|
鎌倉十橋のひとつ乱橋の付近には、元八幡、本興寺、妙長寺、啓運寺などの寺社がまとまって存在しています。その中のひとつ、辻の薬師堂(つじのやくしどう)は辻薬師堂とも呼ばれています。 ここは医王山長善寺という真言宗の寺院があったところで、横須賀線が引かれたときに本堂が取り壊されて廃寺となり、薬師堂だけが残りました。 辻の薬師堂は本興寺の正面にある小さなお堂で、現在の位置に落ち着くまで数奇な運命をたどっています。 もともと薬師堂は、源頼朝が1190(建久元)年に今の二階堂に建立した東光寺の寺域内にあったもので、護良(もりなが)親王幽閉事件の後に大町の三嶽(みたけ:名越切通し付近)に移り、その後材木座の長善寺の境内を経て現在の場所へ移ったと伝えられています。 |
| 写 真 | 解 説 |
|---|---|
![]() |
大町四つ角から材木座に向かっての通り道、横須賀線踏切手前の右側にあります。 浄財を入れると堂内が20秒間点灯して拝観できるようになっています。 |
![]() |
薬師堂には平安後期の本尊の薬師如来立像と脇侍の日光・月光菩薩像、十二神将像(以上県重文)が安置されています。 本尊薬師の胎内には多くの経典があり、その中には「明文10(1478)年」の年号がみられ、十二神将の一部は鎌倉後期のものもあって、損傷(2004現在、国宝館で復元中)はしていますが貴重な文化財であり、覚園寺の十二神将像とともに鎌倉を代表する秀作とされています。 堂内には復元像が安置されています。 |