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妙法寺(みょうほうじ)は安国論寺の北側にあり、この松葉ガ谷は、1253(建長5)年、安房(千葉県)から来た日蓮上人が初めて草庵を結んだ場所といわれています。 日蓮の布教に対して起こった松葉ガ谷法難のあと、1356(延文2)年に日叡(にちえい:護良親王の子)が再興しました。 総門から入ると本堂、庫裡、さらにその先に仁王門があり、仁王門をくぐると正面に苔寺の由来の古色漂う苔の石段があります。 現在は右手に新しく石段を造り、この「苔石段」は苔の保護のため立ち入り禁止ですが、5月頃、シャガの白い花が咲くとなかなか見応えがあります。 右横の石段を上がると法華堂、釈迦堂跡、鐘楼などがあり、奥には護良(もりよし)親王と日叡上人の墓が建っています。 |
| 写 真 | 解 説 |
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三門から見ただけでは想像できませんが、緑したたる谷戸の自然林に抱かれた寺域は1万u。 境内には大樹が生い茂り、時折野鳥が啼くほかは物音ひとつしない静寂に満たされています。 |
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鎌倉における布教の拠点と小庵を結んだ地ですが、念仏宗徒の反感を買って焼き討ちされました。 いわゆる「松葉ガ谷の法難」の舞台となったところです。 寺伝には「その跡に妙法寺が建立された」とあります。 が、同じく松葉ガ谷にある安国論寺と長勝寺も日蓮小庵跡を名乗っていて、小庵の詳しい場所は定かではありません。 細川家寄進の本堂は総欅造りの見事なもので、杉戸や欄間に描かれた絵画が素晴らしい。 |
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境内には日蓮上人が植えたといわれる「そてつ」や御小庵跡、日叡上人とその母南の方の墓もあり、山頂にある護良親王の墓からは市街地と海を一望することができます。 |
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本堂の右手奥にある仁王門は、その後ろからビロードのようにおおわれて連なる苔の石段へと続きます。 この寺ではご住職とご家族が朝早くから、草取り、立ち木の手入れなどをしておられるそうだ。 檀家がわずか十軒あまりというこの寺には雇い人がいるわけでもなく、これだけの寺を維持するのは容易ではない。 「仏さまへの奉仕だと思っております」というご住職は、来訪者をあえて拒みはしません。が、「境内は仏様の庭であります。仏様を敬う心を忘れないように」と、望んでおられます。 |