「鎌倉恋便り」



寺史は不明な点が多い 「 来 迎 寺 」(第38回−2)



鎌倉には来迎寺(らいごうじ)という名前の寺は二つあります。

材木座にある真言宗能蔵寺跡と、西御門にあるの時宗の寺です。ここでご紹介する寺は、西御門にある来迎寺です。

鎌倉時代初期、鎌倉幕府の重臣が邸を構えた大蔵幕府跡。頼朝が葬られた法華堂の西にあるため、西御門(にしみかど)と名付けられました。

創建者を含め、寺史は不明な点が多いですが、本堂内には有名な3つの彫刻があります。如意輪観音像は光福寺、法華堂、さらに来迎寺へ移された像であります。半跏の姿勢で6本の手をもち、温和な表情に複雑な衣文など南北朝期の特色をもつ像で、土紋装飾があります。

地蔵菩薩像は、衣の裾が台座に垂れる写実的な宋風様式で、高僧の肖像を思わせる作風です。またこの像は、南北朝期に開山し現在は廃寺となった、西御門の報恩寺の本尊であったと考えられています。

本堂の隅には報恩寺(廃寺)にあった抜陀婆羅尊者像があります。江戸時代には法華堂にあって江の島「稚児が淵伝説」の主人公ともいわれてきました。この話は建長寺・広徳庵の自休蔵主と鶴岡八幡宮・相承院の白菊という稚児の投身にまつわる話です。俗に「自休さま」とよばれる作例の少ない像で、この像に祈ると足腰の痛みが去るといわれています。

                 

 




写   真       解    説      
坂の上に建つ来迎寺

山に向かって谷戸に分け入ると、路地の曲がり角に来迎寺を記す案内板があります。 来迎寺の開山一遍とも一向ともいわれ、その時期とともに定かではありません。
本尊は阿弥陀如来像。また、南北朝時代の傑作といわれる如意輪観音像が有名です。鎌倉三十三観音霊場の五番札所でもあります。

来迎寺の石段登り口には、かつて鎌倉尼五山の第1位太平寺跡の碑があります。




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