「鎌倉恋便り」



三門にクルス紋がある 「 光 照 寺 」(第65回)



「光照寺(こうしょうじ)は北鎌倉駅より大船駅寄りの鎌倉街道から台山に折れる道の途中にあります。
時宗遊行寺派の寺で通称”しゃくなげ寺”で知られています。一説には1282(弘安5)年に鎌倉入りを果たそうとして阻止された一遍上人が一夜を明かした所に弘安年間(1278〜88)創建されたと伝えられています。

その話の概要は、一遍踊り念仏によって時宗を全国に広めていったのは、蒙古襲来の頃。
1282(弘安5)年、一遍は踊り念仏の一行を従えて奥州から常陸、陸奥を経て、諸宗派が競合する鎌倉を目指しました。そのとき一遍は、
「鎌倉入りの作法にて利益の有無をさだむべし。利益たゆべきならば、是を最後と思ふべし」
と並々ならぬ決意を述べています。
しかし、巨福呂坂の木戸で執権北条時宗により鎌倉入りを阻止され、木戸の外ならよいとの許可を得て、やむなく念仏を唱えながら一夜を明かしたその場所が、光照寺だといわれています。

三門は「クルス門」ともいわれ、隠れキリシタンの信仰の象徴であった十字架が寺を示す卍(まんじ)の紋に潜んで刻まれています。
本堂には阿弥陀如来を本尊とし、わきには近くの東渓院にあった釈迦如来像を祀っています。
また、1859(安政6)年に建立された本堂内部には、隠れキリシタンの燭台二基も保存されています。

 




写   真       解    説      
光照寺三門

石段を上ると見えてくる古い三門は、かつては近くにあった九州中川藩江戸屋敷の菩提寺東渓院の所有で、明治に入り廃仏毀釈によって東渓院が廃止され現在の場所に移築されたものです。

三門脇には江戸時代から信仰されてきた子育て地蔵
その向かいには毎月お参りすると、年寄りや子供の咳が止まるというご利益のある咳の神様「おしゃぶき」という石の祠があります。
クルス紋

門の欄干には、隠れキリシタンの信仰の象徴であった十字架が、寺を示す卍(まんじ)の紋に潜んで刻まれている珍しい門です。
これも東渓院の三門からの移築です。



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