八鍬 金三:著
はじめにたとえ、厳密な資料としての正確さに欠けていても、鴻之舞鉱山を懐かしんでおられる 方々に、在りし日の鴻之舞の姿を、いささかでも伝えられるのなら、それも意義 のあることでないかと思う。文の中には、思い違いや、記憶違いが多々有ると思うが、それは正しく記憶され ている方に訂正していただくとして、思いつくままに書き記す事にした。
筆者は、鴻之舞鉱山で15年間を測量の職に就き、のち探査係に約7年間席を置い た。職業柄、坑道が掘られると測量に行き、旧坑(坑道)を取明ければ位置の確認、必要なら測量にと、数えてみると実に多くの鉱床(坑)を見ている。また、坑 内作業の移り変わりも見てきた。鉱山を離れて30年近いが、勧められたのを機会に、内容が希望に添って いるか分からないが、鴻之舞鉱山の想い出をまとめてみる。
鴻之舞鉱山58年間の歴史の中で、戦時下の昭和18年(1943)に国の方針で休山し、 戦後の昭和23年(1948)に再開している。この文章では、大正5年(1918)の開山から休山までを「休山前」とし、再開から 昭和48年(1873)の閉山までを「再開後」として、時期を使い分けているのであらかじめ了解を得ておきたい。
(1) 鉱床(坑)と、鉱脈のこと
鴻之舞鉱山で、鉱床と坑が、どう使い分けされたのか、鉱床名や、坑名を見ただけでは判断が難しい。
鉱山の初期に、元山坑で○○鉱床という名称が4ケ所使われているが、ほかはすべて「坑」の文字が使われている。
ある時期から「鉱床」の文字を付けない事にした、としか考えようがない。
「坑」は、鉱脈の規模が大きかろうが、小さかろうが関係なく付けられている。
極端なことをいえば、鉱脈が無くても坑として名が残っている。これは、新しい 地域で探鉱坑道を計画すると、「坑名」と「坑道名」が付けられたからであろう。 では、一般的に鉱床と呼ばれていたものはとなると、かなりの規模の鉱脈があるか、 何本かの鉱脈の集合したもので、何よりも採掘の対象となる鉱石が有るものを、鉱床と称していたように思う。
「鉱脈」となると、金銀の品位が高い低いでは、判断出来ないように思う。鴻之舞 鉱山では、どんな石英脈でも金銀の品位がゼロという事はないようであった。 たとえ分析所で計量出来なくても、「Tr」の文字が付き、トレースだと言われた。 脈名のあるものは、すべて鉱脈として取り扱っていく。
(1)−1 鉱床(坑)の数
鴻之舞鉱山とは、北は上モベツの三王坑から、南は丸瀬布町境の焼山坑までを言うが、
距離にして南北約12km、東西約4kmの範囲になる。
この範囲内に、多数の鉱床をまとめて元山坑と倶知安内坑(クチャンナイ 注1)があり、
それ以外の「坑」は点在していて周辺坑とする。
独立した名称を持ち、鉱床と坑の文字が付いているか、その扱いを受けたものは全部
で30ケ所ある。しかし、その中で鉱石を産出したと、筆者が確認しているのは14ケ所
である。
ここで分かっている全部の鉱床(坑)名を記してみる。
元山坑には12の鉱床(坑)が有り、なかで鉱石を産出したのは7ケ所であった。
鴻之舞
鉱山発祥の本鉱床、ついで第一、第二、第三鉱床、住吉坑、藤島坑、積善坑である。
探鉱で終わったものは、高峰坑、焼山坑、神社坑(注3)、松原坑、元山東部がある。
倶知安内坑には10ケ所の坑があり、鉱石を産出したのは6ケ所で、二号坑、新坑、五
号坑、六号坑、八号坑、八号坑北
(注:ヒと読む)である。
探鉱で終わったのは、三号坑、豊島坑、関の沢坑、小部の沢坑がある。
