
索道編
目黒幸一 著
(年代別・鴻之舞の歴史、索道編より抜粋)
| 大正 | 8年 | 元山露頭より製錬所まで木製櫓の索道が架設される。 | |
| 14年 | 5月第二通道経由の方が安価のため上記索道廃止。 | ||
| 昭和 | 6年 | 11月倶知安内より元山間の索道建設に着手。 | |
| 7年 | 5月15日・同上の索道完成。7月鴻之舞・丸瀬布間の索道完成。 一部木製櫓を残すも大部分は鉄骨製の櫓となる。 | ||
| 10年 | 12月倶知安内より山王間の索道完成。(木製櫓) | ||
| 11年 | 6月倶知安内より元山間の索道、全鉄骨製櫓複線工事完成。 | ||
| ?年 | 扞止堤に土堤用作業索道設置。(鉄骨製と木製櫓の組み合せで自動反転) | ||
| あとがき | |||
| このように索道は、鴻之舞金山の開発当初より鉱石や資材運搬の手段として採用され、 戦前戦後を通じて鉱山の歴史と共に歩み、鴻之舞の風物詩として人々に 親しまれてきたが、昭和48年鉱山の閉山によってその歴史の幕を閉じることとなった。 |