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梶原の御霊神社(ごれいじんじゃ)は、鎌倉市立深沢小学校の東北側にあります。 一般に御霊神社というのは怨霊を慰めるためや、土地の祖先を祀るための社というのが大意ですが、鎌倉では特に鎌倉権五郎景正を祀っていることが多いようです。 その昔、鎌倉近辺には大庭、梶原、長尾、村岡、鎌倉という平氏五家があり、これら五家の祖を祀る神社として五霊神社が建てられました。これが御霊神社となり祭神としていつしか、武勇で名高い領主の鎌倉権五郎景政公一柱だけを祀るようになりました。その確証として社には鎌倉景正夫妻の木像とともに梶原景時の木像が安置されていたと「相模風土記」には記載されています。 また、梶原景時の墓と伝えるやぐらが社の西南、深沢小学校裏手の山裾にあります。 (景時一族は静岡狐崎で戦死している為、このやぐらにある塔は供養塔と考えられています) しかし江戸時代の史料には、鎌倉景正の子孫が創建したと伝えられ、鎌倉平氏ゆかりの社であることに変わりはないでしょう。 今日では長谷坂ノ下の御霊神社(鎌倉権五郎神社)が、面掛行列(例祭日)、鎌倉神楽、御供流しなどで有名になっていますが、もとはこの梶原の御霊神社を移したものと伝えられています。 |
| 写 真 | 解 説 |
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向かって左側は鎌倉市立深沢小学校。 静かな住宅街に建つ神社です。 知る人ぞ知る、800数十年の歴史をもつ神社がこの奥にあるのです。 |
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梶原の鎮守。御霊神社の本殿です。 社伝では1190(建久元)年の創建とされています。 写真にある狛犬は、日露戦争の凱旋を記念して造られ奉納されました。 御霊神社は鎌倉権五郎景政公は、剛勇で知られた武将で、後三年の役(1083〜)には16歳で出陣し、源義家に従って活躍しました。この権五郎景政公の命日が9月18日で、この命日には、昔から面掛行列という珍しい行事があります。(長谷坂ノ下・御霊神社(鎌倉権五郎神社)) |
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境内には五輪塔や庚申塔など石塔が多数あります。 神社ははじめ葛原ガ岡に創建された?という説もあります。 |