「鎌倉恋便り」



重要美術の板碑がある 「 五 所 神 社 」(第11回−2)



「五所神社」(ごしょじんじゃ)は1889(明治22)年、乱橋村と材木座村が合併した後、近隣にあった諏訪神社、八雲神社、見目神社、金比羅宮の4社と現在の所にあった三島神社の五社を合祀してできた神社です。

この神社には国の重要美術品指定の不動種子板碑がほぼ完全な形で保存されています。

                 

 




写   真       解    説      
五所神社参道入口

細い参道を進むと本殿と神輿蔵が並んで建っています。

国の重要美術品指定の不動種子板碑は、かつて材木座公会堂付近にあった 感応寺のもので、五所神社の合祀の時に移築されました。
材質は黒色粘板岩。不動明王の種子を表した梵字と、「弘長二年」(1262) の銘が刻まれています。
社務所に申込めば見学できます。
庚 申 塔 群

ここに集められた庚申塔はかつて、各部落の境や辻の道ばたにあったものです。
明治41年各部落の氏神が統合されたとき、庚申塔も境内に集められました。
庚申塔は、悪い病や災難を除こうという庚申信仰により建てられたもので 鎌倉市内では1665(寛文5)年のものが最古です。

仏教とは別の庚申信仰は、平安時代に始まり江戸時代に盛んになりました。
「人間の体内には三しという虫がいて、60日、60年ごとに廻ってくる 庚申の夜、寝ている体を抜出し神に悪口を告げる」と信じられていました。




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