「鎌倉恋便り」



武蔵に通じる往還 「 亀谷坂切通し 」(第15回−1)


鎌倉にはいくつかの「切通し」(きりどおし)があります。
切通しとは、その字のごとく山を切崩して造られた人工的要路です。
そのうち「鎌倉七口」と言われた七つの切通しは、
外部から三方を山で囲まれた鎌倉への要路となっていました。

いいかえれば、七口の防御を固めておけば鎌倉攻めは困難だったわけです。
切通しは、鎌倉幕府の防護に大変重要な存在でした。




「亀谷坂切通し」

(かめがやつざかきりどおし)七切通しの一つ。国史跡。

長寿寺の脇から続く細い道で、鎌倉時代には武蔵に通じる往還でした。

傾斜がきつく、亀でも容易に登れなかったことからこの名前が付いたといわれています。長寿寺のある北鎌倉方面から樹木に覆われた切通しを抜けると、薬王寺岩船地蔵堂へ抜けることができます。車両は通行止めです。

                 

 




写   真       解    説      
亀谷坂切通し(1)

扇ガと山ノ内を結んでいる切通し。

切通し開通時期は不明ですが、頼朝が鎌倉入りしたときには、 すでにあったといわれています。
「吾妻鏡」によれば1240(仁治元)年に北条泰時が整備したことが 記されています。
亀谷坂切通し(2)

現在は舗装され、ここがかつての要路であった標識まで立ってますが、 かつては深く岩盤を切込んだ道に木々が両側から枝を張り、 急勾配に加え、陽光の届かない湿気を帯びた険しい場所だったといわれています。

昭和30年代頃のこの道は、舗装もなく、冷気が漂っている鎌倉石がむき出しになっていて 両側の濡れた岩肌の下では赤いはさみのサワガニが遊んでいるような場所だったそうです。
亀谷坂切通し(3)

岩盤を切崩し、扇ガ谷へ通じる切通し。
急勾配のこの坂は、今でこそ舗装されていますが歩きにくいことには変わりがない道です。

長寿寺の石垣の石の一つに、「右円覚寺通」の文字が刻んだものがみられる。 かつての標識の石がそのまま石垣に使われているようである。



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