に移転し、主に国内線として営業している。 |
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旧東京ヒルトン・ホテル(港区) |
ビートルズが宿泊したホテルであり、ヒルトン・ホテルは新宿へ移転。現在はキャピトル東急ホテルとして営業を続けている。ビートルズが止まった部屋は改装され、当時の面影は無いが、現在でも“ビートルズの泊まった部屋を”と予約を入れるお客さんも数多くいるそうである。 |
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日本武道館(千代田区) |
当時は武道専用の競技場で、ビートルズが初めてロック・コンサートに使用した。以降様々なミュージシャンやグループがここでコンサートを開くようになったが、"BUDOKAN"として海外にその名を知らしめたのは、1979年のチープ・トリックの公演であろう。この時のライブ盤をリリースしたのがきっかけで、一躍有名になった。 |
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オリエンタル・バザー(渋谷区) |
原宿の表参道に面した古美術店で、ジョンがホテルを抜け出し立ち寄った。現在はにぎやかな原宿であるが、当時は閑静な住宅街であった。 |
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朝日美術店(港区) |
原宿から六本木にやってきたジョンがここへ立ち寄った。ここでジョンは400〜500万円の買い物をした。現在は若山美術という店になっている。 |
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皇居前広場(千代田区) |
ポールはホテルを抜けだし、カメラ片手にここで散歩を楽しんだ。現在では高層ビルがまわりを取り囲み、ポールが見た景色とは随分違ったことだろう。 |
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首都高速(都内各地) |
タラップに横付けされたキャディラックに乗り込んだビートルズは、羽田空港から首都高速羽田線を経由してヒルトン・ホテルへ向かった。現在の首都高速は、どこを走っても渋滞が有名だが、当時は自動車の保有台数も少なく、快適に走れたようだ。当時はビートルズのために一般車の通行を規制したため、関係者以外の車は通っていなかった。これを見たマネージャーのブライアン・エプスタインが「日本の道路は空いているな」というジョークをとばしたという。 |
■東京ヒルトン・ホテル /
プレジデンシャル・スイート ホテルの部屋で缶詰状態のビートルズだったが、ジョンとポールがほんの一時外出をした以外は、公演会場とホテルの往復のみだった。当時の新聞や雑誌記事を参考に、部屋で過ごしたビートルズの行動を追ってみた。
ビートルズの宿舎となった東京ヒルトン・ホテルの10階は、そのフロア全てがビートルズ一行と関係者によって貸し切られた。ビートルズは1005号室に宿泊。1005を除いた1003〜1006号室は、ブライアン・エプスタインを筆頭にビートルズに同行しているスタッフ。その両隣は空室になっており、その他の部屋は、ガードマン詰所、私服警察官詰所、CBC、読売新聞企画部、協同企画、通訳・運転手などの控え室となっている。
ホテル側の対応としては、一般客エレベーターを9階でストップし、10階に登る階段は存在しない。従業員用エレベーターは10階までノンストップに繋がっており、通行証のない者はこのエレベーターを利用できないよう警察官が厳重にチェックしていた。
警察当局は“警備上責任が持てない”とし、ビートルズが武道館へ移動する以外の外出を一切禁止した。そうなると、ビートルズが自由に行動できた範囲は、10階の宿泊した部屋と廊下だけということになる。前述したが、ジョンとポールが脱出をこころみている。
■ビートルズの残した絵画 ビートルズがホテル客室で寄せ書きした一枚の絵画がある。これはファン・クラブ会長だった下山氏へプレゼントされた。以前、民放テレビでこの絵の実物をスタジオで公開したことがあったが、現在は、西新宿の某レコード店オーナーが所有しているという。またこれ以外にも、メンバー個々が書き残した絵が複数枚存在する。