「鎌倉恋便り」



日蓮、辻説法の跡地 「 本 興 寺 」(第103回)



鎌倉入りした日蓮上人は松葉ヶ谷の草庵に住まわれ、大町、小町の辻に立って説法をし布教を図られたと伝えられています。

本興寺(ほんこうじ)には辻説法の碑が建てられ、日蓮上人が1254(建長6)年、御年33歳から数年にわたった辻説法に由緒あると伝わる旧跡の一つです。その言い伝えのためか「辻の本興寺」とも呼ばれています。
日蓮上人の死後、1336(延元元)年、天目上人(伊豆の美濃阿闇梨。中老僧といわれる高僧。1337(延元2)年4月26日遷化世寿81歳)の手によって一宇を建立し法華山本興寺と号し開山しました。

1591(天正19)年に徳川家康が寺領を寄進。その後二十七世住持・日徑(にっけい)が家康の怒りに触れ、京都六条河原で処刑されたことなどから廃寺となりました。
その後、比企谷歴代照幡院「日逞上人」が説法旧地の衰退を嘆き、寺門の復興を願い、 徳川家より寺領の寄付を受け、本興寺の中興を成し遂げました。

 




写   真       解    説      
三   門

鮮やかな朱色が目立つ三門です。

法華山本興寺(ほっけざん)と号しますが、休息山本興寺と称した時期もあったようです。日蓮聖人が、辻説法の途中で、ご休憩されたのがこのあたりだったのでしょうか?

また、辻というのはこの一帯の古い地名です。
本   堂

境内前では、夏に百日紅(サルスベリ)の大木(樹齢不詳)が見事な花を咲かせます。
このほかにも、「しだれ桜」「銀杏」や「おおきの木」といわれる大木があり、四季の情緒を楽しむことができます。

境内には「聖徳太子」の祠もあります。



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