「鎌倉恋便り」



激動の裏舞台で活躍した 「 補 陀 洛 寺 」(第47回−1)



静かな住宅街の一角に補陀洛寺(ふだらくじ)はあります。
鎌倉三十三観音霊場第十七番札所のお寺です。

補陀洛寺は京都神護寺(じんごじ)を中興した文覚開山、創建したとされる寺です。 平家の武士であった文覚は、夫のある袈裟御前(けさごぜん)に横恋慕し 謝って死なせて出家しました。配流の地の伊豆で源頼朝と出会い平家打倒を進言するなど 激動の時代の舞台裏で活躍しました。

かつて堂々たる大寺を誇った補陀洛寺は頼朝の祈願寺でしたが、度重なる竜巻で 伽藍を失い現在は住宅地の中に埋もれるように立っています。

 




写   真       解    説      
補陀洛寺正面

創建は鎌倉時代より古く、1181(養和元)年に源頼朝の祈願所として文覚上人が開きました。

当時は七堂伽藍が建ち並ぶほど大きかった大寺でしたが、現在は本堂のみがたたずんでいます。
境内には樹齢150年というサルスベリの古木があり、本堂には本尊の十一面観音像の他 運慶作と伝わる日光・月光菩薩像などが安置され、申し出れば拝観もできます。



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