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「和賀江島」(わかえじま)は、1232(貞永元)年、「舟船着岸の煩い無からんため和賀江島を築くべき」との執権北条泰時の鶴の一声で、勧進聖(かんじんひじり)の往阿弥陀仏が建設した日本最古の築港です。 本来であれば平清盛による神戸福原の経ケ島の築港が日本最古なのですが、面影が残されていないので、ここが最古となります。 港湾として不向きな遠浅の由比ガ浜に伊豆石の玉石を積み重ね、わずか1ヶ月で完成。陸路が険しい鎌倉の物資輸送を一手に引き受け、約100年後に六浦が鎌倉の外港となるまで、海の玄関として鎌倉の経済を支えてきました。 |
| 写 真 | 解 説 |
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和賀江島を見ようと鎌倉側から車で行くと近くに止められないで うっかりするとトンネルを越えてしまいます。光明寺から200mほど歩くと「小坪海岸トンネル」 があり、その手前を右に降りれば和賀江島に出られます。 築港跡は引き潮でないとよく見えません。写真ではウインドサーフィンの後ろに見える 黒いすじが和賀江島です。 |
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現在確認できる築港跡は江ノ島方向を向き、長さ200m、幅5,60mくらいで 丸石がごろごろしています。 当時の港形態がどのようなものであったかは、定かでありませんが、飯島崎から 南西に出る防波堤を造ったのではないかと思われます。 干潮になると先端の方に日本式墓石のような石杭が見えます。船をつなぎ止めておくものです。 現在は数本しか跡をとどめいてません。 写真では遠方にうっすらと江ノ島が見えています。 |