「鎌倉恋便り」



日蓮布教の名残 「 日蓮辻説法跡 」(第43回−1)



日蓮上人は千葉県小湊の生まれで、最初は天台宗を学んだが、後に法華経を悟り日蓮宗を開きました。法華経さえ唱えれば誰でも成仏できるというわかりやすい教えを説いて庶民の間に熱狂的な指示を得た説法跡地です。

今でこそ閑静な住宅街となっている場所ですが、鎌倉時代のこの辻は北側に武家屋敷、南側に商業地が広がる繁華街だったところで、行き交う人も多く布教には最高の場所でした。32歳で鎌倉へやってきた日蓮は精力的に布教活動を行いますが、数々の迫害を受け流刑の憂き目にもあうことになります。
                 

 




写   真       解    説      
小町大路の辻説法跡地

柵の中には石碑が立ち並び、腰掛石が石碑の下に残されています。
しかし、この腰掛石は道の反対側にあったのを 明治時代に鎌倉で高山樗牛(ちょぎゅう)に日蓮聖人のことを教えたことで知られる 日蓮宗研究家田中智学がここに移し整備したと言われています。

この碑は、もともと同じ小町大路の妙勝寺(廃寺)にあったものを現在地へ移したものです。
この他、本興寺などにも辻説法跡があります。



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