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周囲約4Km。湘南の代名詞的存在となっている江ノ島(えのしま)。名前は全国的に有名ですが、信仰の対象としても遠い昔から栄えてきたことを皆さんはご存じでしょうか? 縁起では、昔々腰越のあたりに大きな湖があり、そこには、五つの頭 を持った暴れ者の龍が住んでいて村人を苦しめたそうです。村人はこの龍を鎮めようとしましたが、龍の乱暴はますますひどくなりました。552(欽明13)年、激しい天地振動が突然に起こり、天の暗雲の中から美しい天女が海中からは島が出現しました。龍は天女の美しさに一目惚れし結婚を申し込みました。 天女は今後人々を助ける龍になるならば結婚を承諾すると条件を出し、龍が改心したため二人は結ばれ長くこの地を守ったといいます。 これが弁財天として江ノ島明神になったといわれています。 その後1182(養和2)年、源頼朝が文覚上人を招き戦勝を祈願して社殿を造営。弁財天を勧請しました。 江ノ島明神は神仏混淆で真言宗の金亀山与願寺とも呼ばれ、その別当は鶴岡八幡宮が兼務しましたが、のちに岩本院、上之坊、下之坊と三宮がそれぞれ弁財天を本尊として栄えました。 1216(建保4)年には江ノ島が隆起して片瀬と陸続きになったこともあったようです。 また、中世には子孫繁栄の参拝した北条時政の前に美女に扮した龍神が現れ、その時龍神が残した鱗(うろこ)が北条氏の家紋「三鱗」の由来といわれています。 室町時代は、幕府直轄地の御料所となり、幕府の保護を受けていました。 16世紀になると、後北条氏が江ノ島を勢力下におさめた説もありますが、いずれの領域にも属さない「公界所」だったのか現在見解が分かれていてはっきりしていません。 江戸時代は、徳川幕府の本山末寺制度の統制によって江ノ島の三宮は本山紛争を繰り返しましたが岩本院が本山の地位を確立しました。 この紛争の背景には江戸庶民の間でさかんとなった「江ノ島詣で」の観光収入が大きな大きな要因となったようです。江戸からは13里の距離と近く、また富士山などの眺望もよいことから大変な賑わいをみせました。 明治に入ると江ノ島神社は邊津宮・中津宮・奥津宮と、岩屋に改められ、今日に至っています。 この島は見どころが多いので一日たっぷりと時間をかけて出かけたい場所です。観光所要時間は島内での食事時間も含め、5時間前後と見積もった方がいいでしょう。 現在の江ノ島には以下の観光名所があります。 江ノ島神社 邊津宮・中津宮・奥津宮と三つに分かれている。 鎌倉期の八臂弁財天坐像と裸弁財天として有名な妙音弁財天が祀られている。 児玉神社 明治時代、陸軍戦略の天才といわれた児玉源太郎大将を祀ってある。 日露戦争勃発時、難攻不落といわれた旅順を陥落させ一躍勇名を馳せた。 こうした経験から祖国を守る軍神として、また知恵・勇気・勝利の守護神として尊崇されている。 江ノ島植物園 1万8800uの園内に745種約5000本のツバキ・椰子類、小動物園、遊園施設、標高113mの展望灯台などがあったが2002(平成13)年3月で閉園されてしまった。 恋人の丘・龍恋の鐘 1996年8月に誕生したニュー・スポット。 本文、縁起で記した五頭龍と天女の恋伝説にちなんで作られたモニュメント。海を見ながら愛の誓いの鐘を鳴らすことができる。 稚児ガ淵 神奈川県景勝50選の一つ。 かつて建長寺の修行僧と稚児の白菊が恋に落ち結ばれぬ恋に白菊がこの淵から身を投げたという由来。 御岩屋 江の島の最奥部にある古くから信仰の場とされてきた洞窟。 第一岩屋(延長152m)、第二岩屋(延長122m)で構成。 藤沢市が総工費約14億円を投じ平成5年4月から一般公開。第三洞窟は非公開。 江島大師(高野山最福寺別院) 明治時代の廃仏毀釈令(はいぶつきしゃくれい)で江ノ島にあった3寺院が取り壊された後、1993年に復興開山された。 125年ぶりの江ノ島仏教復活。住職秘蔵の中国刺繍仏画が常設されている。 |
| 写 真 | 解 説 |
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江ノ島には夏がよく似合う。 江ノ島自体には海水浴場がありませんが、江ノ島を間近に望む対岸には西側から「片瀬西浜海水浴場」「片瀬東浜海水浴場」「腰越海水浴場」と代表的な湘南の海水浴場が並んでいます。 この写真は腰越海水浴場付近からの撮影です。 島の右には江ノ島大橋・弁天橋が渡してあり、島の左方向に低く延びているのがヨットハーバーです。 江ノ島ヨットハーバーは1964(昭和39)年の東京オリンピック、ヨット競技会場として構築されました。 |
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江ノ島大橋・弁天橋を渡るとサザエの壺焼き、はまぐりの屋台などの老舗が並ぶ「えのしま小町通り」に突入します。 この通りは江ノ島神社参拝ルートの参道にもなっていて、付近には歴史ある宿屋(旅館)もあるので日程に余裕があったら宿泊するのも楽しいでしょう。 遠くに江ノ島大橋・弁天橋と藤沢市片瀬海岸の街並みが写っています。 この写真を撮影した真上に立つ「瑞心門」は龍宮形とよばれる楼門です。門をくぐり抜けて石段を上がると邊津宮の社殿に出ます。 |
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1964(昭和39)年の東京オリンピック、ヨット競技会場として構築された「江ノ島ヨットハーバー」が眼下に見下ろせます。 (当時とはかなり桟橋の形が変わってしまいました) 2000t級の漁船を接岸できる漁港と、約400艇のヨットが収容でき「湘南港」と呼ばれています。 1964と記された東京オリンピック聖火台は、今も江ノ島でオリンピックが開かれた証拠のように残されています。ここを訪れるチャンスがありましたら、是非、オリンピック当時の聖火台と並んで記念撮影されたらどうでしょうか。 正面、対岸には腰越海水浴場から小動岬(こゆるぎみさき)、七里ガ浜が見渡せます。 |