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玉縄城跡から南に坂道を下り、バス通りを横切って、南の細い道に入り右折したつきあたりに貞宗寺(ていそうじ)があります。 浄土宗の寺で玉縄山珠光院といい、1609(慶長14)年に没した貞宗尼の遺骸をその邸に埋め、2年後に寺となったそうです。開山は貞宗尼が帰依して受戒もし、死去には導師もつとめた大長寺の暁誉源栄(ぎょうよげんえい)です。 貞宗尼というのは西郷弾正左衛門忠勝の娘で、戸塚五郎忠春に嫁ぎ、宝台院殿といわれたお愛の局を産んでいます。 忠春が1554(天文23)年遠江国大森の軍に討たれたため、服部平太夫尚に再嫁しました。晩年にはお愛の局の母ということで、御年寄役を勤めており、この地に隠居したといわれています。 お愛の局は、西郷の局ともいわれ、1578(天正6)年徳川家康に召されて、翌年2代目将軍徳川秀忠を産んでいます。 境内には貞宗尼の墓を囲った貞宗尼廟が建てられています。 |
| 写 真 | 解 説 |
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本堂の大棟には徳川家の三葉葵の紋が付けられています。 本尊は阿弥陀三尊で、わきには貞宗尼の廟や木像もあり、寺宝としては、お愛の局寄進といわれる三葉葵の紋がついた仏具などが残されています。 |
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本堂手前の参道のわきには貞宗尼の墓があります。 木像の御霊屋(みたまや)の中に、石の宝篋印塔が収められています。 宝篋印塔は御霊屋の窓から覗いて見ることができます。 観光化されたお寺ではないので史実を知らないで訪れると貞宗尼廟も見過ごしてしまうかもしれませんね。 |