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「熊野神社」(くまのじんじゃ)です。 多聞院脇の鳥居をくぐりひっそりとした階段を上ると、大船の鎮守で 日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀る熊野神社があります。 室町時代に上杉家に仕え、後に小田原北条氏にも仕えた 甘糟(あまかす)家の太郎左右衛門尉平長俊が、1579(天正7)年に勧請したといわれています。 |
| 写 真 | 解 説 |
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甘糟氏は1526(大永6)年、房総から里見義弘が乱入したとき 玉縄城主北条氏時とともに応戦。敵に取られた首を埋葬した玉縄首塚は、 後に甘糟首塚ともいわれるほど戦功をあげました。 本殿には「熊野神社」の額が掲げられるほか、境内には神楽殿があります。 |