周辺坑は9ケ所で、鉱石を産出したのは白竜坑と三王坑の本
で、三王坑の北盛
、鞍馬
は分からない。
探鉱だけのものは、一号坑、焼山坑、黒竜坑、上の沢坑、熊の沢坑、砂金の沢坑、金竜坑がある。
(1)−2 鉱脈の数
名前の付いた「鉱脈」の数となると、無数というより他にない。もし記録があって
正確な数が分かるのなら、ぜひ知りたいほどだ。
脈の数が多いのには理由があって、規模の大きな鉱床(脈)になると、必ずと言ってよ
いほど並行脈とか分岐脈があり、二脈とか三脈、合(あい)脈、上盤脈(
)、
下盤脈(
)などの名称が付けられる。
また、鉱脈も終端に近づくと分岐する事が多く、品位が良ければ掘進を続けるので、
さらに脈名も増えていく。
数ある鉱床(坑)中で、もっとも鉱脈数が多いのは元山第一鉱床ではないかと思う。
馬
尾状鉱床と表現するのを聞いた覚えがあるが、扇子を三分の一ほど開いた状態に似て
いて、骨の部分が幅の広い脈にあたり、2脈から6脈の名前が付けられていた。
その
脈の間にはたくさんの細脈があって、坑道が掘られるたびに脈名がつくのだから多い
わけである。
戦後の再開後にも細脈が掘られて、5−6本は脈名が増えている。
(注1)
クチャンナイとは、モベツ川が上モベツ桜橋で付近で分流した川の名称で、クチャン
ナイ沢と称した。鴻之舞の西側に位置し、山の尾根を挟んでほぼ並行に流れている。
(注2)
樋の文字は、鉱山用語では金偏の(
)の字をあてるが、漢字コード表に無いので、便宜
上木編の文字を使うこともあるが、ここでは作字の上画像化して
を使用した。
(注3)
神社坑の記述部分を変更している。
従前は、神社坑を住吉坑に変更したか、消えたようだと書いたが、筆者の勘違いで
あった。
この坑は、住吉坑E90B付近の坑内から、北東に600m掘進した探鉱坑道に付いた坑名
で、坑口を持たない「坑」である。
(1)−3 鉱床(脈)の広がり
鴻之舞鉱山には大鉱床(坑)が多かったと書いても、具体的に数字で示さなければ
分からないと思う。
鉱山には当然坑内図があるが、筆者の手元には無い。だが幸いに、坑道が記入さ
れた正確な一万分の一の地形図があって、おおよそのところは読み取れるので、
この図面を使って進めていく。
鴻之舞鉱山で、もっとも大量の鉱石を産出した鉱床といえば、五号坑であろう。 鉱脈の延長は、東西方向に2,000m以上、高低差は、露頭から500m下まで坑道が あった。それ以下にも鉱脈が続いていることはボーリングで確認したが、品位が 低く開発されなかった。
次いで、鉱床(脈)で大切なものは鉱脈の幅と、鉱石の品位であろう。 金鉱脈は、膨縮の激しいものだが、五号坑は特に甚だしかったように思う。もっ とも幅の広い所は、鉱床の下部の西よりの位置にあって、35mはあったと記憶し ている。だがこれは水平距離で、鉱脈の傾斜が約50度であるから、真の幅は27m 程になる。 東部にも、このような脈の広い部分があったから、鉱脈の規模については、文句 なしに大鉱床であろう。 平均幅については、記憶のみで定かでないが、五号坑の採掘場では、3mや4m幅で掘られてい るのは普通の事だったように思う。
次に鉱脈の品位だが、大まかに言って、3ケ所のゾーンが有ったと思う。 最も品位が良かったのは西部で、脈方向に約600m、高低差で約300mの範囲で、場 所によっては1トン当たり100gとか、200gの金品位があったが、平均すれば7− 8gといったところか。この範囲内であればどこを採掘しても、鉱石として出鉱で きたと思う。 他の2ケ所のゾーンは東部で、規模・品位ともに西部には劣るが、充分鉱山に貢 献している。 鴻之舞鉱山で、平均的な大鉱床はと言えば、元山第二鉱床であろうか。 鉱脈の延長は約900mで、垂直方向には約250m確認されていて、鉱脈幅は3m程度で ある。うち富鉱部は、延長650m、垂直に130m程度であったと思う。
