「鎌倉恋便り」



霊場洞窟として栄えた 「 江ノ島・岩屋 」 Part 1 (第44回)



江ノ島の最奥部に、古くから信仰の場とされてきた洞窟があります。
長い歳月をへて波の浸食でできた岩屋(いわや)は第一と第二の洞窟があり 第一岩屋(延長152m)、第二岩屋(延長122m)で構成されています。

かつて文覚上人や弘法大師日蓮上人などそうそうたる名僧達が修行した霊場で、源頼朝が 江島神社に奉納した弁財天も最初はここに祀られていました。伝説では、富士山の風穴と この岩屋が地中深くでつながっているなどともいわれていますが、この話は かなり眉唾です。

<江ノ島岩屋の補足説明をご覧下さい>
第44回 Designer's note


6000年もの間、波に浸食されてできた海食洞窟の内部には”日蓮の寝姿石”など 波による彫刻や、霊場時代に作られた石仏が置かれています。洞窟内部は わずかな照明があるだけなので、入口で渡される細いロウソクの灯を頼りに入洞します。 錫杖を付くようなBGMが響く中を手探り状態で歩く雰囲気を楽しめます。

この岩屋は藤沢市が総工費約14億円を投じ平成5年4月から一般公開しました。 それ以前は海食の為に危険な状態で放置され、昭和46年3月から閉鎖されていました。 当時小学生だった小生は昔の岩屋を知っていますが、現在の雰囲気とは異なり 洞窟まで行き着く参道は細い隧道の中を通ったりしていて もっと質素で情緒のあるものでした。今でもその参道の廃道は岸壁の各所に残されています。

岩屋には他に非公開の第三洞窟もあって、調査時にはおびただしい経文を写した河原石が 多数発見されているそうです。


Part 1, Part 2 と続けてご覧下さい。
                 




写   真       解    説      
岩屋への導入路

平成5年4月、昭和46年から閉鎖されていた岩屋が再開されました。

かつての岩屋と異なり、立派な岩屋への導入路(橋)を設置し 観光客の安全を考慮した設計になっています。

写真左側には、昭和46年以前の岩屋への導入路の残骸である階段が写っています。

当時小学生だった小生は、断崖絶壁下の細い岩道を通り、人一人やっと通れる 岩内隧道を抜け、波しぶきのかかる赤い橋を渡り岩屋へ続く旧参拝道を知っています。
現在のものと比べると大変質素な参拝道でしたが、情緒のあるものでした。
洞窟内ギャラリー

料金所を通過すると、今風の洞窟内にギャラリーが出現。
実はこれも昭和46年当時は無かったもの。

岩屋の史実、浮世絵、昔の写真などが飾られていますが、藤沢市さん! 思いっきり岩屋を観光化の為改造しましたねぇ・・・といった感じです。

今の第一岩屋はこのギャラリー洞窟の突当たりから始まっていますが、 本来岩屋は、島の絶壁に面した第一岩屋入口から波しぶきを受けながら 参拝に入洞するものでした。
第一岩屋入口付近

洞内は屋根付きの高床通路が設置され、観光客に波などによる不快を 感じさせない造りになっています。
第一洞窟(岩屋)は奥行きが152m。

第一岩屋内では、人工の「神秘の池」や通路の下につくり物の夜光虫を光らせ、 伝説の「富士から吹く風」などを演出しています。

今のこの洞窟内環境で、かつての文覚上人、弘法大師、日蓮上人などが修行した霊場と イメージできる若者はいるのだろうか・・・。
その「洞窟内やらせ」効果は第二岩屋に至って、益々エスカレートするのである。





 「 江の島・岩屋 Part 2 」