「鎌倉恋便り」



閻魔大王が安置 「円 応 寺」(第2回−1)



「円応寺」(えんのうじ)は、荒居閻魔堂といって由比ガ浜方面の海岸に建つ小さなお堂でした。1073年(元禄16)の大地震と津波の被害で現在の地へ移転。

現在は「鶴岡八幡宮」から建長寺方面へのなだらかな長い坂を登ること約7分。建長寺の斜め前にある小さなお寺です。

「閻魔堂」の中には死後亡者となって冥界へ行った時出会う十人の王がいます。
鎌倉時代に流行した十王思想は、人は死ぬと冥土へ行き、7日目ごとに冥土の判官である十王に生前の罪業を裁かれるというもの。今の初七日や四十九日はこの思想から始まっている供養です。
               

 




写   真       解    説      
円 応 寺 門

北鎌倉駅方面から歩いてきて、建長寺を左手に見ながら通り過ぎる。すると1分も歩かないうちに右手狭い石段の上にこの門が見える。
特に気をつけていないと通り過ぎてしまいそうな石段です。

「子育閻魔」と書かれたのぼりが寺の門前に立つ。

その昔、山賊が幼子を連れた女人をお堂の中へさらってきて、「子供はじゃまだ」と 地面へ叩きつけようとした時、閻魔大王の舌がのびてきて子供を飲み込んだふりをして救ったといいます。

その後、子育て閻魔として信仰を受けているそうな。
閻 魔 堂(十王堂)

閻魔堂の中には死後亡者となって冥界へ行った時出会う十人の王がいます。
「秦広王」、「初江王」、「宋帝王」
「五官王」、「変成王」、「泰山王」
「平等王」、「都市王」、「五道転輪王」

その他「奪衣婆」「延命地蔵」「開山智覚禅師」なども安置されている。
もちろん「閻魔大王」もこの中いるのだ。
閻 魔 大 王 座 像

薄暗い閻魔堂の中央には「閻魔大王」が安置されている。
そしてその周りに十王像が並ぶ。

鎌倉時代の仏師「運慶」が地獄に堕ち、 閻魔大王に命を救われ、その事を喜び大王の姿を彫った。
彼が、笑いながら大王の姿を彫ったため、 「どことなく閻魔様も笑って見える」と言われ「笑い閻魔」とも言われている。

(注)堂内は撮影禁止であった。残念!!



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