小さな鉱床も当然多く、6号坑などは延長約200m、高低差は80m程、鉱脈の幅は1m 前後であった。採掘出きた範囲となると、延長60−70m、高さで30m程度かと思 う。
鉱床の長さで言えば、八号坑(脈)が最長であろう。北の延長上に八号坑北
があ
り、五号坑鉱床まで達する。南には豊島坑があって、一連の鉱脈である。この三
坑で確かめた総延長は約3,400mに及び、大鉱床であるのには違いないが、うち
2,000m以上は低品位で、採掘の対象にならなかった。
大鉱床といえるものを数えてみた。見方によって変わると思うが、鉱床の広がり があって、出鉱量が多かったものを挙げると、9ヶ所になる。 元山坑では、本鉱床、第一鉱床、第二鉱床、第三鉱床、住吉坑、藤島坑がある。 倶知安内坑では、五号坑と八号坑のみで、他には三王坑がある。
(1)−4 鉱床(脈)にも番地(線)がある
地下に入って、周囲がすべて岩盤の坑内では、なにか位置を示すものが必要にな
る。鴻之舞鉱山では、次のような基準があり、これに従い表示をしていた。
平面位置
市街地でいえば、町名に相当するのは鉱床(坑)で、道路に相当するのが鉱脈名
と坑道で、 鉱脈のない坑道には固有名称が付くことがある。地番にあたるのが
番線で、番線方向は通 常鉱脈と直角方向にする。
位置の表現は、○○鉱床(坑)○脈○○ML(高さ)○B(番)とあらわす。
1番は3mで、主要な坑道には十番ごとに木札で表示した。
坑内図には、十番(30m)ごとに線を引き、0B、E10BまたはN10B、S10Bと記入し
た。起点の 0Bの位置は、鉱脈に着脈した位置にする事が多い。
元山坑では、本鉱床の着脈点をゼロ番とし、東西に番数を付けている。番線の
方向は、鉱 脈に対してほぼ直角なので、地図上の南北方向とは一致しない。
この番線は本鉱床のみでなく、第一、第二鉱床、さらに本鉱床から1.3Km離れ
た第三鉱床 にも適用している。
五号坑では露頭直下の坑道ではなく、200m下の位置で着脈した地点を 0Bにし ている。 番線の方向は磁方位の南北で、東西に番数が付く。大鉱床なので東 は400B以上、西は350B の数字が使われたと記憶している。 八号坑は、脈方向が南北に近く、番数にNとSが付いている。
高低差
鉱床は、脈方向の広がりのほかに、傾斜をつけて下に伸びている。
鴻之舞鉱山では、最初に露頭に向けて掘った坑道を0ML(ゼロメータレベル)と
して基準にし、深くなるに従って数字を増していく。
元山坑が開かれたのが大正5年であるからメートル法でなく、尺貫法で高さを
表している。切りのよい数字を使って、100尺坑道、300尺坑道、 500尺
坑道と名付けられたが、のちにメートルに換算されて、それぞれが 30ML、
100ML、170MLと改称された。
坑道の高さを表す数字は、どの鉱床(坑)もほぼ一致していて、次のようであっ た。 0ML 15ML 30ML 60ML 100ML 130ML 170ML 200ML 240ML 270ML 310ML 350ML 390ML 430ML 470ML 500MLで、これ以下の坑道はな い。
