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光明寺三門右手に建つ、天照山蓮乗院(れんじょういん)は、千手院と同様に光明寺の僧坊でした。 当初は蓮乗寺と称し、真言宗の寺だったといいます。 1243(寛元元)年、佐助ガ谷にあった蓮華寺(れんげじ)が材木座に移され光明寺となって移行、蓮乗院と改称しました。光明寺落成までの間、開山の然阿良忠上人が蓮乗院に居住したことから、光明寺に入山する新住職はいったん蓮乗院に入ってから改めて光明寺方丈に向かうという慣例が、今なお残されています。 鎌倉三十三所観音霊場の第十九番札所。 |
| 写 真 | 解 説 |
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本山建立前の開創と伝えられていますが、開山や創建年代などは不明です。 本堂にまつられている本尊・阿弥陀如来像は源頼朝の鎌倉入りを進言した御家人千葉常胤(つねたね)の守護仏と伝えられています。 蓮乗院の寺の紋と千葉家の家紋が同じ月星であることからも、両者には深い関わりがあったと推察されます。 |
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本堂・阿弥陀如来像は高さ81.5cmの寄木造。 二度にわたる仏像調査で胎内に造仏銘「大仏師播磨法橋宗円」、作成年「正安元年(1299)十月一日」、さらに阿弥陀経の一部が墨書きされていることが判明しました。 このことから明らかに鎌倉時代の作とされる仏像は学術的にも貴重で、市文化財に指定されています。 本堂の板襖絵や54枚の格天井絵(ごうてんじょうえ)も見事なものです。 |
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本堂の格天井には西方極楽浄土の世界に仏の光明が降りそそぐなか、咲き乱れる様々な花や鳥獣の舞う様が54枚の格子に描かれています。 また、板襖絵にも松の大樹と牡丹、唐獅子が色鮮やかに復元されています。 |