「鎌倉恋便り」



薄紫のアジサイが咲く 「 明 月 院 」 Part 2 (第22回)



写   真       解    説      
紫陽花殿前の庭園

今の紫陽花殿の前には落ち着いた石庭があります。

創建当時の寺容を伝える「明月院絵図」によれば禅興寺二世無及徳詮の 塔所・宗ゆう庵、その左に仏殿、それに方丈、客殿らしき建物があります。

宗ゆう庵の右手には経堂があり、その前方には三重塔がそびえていました。 そして宗ゆう庵の前には池が配され、屋根のついた風雅な橋がかかっていました。
この池は昭和初期の調査ではまだ残っていたといいます。
今の明月院から当時の光景は思い浮かべることは難しいですが、この寺が生き続けた 600年の歳月を感じないわけにはいきません。
アジサイ越しに山門を望む

明月院がアジサイで有名になりはじたのは昭和40年代後半です。
あじさいの花の青紫色は梅雨の小雨の中で、寺院にふさわしいような 沈んだ幻想的な光を放ちます。
アジサイ自体は珍しいものではなく、鎌倉でもいたる所に繁茂していて、東慶寺の入り口、 瑞泉寺の梅の下、成就院切通し上の参道、曼陀羅堂跡・・・と目を楽しませてくれます。

どうも我々は宣伝効果に迷わされてしまい、アジサイといえば明月院と思ってしまいますが 小生としてはこの季節、混乱で込合った明月院の境内を歩くより静かな他の寺院で アジサイを観賞したほうが情緒を感じられるように思うのですが・・・。
明月院を有名にしたアジサイ

梅雨の6月、地元では「あじさい公害」といわれる言葉が出るほどの混乱ぶりです。
明月院のアジサイは有名になりすぎるほど有名になってしまいました。 シーズンになっても、もはや花をのんびりと観賞する雰囲気はなくなったといえます。

明月院がアジサイで有名になったのはまだ新しく、戦後間もなく住職が参拝者の慰みに と植えたものがふえてしまい今日のようになったと聞きます。
昔を知っている人の話では、昭和45年頃までは境内も整備されておらず、質素で 草木ものびやかな野趣があったそうです。
小生も時折この季節に訪れますが、混雑した境内で興ざめするのは小生だけでしょうか・・・。



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