リバプール市長 / インタビュー  (インタビュアー / 黒沢建一[L-R])
 

今回、リバプール市で『イエロー・サブマリン・フェスティバル』が開催されているが、きっかけはなんだったのか?

ポップミュージックがリバプールから始まったことに対し、市民のみなさんが誇りに思って、サポートしていこうという意識がある。毎年フェスティバルを行っているが、今年は『イエロー・サブマリン・フェスティバル』として、一番大きなイベントにしようということになった。

 

市長はビートルズ・ファンなのか?

もちろんビートルズ・ファンであり、クラブで彼らの曲に合わせて踊ったこともある。ただ当時の自分は若かったので、ビートルズのライブを見たことはない。

 

エルビス・プレスリーの故郷であるメンフィスは非常に観光地的な街であると感じたが、ビートルズの故郷であるリバプールの街並みは、そのような観光地という印象は無いように思う。今回のイベントをきっかけに、リバプールを観光地化しようという考えはあるのか?

もちろんビートルズゆかりの観光地は沢山あります。来年にはビートルズのホテルもオープンする予定です。現在でも“マジカル・ミステリー・ツアー・バス”も走っていますし、近年はビートルズ観光に力を入れています。5〜10年後には、リバプールがビートルズの街になっていることでしょう。

 

ビートルズの曲で一番気に入っている曲は?

沢山あるので難しい質問です。強いて言えば「All My Loving」です。ホーム・パーティを開いた時は必ずビートルズの曲をかけるし、カラオケでこの曲を歌う。「Hey Jude」も歌いますよ。

 

市長からみて、ビートルズのようなバンドは、リバプールからでしか出なかったのか?

リバプールはアートや音楽の教育において、非常に力を入れている街であり、ジョン・レノンやポール・マッカートニーもアート・スクールに通っていた。また多数の有名なコメディアンもリバプール出身ですし、シアターが多いのも特徴です。そういう意味では、ビートルズはリバプール以外からは出なかったでしょう。これは間違いないでしょう。

 

リバプールは港町であり、昔はアメリカからのカルチャーや音楽は、ロンドン中心部よりも早く入ってくると思いますが、そういう意味では、若者たちの間でムーブメントが起こるのはロンドンよりも早かったのでは?

ビートルズが有名になった時、その影響は多大にあったと思います。ビートルズがバンドを始めた時代、リバプールに入港する船の水兵がアメリカのレコード、例えばアーサー・アレキサンダーの「Anna」を持ち帰り、若いミュージシャンたちはそれを聴いて影響を受けているばすです。