「鎌倉恋便り」


2010年3月 特報取材



今回は、特報として2010年3月10日未明、倒壊した大銀杏に関する記事を載せます。

"隠れ銀杏"の愛称 「 八幡宮 大銀杏 」(第131回)



2010年3月10日、午前4時40分ごろ、鶴岡八幡宮本殿前にある県指定天然記念物「大銀杏(おおいちょう)」が、根元付近から折れて倒れているのを警備員が見つけました。

午前4時15分ごろ、当直の警備員が5分おきくらいに3回ほど「ドンドン」という音を聞いたが「積もった雪が落ちる音だと思った」そうです。その後、落雷のような音がしたため、様子を見に行くと大銀杏が倒れていたとか。
原因は9日夕から続いた強風とみられました。
市消防本部によると、当時雨はあがっていたが、平均7〜8メートルの北風(最大瞬間風速は12メートル)が吹いていたとのこと。大銀杏をみた東京農業大の浜野周泰教授(造園樹木学)は、2月以降の雨で地盤が緩んでいたことに加え、9日夕からの強風が原因と指摘。雪まじりの風は、通常の数倍の力がかかるとされ、傾きを支えられずに折れたようです。土壌が薄い石段脇の斜面に立っていたことも影響したらしい。

大銀杏は1219年、鎌倉幕府の3代目将軍源実朝が八幡宮の参拝を終えたところ、この木に隠れていた公暁(くぎょう)に暗殺されたという伝説から「隠れ銀杏」とも呼ばれています。
八幡宮によると、大銀杏は幹回り6.8メートル、高さ約30メートルで800〜1千年余りの樹齢だったとのことですが、鎌倉時代に体を隠せる大樹なら現在の木は2代目ではなかったのか?という説もあります。

                 

 




在りし日の大銀杏

『鎌倉恋便り』運営の小生として、直ちにかつての写真を探したところ、1997年8月に撮影した大銀杏の写真が見つかりました。
夏ということもあって、見上げても立派なものです。
こんな巨木が倒壊するのですから…驚きです。

在りし日の大銀杏

大銀杏は、同八幡宮のシンボル的存在で、1219(建保7)年1月、鎌倉幕府三代将軍、源実朝が僧侶の公暁(くぎょう)に暗殺された際、公暁が潜んでいた「隠れ銀杏」とも呼ばれていました。
1955年に県の天然記念物にも指定されました。

銀杏は長い年月が経たないと、写真に写る“つらら”のような垂れ下がった枝にならない…と、子供の頃、親父がよく小生に話したものでした。

鎌倉時代から歴史を見続けてきた銀杏が倒れてしまった…と思うと、悲しい
倒れた大銀杏

上の写真と比べると、“そこにあるべきものが消えた”という間が抜けた風景に見えてしまいます。
誰が大銀杏の倒壊を想像していただろうか…
小生も、子供物心ついた頃から毎年何度も訪れ、境内の風景は脳裏に焼き付いていました。
この写真は、倒壊後2日目の12日、早朝6時過ぎに撮影したものです。
某新聞記事に、
午前5時に駆け付けたという神職も「あり得ないことだ。驚いている」と動揺を隠さない。
と出ていましたが、まったく同感です。
倒れた大銀杏

11日夕、根元付近の幹の一部を切り出し、近くに植える方法で「再生」を目指すことを決め、現地視察に訪れた松沢成文知事に、吉田茂穂宮司がその意向を伝えました。
八幡宮では、倒れた木の根株から新芽が出てくることも期待しているという。
松沢知事は、県でも枝を入手し、県自然環境保全センターで再生を目指すことを明らかにしています。
八幡宮は2004年の台風の際と、倒木があった10日に、それぞれ大銀杏の挿し木を計15本、敷地内でしており、苗木の活用も検討するそうです。
1年後の風景が楽しみになってきましたね。
(2010.3.12)



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