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佐助稲荷や銭洗弁天方面から登ってきた坂を道に沿って曲がりながら、さらに進むと「葛原ガ岡」(くずはらがおか)に出ます。 この小高い山は鎌倉時代、処刑場であり埋葬の地でした。1332(元弘2)年、後醍醐天皇の側近だった日野俊基は、北条氏打倒を企てた首謀者としてここで処刑されています。 現在は神社、墓所、公園として静かな憩いの場となっています。 歩いて行ける距離には、假粧坂切通し・源氏山公園・銭洗弁天・佐助稲荷などの神社や史跡があります。特に假粧坂切通しは鎌倉市中と直結する鎌倉防護の要衝で、1333年(元弘3)新田義貞の鎌倉攻略では多くの戦士の血が流された場所でもあります。「葛原ガ岡」一帯は現在でも深い木々に囲まれ、自然が多く残されています。 ハイキングコースとしては最高のこの一帯、是非訪れてみて下さい。 |
| 写 真 | 解 説 |
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日野俊基(ひのとしもと)は鎌倉時代末期の朝臣後醍醐天皇に仕え 倒幕計画に参加しました。 正中の変(1324年)で捕らえられ許されましたが、元弘の乱(1331年)の時 再び捕らえられ、鎌倉に送られて翌年この葛原ガ岡で処刑されました。 「秋をまたで葛原ガ岡に消ゆる身の露のうらみや世に残るらむ」が辞世の句でした。 |
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山全体が緑に包まれ、自然の中に作られた大きな公園です。 写真のようなくつろげる広場などが設置されていて昼寝をしている人や 家族連れもここでは見かけます。 日野俊基の墓や葛原ガ岡神社なども この公園の一部になってしまっているような印象を受ける敷地です。 |