数字を見ると、間隔が30mの次には40mが多い。これは、昔100尺間隔に坑道が 掘られた名残りで、実際には33ー35mの間隔で坑道が掘られている。
元山坑の230MLが、倶知安内坑の200MLと一致していて、昭和30年に軌道が敷か れ、鉱石が運搬されている。
参考までに、坑内で位置を表す場合の例を書いてみる。 元山坑第一鉱床の場合 第一鉱床二脈170ML E130B 手帳などにメモする場合は 1D 2V 170ML E130Bとした 五号坑の場合 5号坑200ML W100Bで、脈名があれば番数の前に 入れる
(1)-5 長大な探鉱坑道の事
もし鴻之舞鉱山の、坑道を書き込んだ地形図を見る機会があって、山々を直線に縫って引かれた線が、
すべて坑道だと知った時には驚くに違いない。鴻之舞鉱山発展の基礎を作った、
170ML元山坑第二通洞は、本鉱床・第一鉱床の富鉱脈に着脈したあと方向を変えて、
さらに第二鉱床、第三鉱床を発見し、その後も一直線に積善坑下部に到達しているが、
その掘進延長距離は3,300mに達する。また焼山坑の露頭下160mの位置で南方向に掘進した0ML通洞は、
第一焼山坑、第二焼山坑の下部を横切り、2,300mで丸瀬布町側の伊奈牛沢に貫通している。
これを地図上で見ると、一本の坑道ではないにしても、鴻之舞から丸瀬布町まで探鉱坑道で掘り抜いたようにも言える。
他にも五号坑第一通洞は、五号坑鉱床に着脈後、二号坑・新坑下部探査に上モベツ方 向に2,000m以上掘進し、クチァンナイ沢の山腹に貫通しているなど、1,000m程度の探 鉱坑道は、数え切れないほどである。 昭和23年の再開後にも、住吉町の裏山を掘抜きながら、元山坑に向けて探鉱坑道が計 画され、総延長3,600mを掘進した。この時に住吉鉱床を発見している。 探鉱坑道の総延長など調べようもないが、すべての坑道が、ひと発破(1mから1.2m)ず つ掘進されたことを考えると、気が遠くなるような思いがする。
(註4)
なぜこのような長い坑道が掘られたのか、理由のひとつに、露頭が無いか、兆候
の薄い鉱床が、坑道探鉱で見つかった事にあると思う。
代表的なものに、第一鉱床と第二鉱床がある、このふたつの鉱床を鉱山の初期
に、坑道探鉱で発見した事が、その後の探鉱方針に大きく影響しているように思
う。
再開後にも、先に挙げた住吉鉱床が発見され、閉山が決まるまで、鉱床探査の有
力な手段として、坑道が掘られていた。
鴻之舞50年史には、一部の年度別実績が記載されている。
| 昭和10年〜12年 | 22.247m |
| 昭和15年〜17年 | 47.872m |
| 昭和16年 | 19.630m |
(1)−6 坑内用語について
坑内用語には、外部の人間には分かりにくいものがあると思う。知る限り取り上げて解説してみる。
| 坑内用語(1) | 意 味 |
|---|---|
| 通洞 | 坑口を持つ主要な運搬坑道のこと。また長く直進する探鉱坑道にも使った。 |
| 坑内坑外: | 坑口を境に、内外を分ける |
| 入坑・出坑 | 坑口から入る事、出る事 |
押し・脈押し: | 鉱脈なりに掘進する事 |
| 上磐、下磐 | 傾斜が付いた鉱脈の、上側の岩磐と、下側の岩磐の事 |
| 立入れ | 脈押しの坑道から、直角に近い角度で掘進する坑道。目的は脈幅の確認また並行脈の探査 |
| 切替坑道 | 採掘場が設けられると、坑道が1本では混雑する事があるので、運搬を目的に下盤側に掘る坑道。 |
| 切上がり | 坑道から掘り上がること。上部坑道間の脈幅と品位探査、また別に目的をもって掘る場合もある |
