「鎌倉恋便り」



質素な五輪塔 「源 頼 朝 墓」(第2回−2)



「源頼朝墓」(みなもとのよりとものはか)です。
こんな所に本当にお墓があるの?というような静かな住宅地。
小生は、うろうろ迷ってしまいました。
墓は、白旗大明神から直線にのびた並木の石段を登ったところにありました。

今の墓は、1779(安永8)年薩摩藩主・島津重豪が再建したものです。島津氏の祖・忠久が頼朝の子だという説があるところから先祖の墓を再建したそうです。線香立てに島津の紋がついていました。
                 

 




写   真       解    説      
「源頼朝墓へ登る石段」

静かな住宅地に質素な階段が現れる。
ここを登ると頼朝の墓があります。

頼朝が開いた大蔵幕府跡を下方に一望にする好展望地。
1185(寿永3)年奥州の藤原氏を滅ぼして全国を平定。
1999(正治元)年53歳で亡くなりました。
「 源 頼 朝 墓 」

石の柵の中に大きなタブノキがあり、その根方に層塔が立つ。
笠石が5枚重ねられた質素な墓で、これが征夷大将軍の墓か?と驚くほど。
ものの哀れを思わずにはいられない。

それでも、小生が滞在した10分ほどの間に5人ほどの観光客が来ていました。

現在源頼朝墓は、国指定史跡となっています。



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