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「北条高時腹切りやぐら」(ほうじょうたかときはらきりやぐら)です。 葛西ヶ谷(かさいがやつ)の小富士山のふもとにあるやぐら。1333年(元弘3)鎌倉幕府滅亡の時、北条高時をはじめ一門・家臣570余名がこの地にあった東勝寺で自決した屍を葬ったといわれています。 「東勝寺跡」の隣にあるのでわかりやすいです。 でも、ここをへは武将の霊を悼む心で訪れましょう。 |
| 写 真 | 解 説 |
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やぐらというのは鎌倉独特の墓、または供養堂の岩窟をいいます。 鎌倉各地には三千以上のやぐらがあるそうです。 間口4m奥行6mのこのやぐらは大型の物で、武将達の遺骸を葬った暮堂として 使われていたといわれています。 内部中央には鎌倉期宝塔の基壇が今も残っています。 |