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青蓮寺から腰越に向かい、坂を登りきる手前を左に入り、少し行くと左手に現在通行禁止の柵が立っている切通しがあります。これが谷戸坂切通し(やとざか)です。 時代は江戸末期、手広村・腰越村・片瀬村を結んでいた村民の生活道路であったと言われております。県道の切通しが出来るまでは、ここが鎌倉山や津に抜ける唯一の道だったそうです。 今では風化が進み、崖崩れの危険ありとのことで、残念ながら2002年に通行止めとなりました。しかし21世紀になっても使用されていた切通し。切り取った狭い通りの途中には、今でも外灯の残骸などが寂しく残っています。 昭和の時代となっても、青蓮寺付近には細い山道(旧江ノ島道)しかありませんでしたが、神奈川県道304号腰越大船線(1960(昭和35)年県道認定)の開通に際して、湘南道路の有料化を目論む県・公団は並行道路の必要性に迫られ、自衛隊までを動員しての突貫工事で、古道である谷戸坂切通しの隣に、現県道を開削した(付け替えた)という経緯があります。 この県道は湘南道路が有料化されることを望み、鎌倉での宅地造成を企んでいた西部の鎌倉開発とも深い関係があり、ほぼ同時期に開通した湘南モノレールと共に、腰越地域の住宅化を急速に進展させた原動力となったようです。 (『西武王国・鎌倉』参照) |
| 写 真 | 解 説 |
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名越切通し、朝夷奈切通し、假粧坂切通しなどは有名で訪れる人も多いが、手広と腰越を結ぶ県道の脇にある谷戸坂切通しを知る人は少ない。 (谷戸坂切通しは鎌倉時代にはなかった) この写真は、切通し南側からの撮影。 中央左側には、2002年まで使用されていた外灯が朽ちつつ残っています。 |
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切通し中央より切岸の状態を撮影したもの。 切り開いた岩面が高い… ここは昼間でも薄暗い。 夏の暑い盛りは、心地よい風が通り抜けていきます。 |
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この写真は、切通し北側からの撮影。 この距離から見ると完璧な切通しであることがわかります。鎌倉の他の切通しではなかなか見ることの出来ない極めて狭い切岸です。 一般の観光ガイドや歴史書に紹介されていないので詳しい歴史はわかりませんが、江戸時代の「江ノ島道」の一部であったのは間違いないことです。 |
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現在は崩落危険とのことで通行禁止。写真は北(手広)側から撮ったものです。 ごらんのように通行止め数年で、切通しへ向かう階段の先はうっそうとしたとした草木に覆われつつあります。この道も青蓮寺前の県道により忘れられ、数十年先には自然に還ってゆく運命なのでしょうか… (小生撮影の為、強行突破で切通しに立入りましたが、立入は危険ですからおやめ下さるようお願い申しあげます) |