「鎌倉恋便り」



茅葺き屋根の堂が残る 「 明 王 院 」(第36回−2)



黒い冠木門(かぶきもん)をくぐると石畳の参道があり、その奥にひっそりと茅葺き屋根の五大堂と書院が建っています。ここが五大堂明王院(ごだいどうみょうおういん)ともいわれる明王院です。
1231(寛喜3)年、将軍藤原頼経が鎌倉鬼門除けの寺として建立を発願したため、年号から寛喜寺ともいわていました。寺伝では、1235(嘉禎元)年、京都の東寺より定豪を迎えて開山したといい、五大明王を祀る五大堂が建てられ明王院とよばれました。鎌倉三十三観音霊場第八番札所です。

五大堂明王院は当初壮大な伽藍が並ぶ大寺であり、明王院別当職は四箇重職の一つといわれ、鶴岡八幡宮永福寺、勝長寿院と並ぶ重職でありました。

1281(弘安4)年には、元寇に対する異国降伏の祈祷が行われたという記録が残されています。しかし、幕府の滅亡とともに次第に衰退して、寛永年間(1624〜44)に火災にあって現在のような形に落ち着いたといわれています。

毎月28日には五大堂に安置された五大明王の護摩供養が行われています。

                 

 




写   真       解    説      
明王院冠木門

冠木門から境内に入ると本堂は茅葺き屋根で、正面に蔀戸(しとみど)が 入っているのは優雅な感じを与えます。

堂内には本尊の不動明王を中心に降三世、大威徳、金剛夜叉、軍荼利 の五大明王が祀られ、脇には薬師如来や大日如来、藤原頼経像があります。

明王院に伝えられている法華堂文書は公開されていませんが、「1284(弘安7)年」 の関東御教書から1世紀半に及ぶ20通ほどの貴重なものです。




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