| 中段(ちゅうだん)坑道 | 切上がりの途中でで品位が良くなった場合などに、中間で掘られる坑道。また採掘場の準備坑道 |
| 採掘場(採鉱場) | 30mー40mを1採掘場に設定し、下の坑道から掘り上がっていく。両側に切上がりを配置して人や機材の出入りに使った。 |
| 竜頭 | 上記の採掘場と切上がりの間に残る残鉱石の部分を言う。鉱脈の採掘が進むと最後には「竜頭払い」をして、可能な限り完掘を計る。 |
| 目抜き | 鉱石の抜き落しのために、坑道と採掘場の中段坑道との間を、約1.2m角で掘る切上がりのこと。約5m間隔で掘られた。また採掘場が掘り上がったところから、切上がりに掘り抜いた約1m角の連絡通路のこと |
| 漏斗 | 切上がりや鉱石抜き落しの目抜きに付く施設。太い坑木(丸太)と厚板で頑丈に造られる |
| 竪坑 | 垂直に掘られた坑。大きいものは約10mx3mの断面積で掘られ、物資と作業員の重要な運搬手段に使い、排水管も通す。竪坑を堀下げて下部開発する事が多い |
| 斜坑 | 鉱脈に準じた傾斜で掘られた坑。竪坑よりも手軽に掘れるので、小鉱床でも掘られる。物資と鉱石の運搬に使い、人は運搬しない |
| 手掘り坑道 | 人力で掘る坑道。辺鄙な場所では再開後でも掘られた |
| 切羽 | 坑道・切上がり・採掘場など、掘削現場の事。「切羽の数は」などと使う |
| 加背 | 坑道の掘さく面・正面・切羽。「加背の大きさは」なとど使った |
| 天磐・天端 | 坑道・採掘場などの天井のこと |
| 踏前 | 坑道の床面のこと。「踏前を下げる」などと使う |
| ドベラ | 側壁の事。側壁が崩れることを「ドベラが返る」と言った |
| 発破 | 火薬を使って岩石を砕く事を言う。坑道掘進の発破と、漏斗に詰まった大塊を火薬で砕く張付け発破がある |
| 留付け | 坑道の支保のこと。岩磐が堅牢であれば素掘りで済ますが、崩落の危険があれば、坑木と矢木(割り木など)で囲う |
| 支柱 | 天磐を支える丸太の柱 |
| 足場 | 主に、切上がりを掘進する場合の穿孔作業の足場の事。両側の岩磐にタガネでくぼみを掘り、直径15cmほどの丸太を3−4本渡して固め厚板を敷く |
| 銀黒 | 石英に縞状に付く模様の事。高品位で、特に銀品位が高くなると現れる事が多い |
(1)−7 坑内用語について
| 坑内用語(2) | 意 味 |
|---|---|
| ズリ | 廃石のこと。岩石の他に鉱脈でも品位が低いと、ズリ捨て場に捨てられる。 |
| 人道 | 人間だけが通る通路、竪坑で昇降できない場合に通行した。30度−35度の傾斜 で、稲妻状に掘られて階段を設置する。ひとレベル差が35mとするとおよそ175段 になり、なんレベルも人道を昇降するのは大変なことだった。 |
| 通気 | 空気の流れ。煙り・粉塵・湿気などを取り除き、新鮮な空気を補充するため に、保安係が風量を測定して通気の確保に努力した。必要な場合には大型ファン を坑口に設置し、強制的に排気をした。 |
| 坑内帽 | アルミ製で頭部の保護帽子。打撲と落石対策に着用が義務付けられていた。 |
| カンテラ | アセチレンガスを使った灯火。酸欠ガスが発生する坑内では、蓄電池式ランプ は使用せずにカンテラを使用した。 |
| みち火 | 火薬に点火する際の導火線。さく岩作業の発破では、電気雷管が導入されてか ら使われなくなった。 |
