「鎌倉恋便り」



慈善事業の忍性ゆかりの寺 「 極 楽 寺 」(第13回−1)



「極楽寺」(ごくらくじ)です。
鎌倉三十三観音霊場第二十二番札所のお寺です。

かやぶき屋根の三門がいかにも古寺の印象を与えています。
戦後あまり訪ねる人も無かったお寺でしたが、昭和52年から放映された「俺たちの朝」の舞台となって、一躍有名になりました。
現在40歳以上の年齢の方には懐かしい青春ドラマではないでしょうか。

ここは鎌倉唯一の真言律宗の寺で忍性(にんしょう)が執権北条泰時の弟重時とその子長時・業時の後ろ盾を得て建立しました。

最盛期には塔頭(たつちゅう)49院を擁する大寺でした。
その広い敷地には、病舎・癩舎(らいしゃ)・療病院などの医療施設が点在し、5万人以上の人が極楽時の慈善事業の恩恵を受けたと伝えられています。また、伽藍の修理や井戸の掘削道路整備にも携わり、極楽寺坂切通しの工事を指導したのも忍性でした。

さらに港湾の管理も委託され、極楽寺は貿易で得た利益を寺院建立・修理・維持に費やすことができました。

忍性は敵対していた日蓮(にちれん)から激しく避難されました。しかし民衆が彼を生き仏として崇め、没後、菩薩の称号を受けています。
                 

 




写   真       解    説      
極 楽 寺 門

1259(正元元)年の創建で東西八丁、南北七丁の広大な寺域を持つ。

しかし火災や兵火などに遭い、現在は茅葺きの三門、本堂、大師堂、客殿 が残っているのみ。
三門から太子堂までは、梅の木が続き、大師堂手前には 北条時宗の手によって植えられた八重一重咲分桜がある。
本堂脇の茶臼・薬鉢

本堂脇には、寺の歴史を物語る石造りの薬鉢と千服茶臼が残されています。
(写真右側)

これはかつて忍性が医療施設で使用していたものと言われています。



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