「鎌倉恋便り」



塩嘗地蔵が祀られる古寺 「 光 触 寺 」(第25回-1)



十二所のバス停から茅葺きの家が建つ脇道を斜めに入っていくと、突き当たりに光触寺(こうそくじ)があります。人気のないひなびた雰囲気のお寺です。

弘安年間(1278〜1288)に時宗の祖、一遍に帰依した作阿が開いたといわれています。三門をくぐると苔むした石像が並ぶ参道があって、春は三色すみれや、秋は真紅のサルビアなどと季節の花が静かな境内に彩りを添えています。

また、境内には塩嘗地蔵(しおなめじぞう)といわれている石像があります。
昔、六浦(横浜市金沢区)の塩売りが鎌倉へ行くときに地蔵に塩をお供えしたが、帰りにはなくなっているとの言い伝えがこの名前の由来になっています。木造の祠の中に安置された地蔵様には、今でも沢山の塩が供えられています。


                 

 




写   真       解    説      
光 触 寺 三 門

バス停から東の小道に入ると、突当たりに三門が見えてきます。

山号を岩蔵山といい、寺の伝えでは開基は一遍で、開山を作阿という。 もとは真言宗の寺でしたが、作阿が一遍に帰依して時宗に改めたそうです。

縁起では、町の局という方が運慶に頼んだ阿弥陀三尊ができあがり、 持仏堂に安置して念仏をしていたが、その家にいた万歳法師は特に熱心だった。 この家で盗難があり、万歳法師が怪しいと告げ口され、戒めのため 焼いたくつわの水つぎを法師の頬に当てたところ、法師の頬にはつかず 阿弥陀如来の頬が焼けたという。

これが頬焼阿弥陀と呼ばれて評判になり、町の局は岩蔵寺を建てその三代目が 作阿と伝えられています。
境 内 全 景

三門から境内にはいると石仏が並んだ参道があり、その突当たりに一遍上人の銅像、 隣に塩嘗地蔵の祠があります。

本堂の中は公開されていませんが、本尊は阿弥陀三尊(国重文)で、いずれも 鎌倉時代前期の運慶様式と伝えられています。中尊は頬焼阿弥陀で親しまれ、 脇侍の観音菩薩は蓮台をもち、勢至菩薩は合掌しています。

本尊安置の御宮殿は、鎌倉公方足利持氏奉納と伝えられていますが、現在のものは 江戸時代とみられる華麗なものです。
塩 嘗 地 蔵

塩嘗地蔵は小さな祠に安置されています。

かつて金沢街道は多くの物資が行き交った交易路で、中でも重要なものが塩でした。
その塩を扱う上人が、商売の成功を祈り塩をこのお地蔵様に供えると 帰りには必ずなくなっていることからその名前が付いたといわれています。

長い年月風雪にさらされたお地蔵様の顔は、丸みをおびておだやかな表情にみえました。



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