| キューレン | さく岩作業の仕上げに、孔内から繰り粉(残粉)を掻き出す道具。細い丸鉄棒の 先端を耳掻き状に加工する。 |
| アンコ | 発破孔に火薬を込めた後に詰める粘土。 |
| 込め棒 | 火薬を押し込んだり、アンコを突き固める木製の丸棒。 |
| コソク(姑息) | 天磐や側壁の浮石を取り除くこと。発破の後では念入りに行う。のちには「浮 石を取り除く」とわかりやすい言葉を使った。岩盤を突付いたり叩いて調べる が、熟練しないと浮石の範囲を見極めるのが難しい。 |
| コソクタガネ | 浮石を取り除く道具。直径2-3cm長さ2mほどの鋼鉄の丸棒。片側は尖らし、反 対側は割れ目のない釘抜き状に平たく曲げる。 |
| カナミ(金箕) | 40cmX30cmほどの鉄製の箕。両側に持ち手がついている。積込み作業が機械化 されるにつれて、見られなくなった。 |
| カッチャまたはガッチャ | 鉱石またはズリ石をカナミに掻き込む道具。鍬に似ていて、木柄に三角形の鉄 刃が付く。 |
| 留枠 | 坑道の支保のこと、留枠を組むことを「留付け」と言った。通常4尺(1.2m)間 隔に施工するが、これで支えが弱い場合には間留を入れて補強する。 |
| 矢木・矢板 | 留枠と留枠に差し掛けて落石を防ぎ、岩盤との隙間を埋めて盤圧を留枠で受け 止める。木材が豊富な時は、松丸太を割って作り、木口は三角形をしていた。後には雑木 の小丸太を鋸で引き割って作った。 |
| プラット | 竪坑のプラットホームを言う。レベルごとに設けられて人員の昇降、鉱車の積 降ろし、機材の昇降場所。この職場に勤務する人をプラットマンと呼び、職名も同じであった。 |
| ヨロケ | 昔は硅肺症が進行して、仕事が出来なくなった人のことを「ヨロケた」「ヨロ ケにかかった」と称した。 |
(1)−8 酸欠ガス
通常酸欠ガスと称していたが、正確な呼び方、成分などは聞いたことがない。た
だ、空気中の酸素が少ないか、またはまったく無いに等しい状態の事を言うのだと思
う。酸欠ガスは、たとえ発生している場所に入っても、薄いガスであればあまり危険
ではなかった。
酸欠ガスの有無は、カンテラの火が(アセチレンガスの灯火)暗くなるので分かる。ガ
スが濃くなるほど暗くなり、ついには消えてしまうが、このような場所にとどまるの
は危険である。
ガスの多発地域は限られていて、元山坑東部と、元山坑第三鉱床より南側、また藤島
坑全体が主な発生地域であったと記憶している。
酸欠ガスは、気象が低気圧に向かうと発生を始め、高気圧に向かうと解消するので、 さきの地域で作業する時は、気圧計の変化に注意が必要だった。場所によっては、 ファンを使って強制的に換気をしたが、それでも強い低気圧が来ると、立入っては危 険な場所が生じた。またこの地域で作業する時は、カンテラの使用を義務付けられ た。酸欠ガスは、行止まりの坑道とか高所に滞留する事が多く、思いも寄らない所で ガスを吸い、転落などの災害に遭った者もいる。
鉱床探査のためにボーリング工事をした際に、酸欠ガスの噴出を目にしたことがあ る。地表からのボーリングは、下向け50度前後で掘るが、強い低気圧になると孔口か らガスを3m以上も噴出し、周囲が酸欠状態になり危険で工事を中止する事があった。 また気象が高気圧になると空気を吸引し、時には風音を立てて吸い込むことがあっ た。まるで地球が呼吸をしているように感じて、不思議に思ったものである。 この現象は、鉱床地帯の岩盤に亀裂が多く、孔内は水の無い空穴になる事が多いため である。