「鎌倉恋便り」



昔は祟りの石があった 「 十王堂橋 」(第109回)



休日は多くの観光客でにぎわう北鎌倉駅
駅前の道路は鎌倉街道の下の道で、小袋坂より大船・横浜を通り奥州に通じています。
鎌倉方面へ向えば、円覚寺東慶寺浄智寺建長寺など鎌倉きっての名刹を経て鶴岡八幡宮へ続きます。

この鎌倉街道の下の道を大船方面に少々進むと、小袋谷川が道の下を横切っており、ここに架かる橋が鎌倉十橋のひとつ、十王堂橋(じゅうおうどうばし)です。
昔、この付近に薬師堂と十王堂があった事から 十王堂橋の名が付いたと言われています。かつて鎌倉には十王をまつる十王堂が二ヶ所にありました。一つは現存する荒居閻魔堂(円応寺)です。
平成の今、ここには薬師堂も十王堂も無く、橋に「十王堂」の名称 が残るのみです。

十王思想は鎌倉時代に人々の間で流行し、冥界では七日目ごとに十人の王に亡者(死者)が裁かれると信じられました。ここの十王堂は江戸時代に姿を消し、薬師堂も大正時代になくなりました。

現在この堂に有った十王像は、円覚寺の総門を入った境内の左にある塔頭の一つの柱昌庵、またの名を十王堂と言われるお堂に、閻魔大王を始めとして奪衣婆など十王像が安置されています。

また、かつて橋の入口付近に不思議ないわれの石があったそうです。
道路の真ん中にあるひとかかえもある石。名は平安時代の陰陽師・安倍晴明に因んだ「晴明石」。
この石を踏むと祟りがあると言われたそうですが、戦後の道路の改修、拡幅で邪魔だとして撤去され、今は橋の東の山の上にある山ノ内の鎮守・八雲神社に安置されています。

 




写   真       解    説      
十王堂橋・親柱

新編相模国風土記稿に、鎌倉街道の一部に架けられている、橋長は約三.六米あり鎌倉十橋の一橋である。
とあり、
新編鎌倉志の記述によると、円覚寺の前を西へ行くと薬師堂があり、その薬師堂の前の橋を「十王堂橋」と称す。当時は薬師堂の前には十王堂があったが、今は御堂は無くなりしも橋の名前のみが残った、鎌倉十橋の一橋なり、と記されています。
十王堂橋と晴明石

「晴明石」のいわれは、平安時代の安部晴明という有名な陰陽師が残したものからきており、新編相模国風土記稿によると、石の傍らに井戸があり、晴明が祈祷の加持水として火災を防ぐに特に有効であったと伝えられている。
人々は石を大事にし何百年もの間動かされることはなかった。

この石を晴明石と知って踏めば足が不自由になり、知らないで踏むと足が丈夫になると伝えられている。

← 写真右下「晴明石」



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