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のどかな山を背にした白山神社(はくさんじんじゃ)は、菊理姫命(きくりひめのみこと)を祭神としており、もとは毘沙門堂とよばれていましたが、神仏分離令によって明治以後、末社の白山社の名がつけられました。 毘沙門堂は源頼朝が1190(建久元)年建立といわれ、頼朝が上洛したときに鞍馬寺に参詣し、毘沙門を請い得てこの地に安置したといいます。社殿の中には公開されていませんが兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)があります。地方作品で平安時代の11世紀のものと推測され、持物や邪鬼は後補で一般的な毘沙門天と変わりありません。台座に「享禄5(1532)年」の修理銘があったといわれ、現在「宝永4(1707)」の修理銘が見られます。 兜跋毘沙門天の前立像としては、毘沙門天および両脇侍立像があって、共に室町時代の作とみられています。また、平安時代末期の作と推測される破損仏も三体あります。とにかくここは、参拝者も希な静かな神社です。 |
| 写 真 | 解 説 |
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入口は、禅宗「今泉寺」と一緒になっています。 入口前に立つ江戸時代の狂歌師・酔亀亭天広丸(すいきていあめのひろまる) 歌碑は、「心あらば手向けてくれよ酒と水銭のある人銭のない人」と刻まれている 粋なものです。 白山神社は、今泉の守護神としてあがめられています。 |
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参道には江戸時代の庚申塔がいくつも並んでいます。 中でも寛文12(1672)年の銘がある庚申塔は、「見ざる言わざる聞かざる」 の三猿が彫られていて何ともかわいらしい。 仏教とは別の庚申信仰は、平安時代に始まり江戸時代に盛んになりました。 「人間の体内には三しという虫がいて、60日、60年ごとに廻ってくる 庚申の夜、寝ている体を抜出し神に悪口を告げる」と信じられていました。 |