「鎌倉恋便り」



文化財の仏像がずらり 「 覚 園 寺 」 (第60回)



鎌倉宮社前左の薬師堂ガ谷にのびている細い道を辿っていくと真言宗泉涌派の覚園寺(かくおんじ)があります。
もとは真言・律・禅・浄土の四宗派を兼学する寺院でありましたが、明治時代現在の宗派に定まりました。

北条義時が1218(建保6)年建立をはじめた大倉薬師堂がその前身で、源実朝の暗殺にからむ伝説も残っています。その後執権北条貞時が1296(永仁4)年、智海心慧(ちかいしんえ)を開山として元寇の難を避ける祈願をこめて覚園寺とし、その後も北条氏、後醍醐天皇、足利氏の帰依を受けて栄えました。

このお寺の特徴は、800年前の”時”が今でも残っていることです。
鎌倉に観光客が押しかけ町や多くの寺社が否応なく変貌してきた中で、覚園寺だけは変化を拒んできました。「代々この寺が持ち続けてきた、時流に流されない一途な姿勢」という境内拝観時での説明でもそのことは理解できます。

三門を入ると自由拝観できる愛染堂は、元は廃寺となった大楽寺の建築物でありました。
その奥にある薬師堂、地蔵堂、旧内海家住居などは有料となりますが、1日数回に分けて行われる50分ほどの寺僧による説明付きの案内で拝観することができます。往時の雰囲気を色濃く残す薬師堂や、重要文化財に指定されている優れた仏像群を解説付きで拝観できるというのは大きな魅力です。観光の寺ではないので撮影は禁止されています。

柵内に入りまっすぐ進むと薬師堂があります。
暗い堂内に外からの光が差し込み、それと土の香りが流れています。中央、薄闇に浮かびあがった中尊薬師如来(約180cm)、左右の月光日光菩薩(約150cm)の目がじっとこちらを見つめています。(各国重文)
両菩薩の眼差しに比べ、薬師如来のそれらは威厳のようなものを感じ、何もかも見通されている気がしてきます。荒々しい鎌倉武士にふさわしい仏でしょう。堂内の雰囲気にのまれ、なんだか今にも足利尊氏が馬を飛ばして参拝にくる気さえしてきます。
狩野典信の白龍の図足利尊氏の梁牌銘のある天井、奈良の寺院を思わせる土間、これらを取り囲む等身大の十二神将。電気がともされているわけでもなく、ここは鎌倉時代そのままの堂といってもよいでしょう。
とはいえ、薬師堂は度重なる天災・火災で何度も大破し、厳密にいえば大部分は1703(元禄16)年大地震後・江戸期の建築です。当初のものより規模が小さくなっているといわれますが、その用材や禅宗様の様式など室町期の面影を多く残しています。

地蔵堂には黒地蔵・火焚き地蔵(国重文)とよばれる鎌倉期の地蔵菩薩像がおさめられており、毎年8月10日の縁日のみ公開される秘仏とされています。地獄で苦しんでいる人々の為、獄卒の代わりに火を焚き手加減したため自らが真っ黒になってしまったといういい伝えがあります。いくら彩色しても一晩で黒くなってしまうという話も残されています。
その他にも広大な境内には国重文、県重文の仏像、宝篋印塔、建築物などが数多く残されています。

奥まった一角には弘法大師が掘ったといわれる鎌倉十井のひとつである「棟立の井」もあります。

 




写   真       解    説      
覚園寺三門

薬師堂ガ谷の最奥へ続く細い一本道を辿ると、そのつきあたりに覚園寺三門が見えてきます。

森閑と静まり、野趣のあふれる谷戸の自然が息づく中、厳格な中世の禅寺の気配を残して周囲を威圧しています。
1218(建保6)年、時の執権北条義時が、源実朝の暗殺事件の悪夢を見て大倉薬師堂を建立したのが始まりとも伝えられています。
愛染堂前 境内風景

三門を入ると緑のすがすがしい境内があります。
愛染堂とこの境内が覚園寺でのフリーエリアです。柵から奥の薬師堂などを解説付きの案内で拝観したい人はここで待つことになります。
300円で50分の境内文化財案内(2002年7月現在)は絶対お得だとご推薦します。
有料エリアに入ると老杉が並ぶ参道の奥に薬師堂があります。
5間四方の建物に茅葺き寄棟造りの屋根が載る禅宗様式の建物で質素ですが風格が漂います。
堂に入ると正面には鎌倉時代作の薬師如来像、その両脇に日光菩薩像月光菩薩像が安置されています。さらに左右を固めるように十二神将像が並び、正面右奥には鞘阿弥陀像があります。
また薬師堂の手前一段高いところには170cmの地蔵菩薩立像が安置される地蔵堂があります。
愛 染 堂

愛染堂は、本来覚園寺の堂宇ではありませんでした。この建築物は明治に廃寺になった大楽寺のものです。
ここには大楽寺にあった愛染明王像や願行上人が大山寺の不動明王像をつくるときに試みたといわれる不動明王像、1322(元亨2)年に院興(いんこう)のつくった阿シュク如来像などが安置されています。

現在、敷地内で無料拝観が可能な建物はここだけとなっています。いわゆる観光をメインとした寺ではないので仕方ないことでしょうね。



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